「ソーシャルインパクトボンドセミナー2018」(8月1日開催、主催:社会的投資推進財団)のパネルディスカッションをリポートする。日本における成果連動型民間委託事業の先行事例の紹介に続き、今後の普及促進に向けた課題などについて、国内外のキーパーソンによる議論が行われた。

 パネルディスカッションは、これまで数々の社会的投資のプロジェクトに携わってきた社会的投資推進財団(SIIF)常務理事の工藤七子氏がファシリテーターを務めた。まず、成果連動型モデルの先行事例として、パーソナルトレーニングジムを展開するRIZAPグループ(以下、ライザップ)のグループマーケティング推進ユニット長・松岡洋平氏が、同社と長野県伊那市が連携して取り組んだ自治体向け成果連動型健康増進プログラムの概要を発表。続いて、成果連動型民間委託契約や社会的インパクト評価などの研究開発と導入支援を行うケイスリー代表取締役の幸地正樹氏が、八王子市と神戸市で実施したソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)の概要を紹介した。その後、基調講演で登壇した竹中平蔵氏(関連記事)とケビン・タン氏(関連記事)が加わり、議論を深めていった。

パネルディスカッションの様子。写真左から、幸地氏、タン氏、竹中氏、松岡氏、工藤氏(写真:山田雅子)

参加者の9割が「体力年齢」10歳以上の若返り――ライザップ×伊那市

 ライザップは、従来、ユーザーに対して1対1で行ってきたトレーニングのサービスを、法人や自治体向けに1対20、1対30といった集団型のスタイルで提供し始めている。伊那市との取り組みは、同社が自治体に対して初めて実施した成果報酬型のプログラムだ。シニア層を対象に、週1回・3カ月間にわたり集団型の運動トレーニングと食事指導、定期的な進捗管理を行った。伊那市は場所の提供と集客を行い、ライザップが健康増進プログラムを提供。成果に応じて、伊那市からライザップに報酬が支払われるという仕組みだ。

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ライザップと伊那市との取り組み:成果報酬型モデル概要(資料:RIZAPグループ)

 成果指標は2つ。(1)プログラム参加前後のデータ比較による「体力年齢」(ライザップが筑波大学と開発した独自指標)の改善結果と、(2)参加者全体の医療費削減額だ。

  (1)についての成果報酬は、「体力年齢が10歳以上若返った人数」×5万円。さらに、(2)「参加者全体の医療費削減額の50%」が(1)を上回った場合は、その差額を加算する。つまり、(2)が(1)を上回った場合、(2)の額が報酬となる。もし1人も成果が出なければ、報酬は0円だ。

 「成果指標を2つ置いたことがポイント」と話すのは、ライザップの松岡氏だ。

 「最終的な目的は医療費を下げること。だが、医療費抑制は結果が出るまでに時間がかかる。そこで、プログラム終了後すぐに結果が分かる体力年齢を指標とした。結果として、参加者の約9割が、10歳以上の体力年齢の若返りに成功。この1つ目のポイントを設定したことで、我々はキャッシュインのタイミングを想定できる。また、法人に対して集団型のプログラムを実施してきた経験から、3カ月でどの程度の成果が出るかというエビデンスを持っている。必ず成果を出せる自信はあった」と松岡氏。伊那市とライザップは、2018年度も同様の事業を実施する方向で話をしているという。

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ライザップと伊那市との取り組み:結果概要(資料:RIZAPグループ)

中央省庁でSIBの取り組みが活発化、自治体は広域連携も

 続いてケイスリー代表取締役の幸地氏による発表が行われた。同社は、経済産業省、厚生労働省、総務省、法務省など政府によるSIB推進事業に多数関わってきた。自治体における導入も支援しており、現在は、県と市町村によるSIBの広域連携など、先進的なモデル事業の検討にも携わっている。今回は、これまでの国内のSIB事業の動向と、すでに成果が出始めている八王子市と神戸市の事例を紹介した。

 中央省庁では、経済産業省が3年前から、厚生労働省は昨年からモデル事業を開始し、今年度は法務省も検討を開始するなど、活発な動きが見られる。自治体も、各所でSIBや成果連動型の事業の導入や導入検討が進んでいるという。

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中央省庁の主なSIB/成果連動型事業の関連動向(資料:ケイスリー)

 先行する八王子市と神戸市の事例は、いずれもヘルスケア領域の複数年度にまたがる取り組みで、八王子市は大腸がん検診受診率向上、神戸市は糖尿病性腎症重症化予防にSIBを活用している。

 八王子市は、3年間で約1000万円を投じる事業で、成果指標は大腸がん検診受診率、精密検査受診率、早期がん発見者数の3つ。神戸市は、3年間で約3000万円の事業規模で、成果指標はプログラム終了率、生活習慣改善、腎機能低下の抑制の3つを設定した。両市とも、1番目の指標については既に成果が出ているという。「事業規模は1000万円と3000万円で、欧米の事例と比べると小さいが、この規模から始めて、今後、規模拡大を進めていければと考えている。八王子市の事例はパッケージ化して、他地域への横展開を進めている」(幸地氏)。

 また、最近の新しい取り組みとして、ある県と市町村で進めている広域連携による事業モデルを説明した。「県と市町村による垂直型の広域連携モデルで、事業者も公募する形で進めている。規模が拡大できれば、評価や調達など本来なら各自治体でかかるコストを、共通コストとしてまとめて圧縮できる。連携・集約により、規模の小さい自治体がSIBに参加しやすくなるメリットもある」と、幸地氏は説明する。

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SIBの広域連携モデル概要の概要(資料:ケイスリー)

国の後押しと規模の拡大を

 両者の説明の後、取り組みを通じて気づいたことや、今後、成果連動型民間委託事業を推進していく上での課題について意見交換が行われた。

 「当初は、『事例ができてから検討する』と様子見の自治体が多かった」と、振り返るのは幸地氏だ。ところが、八王子市や神戸市の事例を携えて再訪しても、やはり反応は鈍かったという。

 「事例ができたので、同じ事業なら他の自治体でもすぐに導入できるのではないかと思った。だが話を聞くと、内部で調整しながら新しいことを進めていくには、他の自治体が同じような事業をしているだけでは不十分だと分かった。予算要求が難しく、国によるガイドライン整備などの後押しがないと、自治体単独で進めるにはハードルが高い」

 基調講演で登壇した竹中平蔵氏も、自治体が独自に取り組むことの難しさを指摘する。

 「現状は、コストを削減した分、地方交付税が減らされるというディスインセンティブが働く。空港のコンセッションのように、まず国のプロジェクトとして始めて、それを浸透させる必要があるのではないか。人口20万人以上の自治体には導入を義務付け、やらなければ地方交付税を減らすといったマイナスのインセンティブを与えるくらいの大きな改革が必要ではないか」

 成果連動型モデルの推進には、規模拡大が不可欠で、そのためにはサービスを提供する民間の事業者側と自治体側の双方にやるべきことがあると指摘するのは、ライザップの松岡氏だ。

 「まずは、事業のスケールメリットを出せるサービスを民間側が提供できるかだ。ライザップのサービスを例にとると、伊那市で実施した1人あたり5万円は、やはりまだ高い。しかし、プログラムへの参加者数が増えれば劇的にコストを下げられる。自治体側に求められるのは、やはり、広域連携など、より大きな単位で事業を実施することだろう。ライザップも当初は市町村単位で始めたが、県単位、国単位でもできると考える」

 さらに松岡氏は、現在の事業規模では、SIBの資金の出し手となる金融機関から見ても魅力に乏しいと付け加え、スタジアム/アリーナなどの施設運営と健康増進サービスを組み合わせることによる事業規模拡大の可能性を指摘した。

 竹中氏も、規模拡大の重要性に賛同。中国の電子商取引最大手、アリババ集団の本社がある杭州市では、同社と行政が連携して、ビッグデータを渋滞解消などの都市運営に活用しているケースを紹介。「日本では、今は着実なところから成果連動型モデルを始めるが、最終的には、都市の運営も委託の対象になり得る。ぜひ大きなスケールの事業を目指してほしい」(竹中氏)と語った。

問題はデータが統合されていないこと

 議論は、成果連動型モデルの推進に不可欠なデータの集約にも及んだ。工藤氏は、「米国では、行政のソーシャルセクターのデータがかなりの精度でそろっている。例えばホームレスの支援事業を手がける際に、ホームレスの人数や何日間路上で生活しているかといったデータもすべてそろうと聞いた」と言及。基調講演にも登壇したケビン・タン氏に実情を聞いた。

 タン氏は、先進国である以上、データはどこかにあるはずで、問題はそれらのデータが統合されていないことだと指摘する。「米国は、データは個人に紐づいている。例に挙がったホームレスのケースでは、ホームレスのシェルターがデータを持っている。連邦政府は、シェルターが予算を受け取る際に、標準のフォーマットでデータベースに入力することを義務付ける。そのような形でデータが一本化され、誰がサービスを提供し、予算はどこから出て、どのような効果が出ているのかなどが可視化されている。日本も、第一段階としてはデータを一本化する必要があるだろう」(タン氏)。

 県と市町村の広域連携のプロジェクトを手がける幸地氏も、「各自治体でデータの持ち方が異なり、それらを統合して使える状態にするのにコストがかかり、集約によるコスト削減効果が薄れた」と打ち明ける。

 このほか、会場からは「業務委託ではなく、なぜ、わざわざ成果連動型にする必要があるのか」という直球の質問も寄せられた。「必要な事業なら、成果連動型にするまでもなく予算をつける」というわけだ。

 これに対し幸地氏は「必ずしもすべての事業を成果連動型にする必要はないが、行政サービスの成果の可視化とモニタリング、および、そこにお金を紐づけることはやるべきだ。しかし、現状は形骸化している。どうすればインセンティブや成果向上につながるかの検証が必要だ」と成果連動型の意義について回答した。

 最後に、日本での普及促進に向けた各氏からの提言で、パネルディスカッションを締めくくった。

 「成果連動型モデルに参入したい事業者は、データを蓄積し、事業の成果を可視化することだ。最終的には、行政がその成果にお金を支払う意図があるかどうかにかかっている。普及促進に不可欠な規模拡大に向けては、ヘルスケアなど特定の領域に注力し、ノウハウを積み重ねて横展開することと、ビッグデータやブロックチェーンなどのテクノロジーを活用して中間コストを低減することが必要だろう」(幸地氏)。

 「事業規模が重要だ。我々は、ライザップにしかできない役割を追求し、ヘルスケア領域では、国単位で考え、さらには同じ課題を持つ海外に横展開することにも挑戦したい」(松岡氏)。

 「SIBは、より大きなムーブメントの第一歩に過ぎない。我々は、アジアで大きなプロジェクトを1~2件、開始する予定だ。成果連動型モデルの発展に向けては、システムチェンジが不可欠だろう。我々としては、これまで十分にできていなかった予測的分析を進めていきたいと思う」(タン氏)。

 「成長戦略の中で、内閣府が専門の部署を作ると明言した。成果連動型民間委託が正式な政策イシューになったということで、ようやくスタートラインに立った。パブリックサービスの需要は膨大で、これからも拡大する。すべてをガバメントセクターだけではできないと認識して、成果連動型モデルを進めていく必要がある」(竹中氏)。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/report/083100143/