国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)のレジリエントシティ研究ラボは2019年5月16日、「災害時コミュニケーションを促進するICT利活用に関する首長研究会」を立ち上げた。平時の防災活動、および災害発生時の初動対応、復旧・復興に向けた取り組みを現場で進める基礎自治体の首長・職員の間で、意見交換や体験の共有を促進するのが狙いである。

 研究会の運営主体となるレジリエントシティ研究ラボの代表を務める櫻井美穂子GLOCOM主任研究員/准教授は、災害時の人命救助や被災者支援で中心的な役割を果たす基礎自治体では、(1)市民の安否・安全確認、(2)市民への情報伝達(避難指示等含む)、(3)避難所の運営、(4)支援物資の管理・分配、(5)罹災証明書の発行の5業務がとりわけ重要だと、調査研究成果を踏まえて指摘する。

国際大学GLOCOM主任研究員/准教授 レジリエントシティ研究ラボ代表 櫻井美穂子氏(写真:柏崎吉一)

 これら5業務を遂行するには、多様なステークホルダーとの連携が欠かせない。また、情報通信技術(ICT)を効果的に活用することで、現場の負担を軽減できる期待がある。「しかし、現場での関係者の連携やツールの活用について、一自治体を超えた首長や職員の間で具体的な議論や互いの経験が共有されていないのが実情だ。課題の整理と解決に向けた考察を、自治体同士の意見交換を通じて目指したい」(櫻井氏)。

 研究会の柱は大きく2つある。1つは、自治体の職員向けに開催するクローズドの勉強会。年6回を予定し、地震、水害、土砂崩れに関する自治体の事例紹介とディスカッションを行う。研究会発足時点で、勉強会に参加予定の自治体は、北海道室蘭市、仙台市、宮城県登米市、千葉市、神奈川県藤沢市、新潟県南魚沼市、岐阜県東白川村、神戸市、兵庫県西宮市、高知市、佐賀県玄海町、熊本市の計12団体である。もう1つの柱が、2020年2月に公開イベントとして開催予定の「全国自治体ICTサミット」。首長による議論・情報発信と、自治体職員の勉強会の成果発表を計画している。

「災害時コミュニケーションを促進するICT利活用に関する首長研究会」のキックオフ・ミーティング会場(写真:柏崎吉一)

 キックオフ・ミーティングの参加者は、自治体関係者を中心に50人ほど。レジリエントシティ研究ラボ代表の櫻井氏は、ノルウェーで欧州7カ国が参加するプロジェクト「Smart Mature Resilience」に参画。EU(欧州連合)の複数の基礎自治体で、多国籍の人が暮らす地域の社会課題や、災害・テロなどの突発的な出来事に対応するためのレジリエント能力をいかに高めていくかをテーマに調査研究に携わった。

 「そこで浮かび上がった課題は、関係者間のコミュニケーションや情報の共有の仕組み。母国語が異なる人たちが多数生活する地域だった。いざという時、情報を誰が誰にどのように伝えるのか。ICTを活用した仕組みを作る際に求められる設計思想や要件を整理しておくことは、大規模な自然災害が相次ぐ日本での対応においても大切だ」(櫻井氏)と背景を説明した。

市民への情報伝達は難しい課題

 ミーティングでは、パネルディスカッション形式の意見交換も行われた。登壇したのは、研究会に参加する西宮市の石井登志郎市長、国立研究開発法人である防災科学技術研究所 総合防災情報センターの臼田裕一郎センター長、GLOCOMの櫻井准教授。モデレータは慶応義塾大学 総合政策学部の國領二郎教授が務めた。

 西宮市は1995年1月の阪神淡路大震災で被災した直後に、情報政策部(当時)の職員が日常業務の復旧と並行して、被災者支援システムを自ら開発し、罹災証明書の発行などの各種業務や被災者支援、復旧・復興業務に役立てた。その後、東日本大震災で被災した自治体からの要望などを取り込んで改良を重ね、多くの自治体で活用されている。

兵庫県西宮市 市長 石井登志郎氏(写真:柏崎吉一)

 石井市長は、「2018年も地震、豪雨、台風など大規模な自然災害が立て続けに起こり、停電や浸水に見舞われた。こうした災害対応の現場では気象庁、兵庫県、国土交通省、市民から寄せられる情報が飛び交う。安否確認やライフラインの復旧に関する情報を求める市内外からの様々な問い合わせも集中し、コールセンターがパンクしたこともあった。土砂崩れの恐れがある地域で孤立しそうな方に避難勧告のために市役所から直接電話をかけたり、消防団の人に選挙カーのようにスピーカーを積んだ車で回ってもらったりと、アナログ的な方法を駆使して対応したこともあった」と振り返った。

 そのうえで、「被害を最小限に抑え、市民の皆さんに安心感を持ってもらえるか。そのために災害対応に必要な情報を収集し、編集・分析した上で、どのような手段で届けるか。情報伝達は、市にとって常に難しい課題だ」(石井氏)との認識を語った。

避難所の運営や支援物資の管理で市民と連携

 さらに、「役所ができる公助にはどうしても限界がある」と石井氏は指摘する。「市の職員だけですべての避難所を開設し、管理するのは手が回りきらない。理想を言えば、町内会などが自主的に避難所を開設し、町内会長から役所に『この場所に地域住民が避難している』と連絡があるような姿が望ましい。各地域の市民が自ら回していくという自助・共助で地域を強くしていくことが大事だ」(石井氏)。

防災科学技術研究所 総合防災情報センター長 臼田裕一郎氏(写真:柏崎吉一)

 防災科研の臼田センター長によると、すでに取り組みを始めている地域もある。「そうした地域では平時から、『避難所運営は共助なので市民の皆さんでやっていただくのが基本』ということを前提にしている。その上で、市民が『避難所の運営は自分たちでやるから、物資をここまで届けてくれないか』『この避難所からはこの地域とこの地域が遠いので、そこを市でカバーしてもらえないか』と市の方に頼る。共助をしている市民の側から、足りない部分の公助を求めるという形が広まれば課題解決にもつながる」(臼田氏)との見方を示した。

SNSがもたらす功罪

慶応義塾大学 総合政策学部教授 國領二郎氏(写真:柏崎吉一)

 モデレータの國領教授は、「最近はSNS(交流サイト)で情報が手に入りやすくなった分、デマも増えた。悪意のある情報も含まれるかもしれない。どう留意すべきか」と問いかけた。

 防災科研の臼田氏は、「公式の情報をきちんと発信する状況を作るのが大事なのは間違いない。判断が難しいところだが、国や自治体が把握している点だけでなく、把握していない点が何かを含めて、市民に伝えることも不安解消のために大切だ」と指摘した。

 そこで、防災科研では、自治体を支援するために、正確な情報を発信する「基盤的防災情報流通ネットワーク(SIP4D:Shared Information Platform for Disaster Management)」を運用している。また災害時には、内閣府が現地に派遣する災害時情報集約支援チーム(ISUT:Information Support Team)や自治体と連携して正しい情報の流通を支援するという。

 「“善意の流言”も含めて、災害時にはいろいろな情報が飛び交うという認識が不可欠。ICTの普及で便利になった面と様々なルートから情報が入ってくる悩ましさがある。例えば、『入手した情報の7割は信頼できそうだが3割は間違いかもしれない。でも救助に駆けつけなければならない』という場面も現場で増えている」と臼田氏は明かす。加えて、海外では災害時のデマ発信を厳しく罰する法律を定めている国(台湾)があることも紹介した。

「“知らない”をなくす」には、平時からの防災がカギ

 國領教授と櫻井准教授は、「2011年の東日本大震災で被災した地域の現場では、限られた災害対応のリソースや努力が生かされず、支援の身動きが取れなくなった事態を目にした」と振り返った。

 西宮市の石井市長は、災害時に市への電話での問い合わせの対応に奔走する職員の姿を見て、「市民一人ひとりが、日頃から自分の地域がハザードマップでどこに当たるのかなど、いざという時に備えた基本的な知識を持ってくれれば」と感じたという。そして「そうなれば、職員はより重大な問い合わせ対応に手が割けるようになるだろう」と述べた。

 臼田センター長も、「平時の段階で仮に市民の8割が必要な情報を事前に知っていれば、災害時における行政への問い合わせは2割になる。地域にあるリソースをうまく活用するために、平時からいかに市民に知ってもらうかがカギだ」と強調した。

 防災科研は、自治体などが施策を講じる際の参考情報として地域で発生するリスクのある自然現象、高齢化率、財政力指数などを確認できる「地域防災web」(https://chiiki-bosai.jp)を提供している。2018年6月の大阪北部地震では、大阪ガスが公開するガスの復旧情報も取り込んだ。さらに、情報の収集や提供をAI(人工知能)とチャットボットに行わせ、救援団体のマンパワーを増やすことなく、より多くの被災者を適切にケアする研究開発プロジェクトにも取り組んでいる。

神戸市役所での実証実験(2018年12月)で用いられた開発中の「防災チャットボット」のイメージ(出所:情報通信研究機構の発表資料)
[画像のクリックで拡大表示]

ICTありきではなく、まずは首長が目的を明確にする

 西宮市の石井市長は、「研究会のテーマはICTだが、ICTから入ってはいけない。大事なのは市民自ら行動する力、シチズンシップだ。前向きな気持ちを持つ市民の力が強いほど、自治体の防災の対応力も高まる。そのためには何が大切か、研究会を通じて様々な自治体と情報交換し、そのヒントを得たい」と期待を述べた。

防災のための情報伝達の考え方(出所:防災科研のプレゼンテーション資料)
[画像のクリックで拡大表示]

 防災科研の臼田センター長も賛同する。「自治体の首長が具体的に何をしたいのかを明確にすることが大切。避難遅れをゼロにしたい、避難所環境を良くしたい、街の経済を早期復旧したいなど、いろいろな思いやニーズを明らかにして、その上で誰と誰がコミュニケーションするのかを考えていく。例えば、首長と職員、災害で関連する近隣の首長同士、部署を超えた職員同士、市民・企業・団体と役所など多岐にわたる。コミュニケーションをしたいのは平時か、災害の直前か、発災後の避難の段階か。そして連絡を取る場所は首長室か災害本部か。電話か、インターネットか。そこまできて、ようやくICTの話になるのが筋だろう。本研究会の主役は参加する各自治体。そこに防災科研としては培った知見や情報も提供したい」と語った。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/report/060400195/