「コロナというピンチを乗り越えてよりよい社会を作るためには、待つだけでなく仕掛けていく必要がある。今日は単なる話し合いでなく、具体的なプロジェクトに結び付けるためのブレーンストーミングの場としたい」(筑波大学人間総合科学学術院教授の久野譜也氏)――。スマートウエルネスコミュニティ協議会(SWC協議会)のヘルス&ICTリテラシー向上プロジェクトは2020年7月10日、全3回の連続シンポジウムの第1回となる「Withコロナ、Afterコロナにおける健幸都市の方向性」を開催した。当日はリモート会議ツールのZoomを使用し、筑波大学東京キャンパス(東京都文京区)の会場と各地の参加者を結んで積極的な議論が交わされた。

 シンポジウムのコーディネーターは日本大学特任教授の岸井隆幸氏、シンポジストは国土交通省市街地整備課長の渡邉浩司氏、イオン北海道取締役執行役員営業本部長の関矢充氏、大和ハウス工業副理事の瓜坂和昭氏、大阪府高石市の阪口伸六市長が務めた。このうち、岸井氏、関矢氏、瓜坂氏はリモートでの参加。筑波大学東京キャンパスの会場には、渡邉氏、阪口氏に加えて、ヘルス&ICTリテラシー向上プロジェクトのリーダーで連続シンポジウム全体のコーディネーターである筑波大学の久野氏、さらに国土交通省出身で2020年6月末に茨城県副知事を退任したばかりの宇野善昌氏がコメンテーターとして登壇した。また、全国の自治体首長をはじめとするおよそ100人が、Zoomを使ってシンポジウムの議論をリモートで聴講した。

筑波大学東京キャンパスの登壇者。左から、高石市の阪口市長、筑波大学教授の久野譜也氏、国交省の渡邉氏、宇野善昌氏(シンポジウムのオンライン画面より)
左から、コーディネーターを務めた日本大学特任教授の岸井氏、イオン北海道の関矢氏、大和ハウス工業の瓜坂氏(シンポジウムのオンライン画面より)

新型コロナは都市のあり方を見直す契機となった

 シンポジウムでは、まず国交省の渡邉氏が「ウォーカブル都市の実現に向けて」というテーマでプレゼンした。国土交通省は人口減少、超高齢化社会の到来に備えて、これまでの「薄く広がった都市」から利便性の高いエリアに居住地域を集める「コンパクトなまちづくり」に取り組んできた。そうした状況での新型コロナの出現は、満員電車や多くの人々が1カ所に集まって働く都市のあり方を問い直す機会になっているという。

新型コロナ以前の都市政策の方向性(国土交通省・渡邉浩司氏の発表資料)
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 そこで国交省では現在、有識者へのヒアリングなどを通じて、Withコロナ、Afterコロナ時代の都市交通やオープンスペースをどうすべきかの論点整理を進めている。

新型コロナによる都市政策の見直し(国土交通省・渡邉浩司氏の発表資料)
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 渡邉氏は「個人的な感想」と断ったうえで、こうした見直しにおいても「持続可能で人間中心のまちづくり」というこれまでの基本方針は変わらないという考えを述べた。そうした中で、

  • 満員電車などの「密」の解消という観点から、ネットワーク経由のサイバー空間を利用しようという動きは加速
  • その一方で、人とリアルに交流したいという要求は残り続ける

 と予想する。渡邉氏は、こうした相反する動きの両立に向けて「MaaS、自動運転、公共交通の活用などで、サイバー空間とともにフィジカルに人と交流できる公共空間、民間空間を提供すべきだろう。そのためには、まちに出ても安心なように医療とまちづくりを連携させていく必要がある」と、見解を述べた。

With/Afterコロナのまちづくり(国土交通省・渡邉浩司氏の発表資料)
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電子マネー利用して地域エコシステムを構築

 続いて、イオン北海道の関矢氏は「(外部との接触を減らせる)キャッシュレスの推進は、Withコロナ時代の重要なポイントになる」として、イオングループの電子マネー「WAON」を利用した地域エコシステム構築の取り組みを紹介した。イオン北海道は「北海道のヘルス&ウェルネスを支える企業になる」という経営ビジョンを掲げ、苫小牧市、紋別市で、WAONを利用した地域エコシステムのモデル作りを進めている。

 このうち紋別市では、市と包括連携協定を締結したうえで「WAONポイントと商店街ポイントの連携」「がん検診の受診者へのWAONポイント発行」「バス運賃のWAON電子マネー支払い」などを実現している。「健康寿命の改善に小売業ができることはいろいろある。『イオンがあるから、このまちに住みたい』と思われるように、今後も地域の発展に貢献していきたい」(関矢氏)。

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WAONを活用した地域連携「紋別モデル」の概要(資料:2点ともイオン北海道)
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新型コロナでニュータウンのまちづくり方針を見直し

 大和ハウス工業の瓜坂氏は「Withコロナ、Afterコロナにおける健幸都市の方向性」と題して、横浜市栄区にある「上郷ネオポリス」における取り組みを紹介した。上郷ネオポリスは1970年代に同社が開発したニュータウン。2019年9月現在の居住者人口はおよそ2000人、世帯数は868であり、高齢化率(65歳以上の高齢者人口が人口に占める割合)は50%を超えている。「個々の住宅のメンテナンスはもちろんやってきたが、まちづくりの方向性をどうするかまではやっていなかった。このため、2014年に(上郷ネオポリスを今後どうしていきましょうかと)初めて訪問したときは『今さら、なんだ』というアウェイな状況だった」(瓜坂氏)。

 そうした中で、大和ハウス工業は時間をかけて住民との話し合いを進め、2016年6月に自治会とまちづくり協定を締結。2019年に東京大学の郊外住宅地再生社会連携研究部門へ参加するとともに、2020年1月には横浜市ともまちづくりに関する協定を締結し「住民と産官学のスクラムを構築した」(瓜坂氏)。

上郷ネオポリスの概要とこれまでの経緯(資料:大和ハウス工業)
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 2019年10月には、上郷ネオポリス内にコミュニティ拠点「野七里テラス」がオープンした。これは、住民が気軽に集まれるお茶会の場となるもので、コンビニエンスストアのローソンを併設する。「第一種低層住宅専用地域の上郷ネオポリスには喫茶店がなく、住民が集まる場所がなかった。そこで、住民からの要望を受けて野七里テラスを作ることにした」(瓜坂氏)。コンビニも住民の要望を受けて併設したもので、店長、バイトはすべて住民だという。野七里テラスの清掃やメンテナンスもボランティアの住民が担当しており、ボランティアに1時間半参加するごとに、併設のコンビニで割引を受けられる地域内通貨1枚を支払っている。

野七里テラスの様子(上)、ボランティアのユニフォームや地域内通貨(下)(資料:大和ハウス工業)
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 お茶会などで「密」なコミュニティを育てるというまちづくりの方針は、現在、新型コロナによって見直さざるを得なくなっている。このため、大和ハウス工業では自治会館に遠隔対話の機能を持つパーソナルアシスタントロボット「temi」を設置。大和ハウス工業の担当者や住民がパソコンからtemiを操作して、自治会の定例会にリモートで出席できる体制を整えている。

遠隔対話機能を持つロボットを自治会館に設置した(資料:大和ハウス工業)
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 さらにAfterコロナに備え、上郷ネオポリス内の空き家を、サービス付き高齢者向け住宅や現役世代のためのテレワークスペースに改修することも検討している。高齢者向け住宅では他の入居者から感染が大きな問題になる。だが、徒歩圏内に職員が常駐する戸建ての分散型住宅であれば、そうした感染の拡大を抑えることができる。テレワークスペースは、高齢者が遠隔診療を受ける場所としても利用する。

 このほか高齢者のバス停までのラストワンマイル対策として、電動カートや電動車椅子の評価にも取り組んでいる。すでに2019年にヤマハ発動機の電動カートを試走させており、2020年秋には電動車椅子「Whill」を20台導入して、使い勝手や安全性を検証する予定だ。

空き家をサービス付き高齢者向け住宅に改修することを検討(上)、電動カートや電動車椅子の評価にも取り組んでいる(下)(資料:大和ハウス工業)
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駅近の高架下にテレワーク用のシェアオフィス

 最後にプレゼンした阪口氏が市長を務める高石市は、「居心地が良く歩きたくなるまちなか」を目指すウォーカブル推進都市の1つであり、市民の健康活動にポイントを付与する「健幸ポイント事業」を実施している(関連記事)。プレゼン冒頭では、新型コロナの緊急事態宣言の最中に、マスク着用、ソーシャルディスタンスというルールを守りながら市内をウォーキングする高齢者の動画とともに、国民健康保険の医療費伸び率が、健幸ポイント事業が本格的にスタートした2014年の108.4%から2019年には99.42%まで改善したことが紹介された。

高石市の健幸ポイント参加者数と国民健康保険医療費の伸び率(資料:高石市)
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 高石市ではAfterコロナ時代に備えて、南海本線羽衣駅の高架下にテレワーク用シェアオフィスの設置を検討している。「(コロナで出社できないので)仕事を家に持ち帰っても、なかなかはかどらないことが多い。そこで、駅前にITの環境を整えたワークスペースを用意することを考えた。(大阪府南部にある高石市は)大阪市中心部への通勤と逆方向になるので電車も空いている。近隣の人たちにも、ぜひ利用してもらいたい」(阪口氏)。高架下以外に、既存の公共施設などもシェアオフィスの候補になっているという。

高石市のAfterコロナにおける新しいまちづくり(資料:高石市)
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首都圏近郊の自治体にとってはチャンスにも

 シンポジスト4人のプレゼンの後にコメントを求められた宇野氏は、新型コロナを「正しく恐れる」重要性に言及した。「Withコロナの基本戦略は、各自がしっかり健康管理するとともに、検査体制を充実させて無症状者を含めた感染者を隔離することだ。重要なのは重症患者を減らして医療崩壊を防ぐことであり、(十分な検査もしないまま)全員に外出自粛を求めたり、社会活動を抑制したりするのは間違っていると思う」(宇野氏)。

 新型コロナによるテレワークの増加は、宇野氏が副知事を務めた茨城県のような首都圏近郊の自治体にとって地域再生のチャンスとなる可能性もある。「地域内に散在する小さな公共空間は、3密を回避するオープンスペースになる。これを活用するのが1つの方向になるだろう」(宇野氏)。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/report/072000244/