路線バスなどの交通事業を営むみちのりホールディングス(本社・千代田区丸の内)の松本順CEOは、地域交通をテーマにしたシンポジウム「地域交通のイノベーション~MaaS構築のために~」(2019年10月4日、主催:時事通信社)に登壇し、人口減少が進む今後も地方の公共交通を維持していく技術や仕組みについて、具体的な構想や取り組みを示しながら語った。講演の骨子を紹介する。

講演するみちのりホールディングス代表取締役グループCEOの松本順氏。シンポジウムは定員250人の会場が満員となり、ロビーに講演映像を視聴できる場所を設ける盛況ぶりだった(写真:赤坂 麻実)

 みちのりHDは、岩手県北バス、福島交通などのバス会社や湘南モノレール、インバウンド専門の旅行会社であるみちのりトラベルジャパンを傘下に持つ。松本氏は「地方の公共交通、特に乗合バスは採算が厳しい事業とみられがちだが、やり方次第で事業性は十分にある。乗合バスは交通インフラだが、BtoCのビジネスであるからには、マーケティングは重要だ」と話す。

 松本氏は、国内の乗合バス輸送人員は2000年代半ばから下げ止まり、直近の数年ではわずかに増加しているというデータを示しながら、乗り合いバスの需要・供給に関わる社会背景を整理。バスによく乗る高齢者が増えること、若者のクルマ離れ、訪日外国人の増加など、需要が伸びる要因の方が多いと説明した。

公共交通の需要の増減要因を分析(松本氏の講演資料より)
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 とはいえ、運転手が常に不足がちで、供給力の増強は容易には進まない。みちのりHDでは女性の採用拡大を進める一方、大型自動車第二種免許の取得要件の緩和や、外国人の雇用に向けた制度変更などを国に要望している。  「需要は当面伸びるが、人手は不足している。生産性の向上が切実に求められている」と松本氏は、自動運転やMaaS(Mobility as a Service)などの新しいテクノロジーに期待を寄せる。

BRTやラストワンマイルでの自動運転で生産性向上

 既に導入に向けた取り組みも進めている。自動運転について松本氏は「一般道でわれわれのバスを完全自動運転に切り替えることは現実的ではない。走行環境を限定した形で自動運転を社会実装していきたい」と話す。限定した走行環境とは、BRT(バス高速輸送システム)や人口密度の低いエリアでのラストワンマイル輸送などだ。

 「ラストワンマイルでは、最先端技術ではなく、電磁誘導線を路側に埋め込むなど、低スペックで、ただし信頼度の高い技術を用いたい。実際の運行には、誘導線上の障害物(小枝など)を取り除くといったサポートが必要で、地域との体制や契約もセットで考えていくことになる」(松本氏)

BRTやラストワンマイルなど、限定的な走行環境でなら自動運転を早期に実装できると説明(松本氏の講演資料より)
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 実際に2018年10月、みちのりHDは産業技術総合研究所の実証実験に参画し、日立市でひたちBRTの路線を使って、自動運転バスを運行した。また、ラストワンマイル自動走行の実証実験も、常陸太田市で2019年6月から7月にかけて行った。

MaaSの実証実験を日立市で今冬に実施

 ICTを活用して、あらゆる交通サービスを運営主体に関わらずシームレスにつないで提供するMaaSは、公共交通各社で実証事業が進んでいる。そうした中、松本氏が特に注目しているのがAIオンデマンドバスだ。AIオンデマンドバスでは、街中にいる利用者がそれぞれ、どこからどこへ移動したいか、リクエストをスマホアプリ経由でバス会社側へ送信する。そうして届いた複数のリクエストに効率よく応えられる運行ルートを、AIが設定する。

MaaSの導入により、ユーザーは様々な交通サービスの予約・決済などを1つのユーザー・インタフェース(スマホアプリなど)から行える。こうして公共交通が便利になれば、利用者が増えて持続可能性が高まる(松本氏の講演資料より)
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 路線バスよりも多くの停留所が必要になるが、リクエストのない停留所には止まらないので、効率が高まる。乗客の待ち時間が減って利便性が上がるため、乗車機会の増加が見込める。高効率な運行と乗客数の増加が実現すれば、バス会社も収益が上がるので「地域交通の持続可能性を支えるサービスになりうる」(松本氏)。

 MaaSについても、みちのりHD傘下の茨城交通が、日立市で2019年冬から実証実験を行う。国土交通省の「新モビリティサービス推進事業」に選定されたもの。日立市および周辺圏域の交通サービスをデジタル的に一つのサービスに統合し、デマンド型交通を提供する。日立市や茨城大学、乗換案内アプリなどを提供するジョルダン、多くの通勤ニーズを生む地元企業の日立製作所などと連携して行う予定で、協議が進んでいる。

自治体と協力して交通網形成計画を策定

みちのりHD傘下の関東自動車が「大谷観光一日乗車券」を販売。大谷地区は巨大な地下空間や奇岩など、観光スポットを多く擁する(資料:関東自動車)
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 こうした新たなテクノロジーによる新サービスを模索する一方、みちのりHDが取り組んでいるのが、ルートやダイヤの最適化など、従来のオペレーションの見直しだ。

 例えば、常陸太田市では地域のバスサービスの統合を推し進めた。同市では従来、路線バスや無料通院バス、コミュニティバス、スクールバスが重複して運行していたが、運行日やダイヤ・本数、運賃体系がバラバラで分かりにくい状態だった。これを路線バスに統合して平日は毎日運行し、運賃は3段階制に変更した。松本氏は「当社の事業だけでなく、社会全体の生産性が高まった」と手ごたえを語る。

 栃木県・大谷地区では、観光客の路線バス利用を促進している。「大谷観光一日乗車券」と銘打って、路線バスのJR宇都宮駅―大谷(立岩)間の1日フリーパスを発売。大谷資料館の入場料と大谷寺の拝観料もセットにした券で、個別に支払う場合よりも割安の価格に設定している。券の売れ行きは3年で1.5倍まで伸長した。

 また、みちのりHDグループがサービスを展開するエリアでは、自治体と協力して、地域公共交通網形成計画を策定し、交通ネットワークの再編に取り組んでいる。全国で50を超える県や市町村と連携しており、八戸圏域の8市町村、日立市、常陸太田市との地域公共交通網形成計画・再編実施計画は国土交通大臣の認定を受けた。

 さらに今後は、オープンデータを推進したいとする。みちのりHDは現在、リアルタイムのバス位置を「Googleマップ」や「ジョルダン」といった提携サービスに開示している。松本氏は「日本ではオープンデータの取り組みが遅れている。今後は標準的な情報フォーマット(GTFS)でオープンにして、提携先に限らず、すべての事業者が自由にデータにアクセスできるようになるのが理想だ」と話した。

 松本氏は次のように抱負を述べて、講演を締めくくった。

 「これまで地道な活動やマーケティングで、移動需要を掘り起こし、収益性の改善につなげてきた。今後、新しいテクノロジーを活用した新たなモビリティサービスとの両輪で生産性を高めていけば、人材や設備に継続的に投資ができ、結果として地方の公共交通を維持でき、交流人口の増加も望めるはずだ。使命感を胸に、自治体や現場のスタッフと共に、地域交通の一翼を担っていきたい」

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/report/102300209/