2019年2月8日に開催された経済産業省主催の「SIBセミナー:介護予防分野等でのソーシャル・インパクト・ボンド活用の展望」。第2部では、ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)の取り組み現場の担当者らが、それぞれの取り組みやSIBに対する考え方などについて語った後、パネルディスカッションを実施した。テーマは「介護予防分野等のSIB事例から見たSIB導入の意義及びSIB事業化のポイントについて」である。

認知症予防で成果、公文教育研究会

公文教育研究会 学習療法センター 副代表 伊藤眞治氏(写真:近藤寿成)

 まずは公文教育研究会の公文教育研究会 学習療法センター 副代表の伊藤眞治氏が登壇。同社がSIBで手掛ける「学習療法」と「脳の健康教室」の概要を説明した。

 「学習療法」は、20年前に東北大学の川島隆太教授とともに参加した文部科学省の国家プロジェクトをきっかけにスタートした。2004年に学習療法センターを設立。十数年にわたって高齢者介護施設へ学習療法システムを導入してきた。現在は全国1400施設にまで広がっているという。「脳の健康教室」は、認知症や介護の予防、仲間づくり、社会参加のきっかけとして元気な高齢者が集まる場であり、全国220の市町村で450教室を開講している。

認知症施策としての「脳の健康教室」(活脳教室)の実施概要(当日の講演資料より)
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 SIB事業には、2015年度経済産業省SIB調査事業に採択されて参画することとなった。伊藤氏は、「社会的課題を協力して解決する仕組みの構築に参画しないと、結果的にこの事業は発展しない」「高齢者と家族・事業者・自治体によるWin- Win- Win(三方良し)の地域包括ケアでなければ生き残っていけない」と感じたという。

 そして2017年、奈良県天理市で成果連動型の「脳の健康教室(認知症予防と地域作り)」を開始した。成果連動型では、サポーターの自主性や受講者の熱気が高く、目標達成に対しても自発的に工夫するため、運営が高度化する。それが「教室の『質』の向上につながった」と伊藤氏は分析する。実際、慶應義塾大学の評価でも「参加者の指標の8割が改善」という目標が達成され、報酬も支払われた。また、この取り組みは福岡県大川市でも同様の結果を得られた。

 さらに、2018年度厚生労働省研究事業のコンソーシアムに天理市、大川市、慶応義塾大学とともに参加し、「認知症政策における民間活力を活用した課題解決スキーム等の官民連携モデルに関する調査研究事業」に参画。2019年度以降は、3カ年の成果連動型支払い事業計画の立案を進めていく。伊藤氏は「学習療法と脳の健康教室は連携でき、これによってWin-Win-Winの地域包括ケアシステム構築に貢献できる」とまとめた。

介護度の重度化防止をSIBで、くまもと健康支援研究所

くまもと健康支援研究所 代表取締役 松尾洋氏(写真:近藤寿成)

 くまもと健康支援研究所は、予防に特化した健康ベンチャー企業である。熊本県を中心に九州各県に営業所を設立し、九州の健康寿命延伸をはかっている。

 同社の調査によれば、「介護度は軽度者ほど重度化しやすい傾向にある」という。そこで松尾氏は「これを改善することこそが要支援高齢者の重度化を予防でき、そこに保険外サービスなどが入っていく余地がある」と考えた。さらに、「要支援高齢者の介護給付金は3年後に1.7倍に増加する」という調査結果から、「この増加分を原資に、増加分を抑制するような仕組みを構築できないか」と考え、介護分野のSIB事業を手掛けるようになった。

 現在は、厚生労働省の「介護度重度化防止SIB事業」の案件組成を手掛けており、公文教育研究会の「学習療法」などを導入して重度化を効果的に防止する仕組みづくりを進めている。

 まず、くまもと健康支援研究所が各事業所の介護度重症化データを見える化し、改善の可能性が高い事業所をAIで判定する。次に、その事業所に対して「地域ケア個別会議」で指導していくほか、さらに向上・改善余地のある事業所には、くまもと健康支援研究所が「学習療法」などを提案していくというものだ。

介護度重度化防止SIB事業のスキーム(当日の講演資料より)
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 全体的に手のかかる手順となるが、「一度構築できれば、そのまま他県の事業にも利用できる」ことから、高橋氏は「SIBの事業モデルの横展開」に最大の期待を寄せている。さらに、「成果が出るか分からない新規事業の実施ハードルを下げる効果もあった」と分析する。ただし、そのハードルを下げるための課題解決として、「誰が見ても分かる成果指標やSIBの原資などのデータを示す必要がある」と指摘した。

Jリーグ所属のサッカーチームがSIB、徳島ヴォルティス

徳島ヴォルティス 取締役事業本部長兼ホームタウン推進部部長 谷直和氏(写真:近藤寿成)

 徳島ヴォルティスは、「スポーツを通して徳島の活性化に貢献する」をミッションに掲げるJリーグ所属のサッカーチームだ。谷氏が所属するホームタウン推進部は「集客活動」「スクール活動」「地域貢献活動」を柱とし、年間400以上の様々な活動を地域で実施している。

 徳島ヴォルティスが取り組んできた地域課題には「子どもの体力向上」「親子のコミュニケーション」「健康増進・健康寿命延伸」がある。これらの事業化にあたって美馬市や連携各社に打診。2018年11月21日に美馬市と大塚製薬、徳島ヴォルティスで健康増進に関する3社覚書を締結したほか、2019年7月からは美馬市版SIBである「ヴォルティスコンディショニングプログラム」がスタートする予定だ。これはJリーグクラブによる全国初のヘルスケアSIBとなり、谷氏は「他のモデルとなる仕組みとしたい」と意気込む。

 事業内容は、大塚製薬が美馬市との連携協定に基づいて健康セミナーや健康測定会、運動の習慣化に向けたイベントなどを実施するなかで、ヴォルティスコンディショニングプログラムは20歳以上の市民1800人を対象に、5年間で「運動機能の改善による運動習慣の定着を図る」(谷氏)。成果連動型の支払い率に適用するKPIには、プログラム参加者全員の「運動習慣がない人の改善(運動習慣化)」と、65歳以上の「基本チェックリスト5項目のうち3項目該当者の改善(2項目以下に移行)」がある。最終的には「医療費の抑制」「QOLの向上」「介護給付金費の抑制」にもつなげていきたい考えだ。

コンディショニングプログラムのロジックモデル(当日の講演資料より)
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 美馬市版SIBの拡大に対して、谷氏は「健康な人の健康増進に対する評価方法の確立」「クラブが導入しやすいスキームやパッケージの開発・活用」「地域の協力(ボンド)を得るためのプラットフォーム構築」を課題として挙げる。また、今後の展望として美馬市の医療費・介護費用抑制への貢献だけでなく、「他の課題解決に向けた拡大」「美馬市以外の自治体への拡大」を目指す。さらに、Jリーグと連携し、「他地域への拡大やスポーツによる健康への貢献の可視化」を進めていく考えだ。

介護予防SIBに注目

日本総合研究所 リサーチコンサルティング部門 プリンシパルの石田直美氏(写真:近藤寿成)
日本財団 経営企画部パートナー開発チームの藤田滋氏(写真:近藤寿成)

 日本総合研究所は、経済産業省の2018年度「健康寿命延伸産業創出推進事業」に取り組んでおり、くまもと健康支援研究所と徳島ヴォルティスのプロジェクトを支援している。石田氏によれば「介護が大きな社会問題であるとともに、健康でい続けることも社会的インパクトが大きい」ことから「昨年度まで手掛けてきた医療系から、今年度はその軸足を介護予防に移している」とし、この2つのプロジェクトを支援した背景を説明する。

 日本財団は、2015年頃からパイロット事業としてSIB事業に取り組み、具体的な事業として2017年の神戸市の案件組成に携わったほか、経済産業省の広島市の案件にも資金提供でかかわっている。介護予防のSIB事業において、藤田氏は「関係者のモチベーションの向上がとくに重要だ」と考えている。なぜなら、既存の制度では財政面でのモチベーションが上がりにくいが、SIB事業であれば「自分たちの取り組みが財政的にも評価される可能性がある」からである。

 また、介護予防では運動や認知機能だけでなく「外出や交流といった社会参加も効果がある」という研究結果に触れ、高齢者が集うサロンのような場づくりを厚生労働省が進めていることに着目する。ただ、現状は「面白い場が少なく、人が集まらない」という問題を抱えていることから、楽しいイベントやサービスを企画できるような企業を求めているとのこと。そういった意味で、「様々なサービスが介護予防につながる」として可能性の広がりを提案した。

SIBがサービス品質を向上させる。

 パネルディスカッションでは、SIB事業で感じた課題や苦労、あるいはその解決策などについて語った。公文教育研究会の伊藤氏は、高齢者の一番のモチベーションは「やりがい」や「生きがい」にあることから、自治体の担当者に「金銭的な側面だけでなく、それらにも意味があることを理解してもらうことが難しかった」と振り返る。そして、その価値をしっかり確認してもらい、「事業拡大のモチベーションを一緒に育む」ことの必要性を説いた。

パネルディスカッションの様子(写真:近藤寿成)

 くまもと健康支援研究所の松尾氏は、連携する自治体や企業がある程度納得するために「データは非常に重要だ」と話す。また、介護サービスを利用しない日をアクティブに過ごせるような場所があれば「今後の事業拡大にさらなる広がりを見出せる」と考えるほか、事業の見せ方などにおいて「首長や議員に理解してもらうための工夫が求められる」と助言した。

 徳島ヴォルティスの谷氏は、「効果の可視化はいまでも難しい」と実感を込める。ただ、仲間(=賛同者)を集めようと心掛けたことで物事が進んだことから、「一緒に戦ってくれる同志を集めることが大切」という。また、事業に対して「上手くやろう」と思うのではなく「一生懸命やる」ことの重要性を説き、その姿勢は「必ず人に伝わる」と力強く語った。

 関係者への理解については、日本財団の藤田氏も「直面する課題」として賛同する。さらに、自治体では「担当者に左右される部分が多い」と指摘。トップの理解が重要なのはもちろんだが、トップダウンで担当者が対応するとその担当者にやる気がないケースも少なくないため、「そうなると実現は難しい」とこれまでの経験から話す。ただし、内部に前向きな人(とくに財務部の理解者)がいれば「挽回するチャンスはある」とのこと。また、企業側がやる気のある自治体を見つけたい場合は、「自治体と関係性のある金融機関に相談するといい」とアドバイスした。

 日本総合研究所の石田氏は、将来のコスト削減などがSIBで重視されがちなことに触れつつも、実際には多くの人が「経済面よりも事業の中身の質向上に意義を見出している」と感じている。今後、介護予防や健康な人の健康維持などの事業においては、そういった部分の共通認識が「さらに大事になる」と指摘する。また、成功事例が出ていながら「横展開が思ったほど進んでいない」ことを問題意識として挙げ、これまでの知見を集約して「横展開しやすい環境づくりが必要になる」と締めくくった。

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