行動科学や行動経済学といった知見を活用し、がん検診の受診率向上への取り組みを自治体と連携して進めているキャンサースキャン。検診受診率の低さが課題として叫ばれているが、単に「たまたま受けていない」といった理由も少なくないという。この課題を解消するカギは、自治体からの受診勧奨の「通知の工夫」にあると同社の福吉氏は語る。(小谷 卓也=Beyond Health)
私は以前、P&Gで衣料用洗剤のマーケティングを担当していました。そもそも一般の人は「どの洗剤を選ぶか」について強く意識していません。どうやって人の関心をひき、購買行動を変えるかというテーマに取り組んでいたわけです。
そのノウハウを、検診の受診率を高めるアプローチにも生かせるのではないか。それが、13年前にキャンサースキャンを立ち上げたきっかけです。現在は、検診受診率向上のためのマーケティング機能を自治体に提供しており、約500の市町村から事業委託を受けています。
「知ること」と「行動すること」は決してイコールではない
米国に留学していた時、クラスメートにこんな質問をされました。「日本ではがん検診を受ける人が何で少ないんだ」と。
「受ける時間がないから」「費用がかかり経済的にも負担になるから」「がんと分かるのが怖いから」など、さまざまな理由があると思います。そんな中、2007年に内閣府が実施したがん対策の世論調査(3年に1回実施)で、「たまたま受けていない」という回答がトップだったのです。
たまたま受けていないという理由は、ちょっと漠然としていると感じるものの、あながち間違っていない。むしろこれが人の本当の心理かとも思います。受けたくないわけではなく、たまたま受けていないだけ。こうした人たちにがん検診を受けてもらうことが大切です。
ではどうすれば良いか。例えば、政府や自治体はピンクリボンキャンペーンを実施しています。これにより、マンモグラフィの有用性を認識する人は2005年の55%から2007年に70%に上昇しました。一方で、別の調査によると同じ期間での乳がん検診の受診率は19.8%から20.3%へとわずかに増えただけ。「知ること」と「行動すること」は決してイコールではないのです。
つまり、重要なのは、知らせることだけでなく、どうやって行動につなげてもらうかという点です。行動科学には、人の行動がなぜ起きるか・起きないかを説明する興味深い理論・モデルがあります。行動が変わるメカニズムは、「意識の向上」と「障害の除去」に加え、「きっかけの提供」が大事であるというものです。
理解してもらうことで意識の向上を図り、費用負担や予約のしにくさなどの障害を除去するのはもちろん大切です。これらの対応に加えて、きっかけを提供することが重要になるというわけです。
米国疾病対策センター(CDC)は、がん検診の受診率増加の効果を検証した研究において、マスメディアを利用した受診率向上のキャンペーンを行うだけでは、乳がん・子宮頸がん・大腸がんのいずれも受診率増加につながる根拠は不十分と指摘しています。それに対して、おしなべて効果が高いと指摘したのは、個人にあてた手紙による受診勧奨・再勧奨(コール・リコール)でした。
私はこの研究データを持って自治体を回り、受診勧奨を行うよう促していったのですが、「既にやっている」との一点張り。しかし、住民にあてた書面をよくよく見ていくと、情報を網羅しようと複雑になったり解読も難しかったりという課題が確認できました。
そこで、自治体からの受診勧奨の方法を変える試みを実施しました。東京都のある区役所が行っている受診勧奨において、胃がん検診の受診を促すメッセージの内容を絞り込み、見やすくしたのです。すると、受診率は2.5倍に。たったこれだけの工夫で、行動が変わるということが分かったのです。