Smart Wellness City(SWC)首長研究会は、設立10周年の成果と今後の活動方針を報告する記者発表会を都内で開催した。同研究会は、ハード、ソフトの両面から、科学的なエビデンスに基づいて「健幸」になれるまちづくりに取り組んでいる。「健幸」とは、身体面の健康だけでなく、人々が生きがいを感じ、安心安全で豊かな生活を送れること。2009年に発足し、現在は81自治体が参加している。発表会では同時に、健康長寿社会を実現するために2015年に設立された、産官学のメンバーで構成される一般社団法人Smart Wellness Community(SWC) 協議会による「健幸アンバサダー」の取り組みも報告された。

健康への「無関心層」に向けた対策が重要

 SWC首長研究会では、2012年~17年にかけて、加盟する10市町が連携し「健幸⾧寿社会を創造するスマートウエルネスシティ総合特区」の認定を受けて様々な社会実証を行うなど、加盟各自治体で健幸に向けた取り組みを実施し、成果を積み重ねてきた。今後は、こうして得られたノウハウを全国に展開する活動に舵を切る方針だ。筑波大学大学院人間総合科学研究科教授でSWC首長研究会事務局長の久野譜也氏は「2年以内に加盟自治体を300、できれば500にまで増やしたい」と意気込む。

記者発表会には筑波大学大学院人間総合科学研究科教授でSWC首長研究会事務局長の久野譜也氏のほか、SWC首長研究会の会長である新潟県見附市の久住時男市長、SWC(Smart Wellness Community)協議会健幸アンバサダー・人材育成分科会座長 健康・体力づくり事業財団理事長の下光輝一氏、SWC協議会健幸アンバサダープロジェクト事務局長 つくばウエルネスリサーチ執行役員の塚尾晶子氏が登壇した。(左から)久野譜也氏、久住時男市長、下光輝一氏、塚尾晶子氏(写真:神近博三)
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 SWC首長が重視しているのは、健康情報に対する無関心層への対策だ。

 久野氏が無関心層対策に関心を持つようになったきっかけは、厚生労働省の受託事業として同氏の研究室が2000年に実施した調査の結果である。生活習慣病予防に必要な運動量に足りていない人は全体の67.5%。このうち、約7割(71%)の人たちは健康的な生活を送るための情報収集や試行をしていなかったのである。

 「いくつかの学会では『国民は食事や運動の重要性は分かっているが行動に移せていない』と報告されてきた。だが、私たちの調査では、運動が足りていない層全体の7割ほど無関心層が存在し、彼らはそもそも健康情報にアクセスしていないことが分かった」(久野氏)。つまり、従来から健康づくりに有効と思われる様々な施策が実施されてきたが、7割の無関心層には伝わっていない可能性が示されたのである。

「健幸ポイントプログラム」のインセンティブで医療費抑制

 健康づくりへの無関心層を動かせれば、国民全体の健康レベルを底上げして、医療費の抑制に貢献できる――。そう考えたSWC首長研究会は、無関心層を動かす3つの戦略を実施してきた。

 1つはインセンティブ制度だ。一定以上の歩行量や運動などに応じて、寄付や地域商品券に交換できる「健幸ポイント」がたまっていくというインセンティブ制度の社会実験「健幸ポイントプログラム」を6市(福島県伊達市・栃木県大田原市・千葉県浦安市・新潟県見附市・大阪府高石市・岡山県岡山市)が連携して実施。2014年~16年度の3年間で1万2500人が参加した。参加者に対する調査の結果、74%が健康づくり無関心層だった。そして、無関心層ほど、参加後の1日当たりの歩数が大きく増えるという結果となった。

「健幸ポイントプログラム」参加者層と、参加後の行動変容(歩数増加)の結果(資料:筑波大学久野研究室)
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 久野氏によると、ポイントプログラムによって参加者1人あたりの年間医療費を約5万円、70代に限ると約20万円も削減できることが分かったという。「これまでは、『ある予算の中で何ができるか』という発想で事業が組み立てられてきた。だが、例えばこうした活動量と医療費の関連を示すような実績データがあれば、『医療費をX億円削減する』という目標を設定して『そのために何をどのくらいやるか』という事業計画を立てられるようになる」(久野氏)。つまり、データヘルスの実践が可能となるのだ。

 ただし、このときには無関心層に対するインセンティブだけでなく、医療費の削減成果に応じて国が自治体にインセンティブを与える仕組みも必要になる。現在の制度では、自治体が商品券の交換コストなどを負担して医療費を削減しても、「国や県の負担が減るだけで、国民健康保険や協会けんぽの自治体負担分に財政的なメリットが発生しない」(久野氏)ためだ。

 2つめはまちづくり。無関心なままでも「住んでいるだけで健幸になる」まちづくりの仕掛けである。例えば、まちの中心部へのクルマの乗り入れを制限して快適な歩行空間をつくる道路構造物「ライジングボラード」(昇降式の突起物)を、新潟市に導入するなどの取り組みを行った。

 そして3つめが、SWC協議会による、無関心層に健康情報を届けるインフルエンサー(健幸アンバサダー)の養成である(詳しくは後述)。

 久野氏は、こうした健康づくり無関心層への働きかけ戦略は、大学が持つ「科学知」と自治体が持つ「経験知」を融合させた「課題解決知」によって導き出されるとする。「大学は科学技術の開発に特化して、それを社会で活用するための『社会技術』に取り組んでこなかった。だが、社会技術は大学がこれから取り組むべき重要なテーマだ」(久野氏)。

見附市の取り組み:健幸ポイントや健幸クラウドを導入

 久野氏に続いて登壇したのは、SWC首長研究会の会長を務める新潟県見附市長の久住時男氏だ。久住氏は、健幸ポイントプログラムをはじめとする見附市におけるSWC首長研究会の社会実験の内容を紹介した。

 見附市の人口は約4万人だが、2014年から16年にかけて実施した健幸ポイントプログラムには約1200人の住民が参加。このときの参加者の79%は無関心層(運動未実施層と不十分層)であり、無関心層の取り込みに一定の成果を上げた。参加者の1日あたり平均歩数も、従来の6058歩から8112歩へと2000歩ほど増加した。見附市は2019年度も健幸ポイントプログラムを実施しており、現時点で1325人が参加する予定だという。

見附市の健幸ポイントプログラム(久住氏の講演資料より)
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 見附市も参加する「健幸クラウドシステム」は、見附市を含む広域連携7自治体(見附市、新潟市、三条市、福島県伊達市、岐阜県岐阜市、大阪府高石市、兵庫県豊岡市)が共同で構築・運営する。見附市は2012年3月に「健幸長寿社会を創造するスマートウエルネス総合特区」の1つに認定されており(現在は指定解除)、同システムは特区における成長戦略の柱である「データを中心とした説得力のあるエビデンスベースの健康施策」を実施するためのものとして導入された。

健康ビッグデータを活用する健幸クラウドシステム(久住氏の講演資料より)
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 健幸クラウドシステムの稼働開始は2013年3月。当初は見附市が管理する国民健康保険と介護保険のデータしか扱えなかったため、住民の30%前後しかカバーできなかった。その後、2013年11月に協会けんぽ加入者のデータや後期高齢者医療広域連合が管理する後期高齢者のデータまで扱えるようになり、2016年時点で見附市住民の76%をカバーしている。さらに、2017年から2019年までの3年計画で、同システムのデータを使ったAI(人工知能)の研究にも参加する。これは、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の公募事業であり、事業主体は筑波大学、つくばウエルネスリサーチ(千葉県柏市)、NTTデータ経営研究所(東京都千代田区)。研究の目的はエビデンスに基づく自治体の保健指導政策の立案能力の強化である。

 2013年5月には、超高齢化と人口減に対抗できる「歩いて楽しめる市街地」と「持続可能な周辺地域」を整備する「特定地域再生計画」を策定した。「このときは省庁横断的な計画を策定するため、内閣官房、国土交通省、経済産業省、農林水産省の課長クラスが集まってくれた」(久住市長)。続く2014年4月には持続可能なまちづくりのモデルとして全国10カ所の「地域活性化モデルケース」の1つに選ばれ、この地域活性化モデルケースをベースとする地域再生計画は2017年6月、国土交通省コンパクトシティ大賞の最高賞である「国土交通大臣表彰」を受賞している。

無関心層に口コミ情報を届ける健幸アンバサダー

 発表会の最後に登壇したのは、SWC協議会健幸アンバサダー・人材育成分科会座長の下光輝一氏(健康・体力づくり事業財団理事長)と、SWC協議会健幸アンバサダープロジェクト事務局長の塚尾晶子氏(つくばウエルネスリサーチ執行役員)だ。下光氏と塚尾氏は、「無関心層にも健康情報を届けるインフルエンサーの養成」のためにSWC協議会が取り組んでいる健幸アンバサダーの活動内容と方針を報告した。

 「無関心層にアプローチするとき最も効果があるのは、家族や友人など身近な人からの口コミ。そこで、専門家ではなく周辺のヘルスリテラシーを向上させてくれる一般の人たちを増やそうと考えて健幸アンバサダーのプロジェクトをスタートさせた」(下光氏)。

健幸アンバサダーから伝わる情報の流れ(資料:SWC協議会)
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 2019年4月現在、全国47都道府県でおよそ1万6681人の一般市民、自治体職員などが健幸アンバサダーとして活動する。フィットネスクラブのカーブスジャパン(東京都港区)のように、企業単位で参画している例もある。「アンバサダーには何人に口コミしなければならないというノルマはない。ただ、健康的な生活に変えてもらう伝道師となるには、その人自身が健康でなければならない」(塚尾氏)。SWC協議会では2019年に健幸アンバサダーを3万人、2030年までに200万人へ増やすことを目指している。

 これまでのところ、健幸アンバサダーが口コミで情報を伝えた相手の55%が行動を変えたことが分かっており、無関心層に限っても行動を変えた比率は41%に達する。昨年開催した健幸アンバサダーのフォローアップ講座での調査によると、1人の健幸アンバサダーは平均で15.2人に口コミなどの働きかけをしており、相手が行動を変えてくれるまでの口コミ回数は平均で3回ほど。口コミによって変化した行動は、1位が運動、2位が食事、3位が健診や受診だったという。

健幸アンバサダーの口コミによって無関心層の壁を崩せる可能性(資料:SWC協議会)
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