1927年、東洋初の地下鉄として上野駅—浅草駅間で開業した東京メトロ銀座線は、2017年12月に90周年を迎える。現在、車両や駅などの全面リニューアルが進行中だ。このプロジェクトを通じて、東京メトロの企業経営、そして、東京を支える重要な公共交通インフラである地下鉄のこれからを読み解く。

野焼 計史 氏 東京地下鉄株式会社 常務取締役 鉄道本部長

野焼 計史

東京地下鉄 常務取締役 鉄道本部長

(写真=大槻純一)

 浅草駅から渋谷駅までの19駅を結ぶ地下鉄・銀座線で、車両や駅などを全面更新するリニューアル計画が進んでいる。そのポイントは、車両・駅・運行状況などの情報伝達やサービスのあり方を、統一的なコンセプトに基づいてデザインしていること。従来は車両を担当する車両部、駅を担う工務部といった各部門が、設備の老朽化など個別の事情に基づいて実行していた。鉄道会社が既存路線に対して、統一的なリニューアルを実施するケースは国内では珍しい。

顧客目線で路線の価値向上を図る

 統一性を重視した理由は、「お客様目線に立ち、銀座線の路線全体の価値向上を図るため」と、東京地下鉄(東京メトロ)の野焼計史・常務取締役鉄道本部長は語る。 「まちの地下1階」と親しまれてきた銀座線の価値をさらに高めるべく、東京メトロは「望ましいユーザー経験」(野焼氏)というキーワードに着目した。地上入り口から駅構内に下りる、改札を通ってホームに入る、車両がホームに入ってくるのを見る、車両に乗る、駅に到着する、ホームに降りる、改札を抜ける、そして地上に出て目的地へ──。

 この一連の移動経験が「銀座線だからこそ得られる特別なもの」と認識されるように、統一的なコンセプトに基づいて各要素をデザインする。それにより、「鉄道事業の基本である安全だけにとどまらず、新しい価値を提供する」(野焼氏)ことを考えた。

 そのうえで、「伝統×先端の融合」を銀座線のリニューアルコンセプトに設定した。90年前から存在する銀座線には、「都市遺産」ともいうべき歴史的な価値がある一方で、構内が狭いといった弱みもある。弱点を補いながら先端技術を取り込み、顧客に対する価値向上を狙う。これをリニューアルコンセプトの枠組みとした。

外装の前灯を通常車両は2灯のところを1灯式とし、内装は木目調を基調に手すりや握り棒は真ちゅう色に変更するなど、旧1000形のイメージに近づけた。

銀座線の旧1000形(ページ上部)と新型1000系「特別仕様車両」。外装の前灯を通常車両は2灯のところを1灯式とし、内装(上)は木目調を基調に手すりや握り棒は真ちゅう色に変更するなど、旧1000形のイメージに近づけた。一方、乗り心地は最先端だ。新型1000系には、急カーブ通過時に車軸が動く「操舵台車」(下)を導入し、騒音・振動を低減させた。

急カーブ通過時に車軸が動く「操舵台車」を導入し、騒音・振動を低減させた。

デザインで事業や組織に変革

 施策がコンセプトに基づいて統一的に推進されるよう、東京メトロが設置したのが「銀座線リニューアルトータルマネジメント委員会」だ。委員会は各部門の上位に置かれ、役員がトップに就任。「“点”として存在していた要素を“線”として整備する」ための要となる横断的な組織だ。

 リニューアル計画に外部アドバイザーとして関わった紺野登・多摩大学大学院教授は、東京メトロによる一連の取り組みと成果を踏まえ、「デザイン経営の好例」と評価する。

 リニューアルの目玉の一つは、路線の顔である車両の更新だ。90年前の銀座線開業時に使われた旧1000形のデザインとカラーをイメージさせる新型車両「1000系」を2012年4月に導入。さらに17年1月からは「特別仕様車両」の運行を開始した。全40編成のうち、わずか2編成しかないこの車両には、「伝統×先端の融合」が色濃く反映されている。より旧1000形のイメージに近づけ、外装・内装ともにレトロ調だ。

 照明は電灯色に変えられるLEDを採用し、木目調の内装を施した上で手すりや握り棒は真ちゅう色に変更。吊り手は旧1000形で使われていた「リコ式」の形状に似せた。さらに、室内側面に旧1000形と同じく予備灯を追加した。イベント時には、ポイント通過時に天井灯を消し予備灯を点灯させるようにして、乗客が開業当時の雰囲気を体感できる演出を施す。

 新型車両「1000系」では、「操舵台車」の採用も見逃せない。急カーブのレールに沿って台車の後ろの車軸が動く構造を採用し、車輪とレールが擦れ合うときに生じる音と振動を低減。カーブが多い地下鉄の快適性を高めている。

紺野 登 氏 多摩大学大学院教授(銀座線リニューアルトータルマネジメント委員会 外部委員)

紺野 登

多摩大学大学院教授
(銀座線リニューアルトータルマネジメント委員会 外部委員)

(写真=大槻純一)

銀座線のリニューアル計画は「デザイン経営」の好例だ

 東京メトロの銀座線リニューアル計画は、企業経営にデザインを組み込んだ「デザイン経営」の好例といえる。

 まず社内が活性化されたことが大きい。部門横断的なワークショップを開催し、お客様や沿線、社内の調査を行いつつ議論を重ねた。その過程を通じて、新しい取り組みが発案された。溜池山王駅などの「エキナカワークスペース」や、銀座駅の「クロークサービス」といった実証実験はその代表例だ。

 5回にわたる駅デザインコンペも特徴的なものだった。応募作品の審査過程では社員も事前投票に加わり、社員の参画意識が高まって計画の推進力が上がった。また回を重ねるごとに、審査員として加わった役員のデザインリテラシーも高まっていった。

 銀座線のファンやユーザー層の存在も見逃せない。コンペでは実に面白い経験ができそうな作品が多数集まり、作品の質向上に寄与したと思われる。彼らの存在はメトロ社員の心の支えになったはずだ。

 東京メトロは、洗練されたデザイン経営が可能なレベルに到達したと思う。これを持続させていくことが今後の課題だろう。