第5回となる今回は、国内におけるバーチャル分散型臨床試験と層別化医療の社会実装に向けて先端を走る慶應義塾大学の藤岡氏を交えた鼎談を紹介したい。アンメットメディカルニーズの強い難聴領域において、バイオテック、メドテック、そしてヘルステックの三位一体が現出している。必要は発明の母。その道程は、臨床現場で対峙する難聴との闘い、治療法の探索に向けた疾患の本質的理解から始まるものだった。

【鼎談参加者】
・慶應義塾大学 医学部 耳鼻咽喉科学教室 専任講師 藤岡正人氏
・デロイト トーマツ コンサルティング ライフサイエンス&ヘルスケア マネージャー 松原大佑氏
・デロイト トーマツ コンサルティング ライフサイエンス&ヘルスケア 執行役員 増井慶太(筆者)

鼎談の様子。左上が慶應義塾大学の藤岡氏。左下がデロイト トーマツ コンサルティングの松原氏。右が筆者

難聴という社会課題

松原 日本を筆頭に、先進国では高齢化が進んでおり、耳のヘルスケアというのは、今後ますます重要になってくると推察します。難聴とはどのような疾患で、患者さんはどのような課題やニーズを抱えておられるのでしょうか。

藤岡 補聴器が必要になる中等度以上の難聴の患者さんは、世界全体で5億人弱、軽度難聴の方を合わせると30億人と言われています。高齢化もそうですが、ヘッドフォンやイヤフォンのコモディティ化により若いうちから大量の音を浴びることも要因と言われており、患者数は増加の一途を辿っています。国内では、補聴器が必要な患者さんが、2025年には1000万人を超えるという予測もあります。

図1●難聴の患者数、経済的コスト

 聴こえづらさというのは「見えない障害」そのもので、日常生活に大きな支障をきたすのに、周りからは困っていることに気づかれにくいという特徴があります。決して高齢者だけが罹るものではありませんが、多くの人は、自分が齢をとって初めて症状を理解するわけです。患者さんは社会から取り残されがちで、高度難聴の方は自殺率が高いという統計もあります。あまり世間の話題には上りませんが、企業などに勤めておられる患者さんでは離職の問題があり、部署を配置換えされた末に、辞めてしまわれるケースも散見されます。

 最近では、うつや認知症の発症リスク因子とされており、米国のデータによると、これらの誘発される疾患も合わせた難聴による経済的損失は、年間7500億米ドルにも上るとされています。患者数が多いうえに増加傾向であり、社会経済的なインパクトも非常に大きいという領域です。

図2●難聴が引き起こす様々な問題

 これだけインパクトの大きい領域でありながら、治療開発の難しさもあり、残念ながら内耳性の感音難聴に対する良い薬はまだありません。しかしながら、2014~2015年頃になって、ようやくこの領域にも創薬の波が打ち寄せ始め、海外バイオベンチャーが先陣を切り、大手製薬企業も続いているという状況です。