人口減少時代に地方の交通ネットワークを維持していくために必要な取り組みについて、実務担当者や有識者がパネルディスカッションを行った。地域交通をテーマにしたセミナー「地域交通のイノベーション~MaaS構築のために~」(2019年10月4日、主催:時事通信社)の中で行われた議論の概要を紹介する。

パネルディスカッションの様子(写真:赤坂麻実)
[画像のクリックで拡大表示]

 パネルディスカッションの登壇者は、ボストンコンサルティンググループ シニアパートナー&マネージング・ディレクター(交通政策審議会委員)の秋池玲子氏、国土交通省総合政策局交通政策課長の蔵持京治氏、茨城交通代表取締役社長の任田正史氏、八戸市都市整備部次長兼都市政策課長の畠山智氏。福島大学経済経営学類准教授の吉田樹氏がコーディネーターを務めた。

「自治体と事業者の連携に第三者の存在が有効」

 ボストンコンサルティンググループの秋池氏は、産業再生機構の一員として、熊本県のバス事業者である九州産業交通の再生に携わった経験を持つ。同氏は当時の苦労を次のように振り返った。

ボストン市での交通改革について語る秋池氏(写真:赤坂麻実)

 「地域内での(運行本数などの)供給が過剰なために、プレーヤーみんなが赤字に陥ってしまう事態があり、供給量の調整が課題となった。先行事例を探すものの、国内には見つからず、欧州、特にドイツの事例が多かったのを覚えている。前提条件が異なったので、事例を参照しながらも、日本なりの方法を探った」。

 現在、秋池氏が在籍するボストンコンサルティンググループは、米国・ボストン市と共に地域交通改善に取り組んでいる。「ボストン市は、病院に通いやすい交通網を構築すること、中心部においてはどこからでも10分以内に鉄道駅かバス停へアクセスできることなど、地域交通のポリシーを掲げて改善を進めている。住民は関連データを提供し、その代わりにビッグデータを使った交通改善の恩恵を受ける」と事業を説明した。

 さらに「構想はそれほど斬新なものではないが、描いた構想を着実に実行に移している。この事業において、わが社は自治体とビジネスの世界をつなぐ役割を果たす。行政が民間の知恵を活用するとき、自治体と事業者が向き合うのはもちろんだが、そこに第三者の存在があることでうまくいくことがある」と見解を述べた。

バス事業者の共同経営、独禁法の適用除外へ

 国交省の蔵持氏は、事業者の協調が進みにくいのは、独占禁止法違反に問われる可能性が一因だと指摘した。

バス事業者の経営統合の推進や特例法制定について語る国交省の蔵持氏(写真:赤坂麻実)

 「地域公共交通網形成計画の策定に取り組んでいる地域を調査したところ、地域内に複数のバス事業者が営業している地域は約6割に上った。運行回数や運行系統などを調整することがユーザーの利便性と経営効率の向上につながるが、交通事業者同士のこうした協調は独占禁止法に抵触する恐れがある。運賃プール制や企業の合併・統合も同様だ」。

 そこで政府は、もはや競争が成り立たない低需要地区では、乗合バス事業者の共同経営(路線、運行間隔、運賃などの設定)が独占禁止法の適用除外となるような仕組み作りを進めている。2019年6月に成長戦略実行計画が閣議決定し、2020年の通常国会に10年間の時限措置として特例法提出を控えている。

 また、日本版MaaS(Mobility as a Service)に関しては、国交省が19地域を先行モデル事業に選定し、実証実験を助成している。蔵持氏は「選定の際、地方からの提案のほうが、内容がユニークなものが多かった」と明かし、「人口密度や自家用車の依存度など地域の背景によって、求められる機能や行政の関与度も違ってくる。地域の特性を踏まえたMaaSを推進したい」と述べた。

「日本版MaaS」の推進方針(資料:国土交通省)
[画像のクリックで拡大表示]
MaaSの先行モデル事業に選ばれた19地域(資料:国土交通省)
[画像のクリックで拡大表示]

八戸市が音頭を取って「分かりやすい」バス実現

 八戸市の畠山氏は、同市や圏域での交通再編の事例を紹介した。市が策定した公共交通再生プランなどに基づいて、事業者間の連携が飛躍的に進んだケースだ。

バス利用者を増やした取り組みを語る八戸市の畠山氏(写真:赤坂麻実)

 八戸駅と中心街を結ぶ6kmのバス区間では、2007年まで各事業者がバラバラに系統・ダイヤを設定しており、平日の運行本数は合計228便に上った。これを2008年に2事業者2系統、10分間隔のダイヤに調整。平日182便と効率的な運行が実現している。他の主だった12の路線でも、等間隔運行やパターンダイヤ運行に切り替えた。

 また、八戸中心街では、3事業者が各方面へのバス停をそれぞれ独自に設置していたのを、2010年に5カ所に再編した。名称も「八戸中心街ターミナル1番のりば」など分かりやすいナンバリングに変更した。

八戸中心街を「屋根のないターミナル」と位置づけてバス停を分かりやすく配置(八戸市・畠山氏の資料より)
[画像のクリックで拡大表示]
バス路線に番号を割り振り、行先別に色を設定した(八戸市・畠山氏の資料より)
[画像のクリックで拡大表示]

 さらに、市が3事業者分をまとめたバス路線図「バスマップはちのへ」を作成し、2009年から配布している。「現在は事業者と共同で発行している。2019年からは広域版になった。一連の取り組みで“分かりやすさ”が大きく改善され、バス利用者が増加した」(畠山氏)。

 市内だけでなく、八戸市と周辺7町村の圏域でも交通改善に取り組んでいる。圏域の路線バスの上限運賃を設定する政策を2013年に本格導入。初乗り運賃は上がったものの、最高運賃はどの路線でも大幅に下がり、最大で730円安くなる路線もあった。「効果はてきめんで、圏域の人口が減る中でバスの輸送人員は増え、運送収入も下げ止まった」という。

茨城交通、自治体とタッグでバス改革

 茨城交通の任田社長は、自治体との協働で公共交通の維持に取り組んでいる。同社は2019年5月に日立電鉄交通サービスと(旧)茨城交通が経営統合。現在は14市町村にまたがって、サービスを提供している。「少子高齢化と過疎化が進む地域で、公共交通の維持は大きな課題。それには自治体との協働と、新しいテクノロジーやサービスによる効率・利便性の向上が何より大切だ」と語り、東海村と常陸太田市の事例を紹介した。

みちのりホールディングス傘下の茨城交通の任田社長(写真:赤坂麻実)

 東海村では利用者の減少に伴い、路線バスの区間を一部廃止し、無料循環バスとデマンド型乗合タクシーを導入していたが、財政負担の増加が課題に。そこで「2015年に廃止路線の復活を含め、路線を再構築したところ、住民の外出機会を増やすことができた」(任田社長)。路線再編後2年で乗合バスの利用者数がデマンドタクシーを抜き、2018年度には再編前の2014年度に比べてタクシー、バスの利用者合計が2.5倍に。「タクシーの利用者を奪うことなく、乗客を増やせた」という。

 路線の工夫だけでなく、バスの主な乗客層にも積極的にアプローチしている。2017年には、バスの乗り方が分からなくて利用しにくいという高齢者のために、「買い物ツアー」として乗り継ぎ体験ツアーを実施した。参加者はスタッフから運賃やICカードの使い方について説明を受けながらバスを乗り継ぎ、スーパーマーケットや道の駅での買い物を楽しんだ。任田社長は「心理的ハードルを下げたかった」と狙いを語る。

高齢者のバス利用の心理的ハードルを下げる取り組みも(茨城交通・任田氏の資料より)
[画像のクリックで拡大表示]

 通学ニーズを捉えるため、新年度には学校でバスの通学定期券を販売する。「校内に出張販売のスペースをお借りする。小中高大、専門学校など合わせて50校で実施している」(任田社長)。2018年実績をみると、高校生の数は2010年比で9%減っている中、定期券収入は31%伸びている。

 常陸太田市では、2016年に高速バスを使った貨客混載事業を開始した。地域農家で朝5時前に収穫した農産物を、朝8時に「道の駅ひたちおおた」を出発するバスに載せ、その日の昼頃には東京・中野のスーパー各店で販売する。任田社長は「“朝どれ野菜”として新鮮なまま販売できるので、農家の新たな販路開拓になる。市の交流人口も増える」と効果を説明する。

マスタープランは事業者連携の上でもよりどころに

 パネルディスカッションの後半では、コーディネーターの吉田氏が、大きく二つのテーマでの議論を促した。一つは、地方の交通ネットワークの維持・確保に向けて、地域内の事業者同士の連携を進めるために必要なことは何か。もう一つは、MaaSなどの新しいテクノロジーを地方交通ネットワークにどう生かしていくべきか。

モデレーターは地域の交通政策や観光政策、都市・地域計画を研究する吉田准教授(写真:赤坂麻実)

 実際に企業統合の経験を持つ任田社長は、(旧)茨城交通の成功事例を、統合した日立電鉄のサービスに展開するなど、両社のベストプラクティスを取って事業を改善しているという。

 統合した企業で事業を円滑に進めていくには、社内の融合も重要だ。任田社長は、「人事制度や給与制度など、社員の生活に直結する部分は綿密にシミュレーションを重ねて、組合との合意に達した。ただ、それぞれの歴史の中で培われてきた企業文化の融合についてはもう少し時間をかける必要がある」と明かした。

 秋池氏は「これまで競争してきた企業が手を取り合うときには困難なこともあるはず。どんなに優れた構想であっても、実現できるかどうかは、任田社長が挙げたような、人事や給与などの社内合意や企業文化の融合などがクリアできるかどうかがにかかっている」と補足した。

 畠山氏は「事業者連携を進める中では、お互いの利害もあるので、先進事業者の事例やアドバイザーの存在が有効な場面が多い。また、公営企業体では人事異動が民間よりも頻繁なため、深まってきた議論が逆戻りすることもあった。そういう意味では、よりどころになる存在として都市交通マスタープランがとても重要だと感じた」と現場の皮膚感覚を語った。

 畠山氏の発言を受けて蔵持氏は、圏域でのマスタープランを重視する考えを示した。「各自治体でマスタープランをつくったうえで、ある程度、広域で連携を取ってもらいたいというのが、われわれの思いだ。特に、2014年の地域公共交通活性化再生法の改正以降、自治体単位というよりはエリアごとに地域公共交通についての計画を立てる方向へ軸足を移すことを促してきた。マスタープランと事業者が連携できるように、制度上もリンクさせていきたい」。

地域交通の切り札になり得る自動運転やMaaS

 新しいテクノロジーの導入に積極的な茨城交通では、自動運転の実証実験を繰り返し行っている。例えば、常陸太田市の高倉地区では、集落と幹線道路までを自動運転バスで結ぶ実験を行った。高齢化率が50%を超え、山道の上り下りが住民の負担になっているためだ。実施に際しては、高齢のボランティアによる運転を、自動運転技術と最寄り営業所から遠隔監視でサポートを行った。

ラストワンマイルに自動運転を用いた実証実験(茨城交通・任田氏の資料より)
[画像のクリックで拡大表示]

 任田社長は「監視員は1人で複数路線をモニタできるので、経済性も成り立ちそうだ。実験は白ナンバー(自家用車)だったが、緑ナンバー(一般貨物自動車運送事業許可)にして有償輸送を絡めれば持続可能性も上がる」と実装に前向きだ。ただし、「自動運転などの新しいテクノロジーを導入にはコストがかかる。量産化されればコストも下がるが、最初の導入期には国の支援があることが望ましい」と指摘した。

 バス関連の新テクノロジーでは、自動運転と並んでMaaSも注目されている。吉田氏が「国交省は19地域を先行モデル事業に選んだが、この各地域でアプリが開発されていくのだとしたら、その状況は合理的といえるのか。国としてMaaSにどう取り組んでいきたいか」と蔵持氏に問いかけた。

 問いを受けて、蔵持氏は次のように話した。「その地域だけのMaaSアプリが乱立するような状態は、われわれも望ましくないと考えている。なるべく効率化できるように働きかけていきたい。しかし、それ以前に重要なことは、地域のバスや交通機関の運行情報がデータとしてネット上に出てくることだ。2017年には、政府として、標準的なバス情報フォーマット(静的情報の「GTFS-JP」、動的情報の「GTFSリアルタイム」)を示した。これまでデータ共有に取り組んでこなかった地域の事業者にも共有を促していきたい」。

 一方、市内のバス事業に磁気カードやICカードを導入していない八戸市では、MaaSのようなワンストップの案内サービスをアナログな形で展開していた。目的地までの公共交通や観光などの案内を人力で行う「ターミナルアテンド」(2012年度~18年度にかけて実施)である。乗り継ぎ案内や目的地案内、体の不自由な人の乗り降り支援を、受託会社の契約社員が行った。「“アナログMaaS”には、人が人に伝える良さがある」(畠山氏)と、ICTだけに頼らないサービスの可能性を示唆した。

 秋池氏は、地域性に合わせたMaaS導入を考えるべきと訴えた。「八戸を私も訪ねたことがあるが、案内が適切に配置されていて分かりやすく、バスが利用しやすい(デジタルのMaaSがなくとも快適性・利便性が確保されている)。ただ、旅行商品などは発地側にも情報が届くよう、ネットへの情報掲載が望ましいのかもしれない。AI時代の地域交通は、何を機械がやり、何を人間がやるべきか、切り分けながら、段階を踏んで改革を進めていくべき」。

 続けて秋池氏は「第三者のアドバイスは重要だが、最後はその地域の人(自治体や事業者)が地域の背景や利用者ニーズに合わせて決める必要がある。マスタープランを作り、10年20年の計としてやり抜くことが重要だと考える」と総括した。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/report/110100212/