言葉を交わさずに意思疎通を行う「テレパシー」。その存在を信じるだろうか?

 私は否定的である。どこか疑似科学的な響きがあるからだ。しかし、その意味や外延を拡げるならば、我々はテレパシーを既に現出しているのかもしれない。

 今回は、幾つかの状況事例をはさみながら、ヘルスケアの領域における「実践的な」テレパシーの在り方を考えてみたい。

「神秘的ではない」テレパシーが存在する

 世の中には、共感覚(シナスタジア)と呼ばれる特殊な知覚能を有する人々が居ることが知られている。これらの人々は、特定の知覚刺激(インプット)に対して、通常の知覚反応のみならず、異なる種類の感覚(アウトプット)を得る。例えば、特定の「文字」を視ると「甘く」感じたり、特定の「音」を聴くと「青く」感じたりする(図1)。

図1●共感覚
自他の壁を越えて、複数種の感覚を共体験する現象が観測されている(出所:DOI:10.1016/j.cortex.2019.02.025, DOI:10.1089/trgh.2018.0010, doi.org/10.1146/annurev-psych-113011-143840, doi.org/10.1016/j.jneumeth.2006.07.012などを基に筆者が作成)

 一説では、共感覚の保有者は総人口の1%程度に分布していると考えられている。そのなかで、「ミラータッチ共感覚」と呼ばれるサブタイプが存在する。他者間の物理的接触を自分のものとして感じることのできるタイプの感覚保有者だ。たとえば、他者Xが他者Yに触れると、自己Zが「触れられた」感覚を得る、という現象を示す。さらには、目線での他者同士の交わりに対しても、触覚を得られるケースも報告されている。

 共感覚という概念が発見されてから200年程度が経っており、自閉症などの疾病、トランスジェンダー、使用する言語体系、小児における言語能力の醸成プロセスなどとの相関などが示唆されているが、その形成メカニズムは依然として不明瞭なところが多い。一方、物理的にかけ離れた他者とのコミュニケーションが現象として現に成立しているという意味において、「神秘的ではない」テレパシーが存在する傍証であると言える。

ヘルスケア領域で進む、クロスリアリティ

 共感覚のように、遠隔でのコミュニケーションを行う「狭義のテレパシー」機能がヒトにはビルトインされているのかもしれない。しかし、こうしたクオリア(感覚質)の議論に立ち入らずとも、「広義のテレパシー」は現在進行形で社会実装されていると視ることができる。

 拡張現実(AR;Augmented Reality)・仮想現実(VR;Virtual Reality)・複合現実(MR;Mixed Reality)・代替現実(SR;Substitutional Reality)。それぞれの概念分割が困難であり、現在では総称してクロスリアリティ(xR;Cross Reality)と呼ぶことも多い。現実世界を別の手段で表象する技術手段の進化が著しく、技術立脚型の企業やアカデミアによって、ヘルスケアの領域においてもその利活用に向けた実証研究や開発が進められている(図2)。

図2●クロスリアリティ
ハードウエアや各種技術を組み合わせて、多様な「クロスリアリティ」を創出するプレーヤーが登場(出所:DOI:10.3109/17518423.2012.740508、DOI:10.3109/17518423.2012.713401、 Crunchbase Inc.、各社ウェブサイト、各種二次情報を基に筆者が作成)

 単体のアルゴリズムやソフトウエアの展開のみならず、ヘッドマウントディスプレイ(HMD;Head Mounted Display)などのハードウエアを絡めたクロスリアリティの社会実装が進む。

 例えば、CYBERDYNEは2018年、「Cyin福祉用」の販売を開始している。人が動作意思を発揮した際に脳から筋肉へ送られる微弱な生体電位信号をインプットとして読み取り外部デバイスへアウトプットすることで、発話や身体動作が困難な難病患者の方々のコミュニケーションや活動を支援するデバイスだ。

 当該デバイスは、神経・筋難病疾患に対する医療機器として承認されている「HAL」の技術基盤に立脚している。具体的には、研究開発を通じて得られた生体電位信号に関するセンシングやデータ解析アルゴリズムのノウハウに基づいた製品となっている。

昨今議論が勃興する“遠隔技術群”も同等の便益をもたらす

 ロボティクスを絡めたクロスリアリティの社会実装も進展中だ。スタートアップ企業のオリィ研究所は、対孤独用分身コミュニケーションロボット「OriHime」のシリーズを開発している。2018年11月26日から12月7日までの期間限定でオープンした「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」では、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者や脊椎損傷者などの重度障害者10人を店員(「パイロット」)として採用、自宅から分身ロボットを用いたテレワークによる接客を実施した。

「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」を実施した(出所:オリィ研究所)

 同社の製品では、インターネット経由でパソコンやスマートフォンから分身ロボットの操作をすることで、病気や障害を越えた「リアルな」意思疎通が可能となっている。テクノロジーのチカラで、移動、対話、社会参画を実現することができる。難病患者をはじめとして、不登校児、通訳者、見守り、在宅勤務者など、対象となるユーザーの射程は幅広い。

 さらに同社は、福祉クリエイターの澤田智洋氏とコラボレーションをして、「ボディシェアリング」用の忍者型ロボット「NIN_NIN」を開発している。肩に載るほどの小型なロボットと遠隔ネットワークを通じて、視覚障害者の人は歩行障害者の人の視覚的支援を受ける。一方の歩行障害者の人も視覚障害者の人の歩行的支援を受けて、ともに街並みを満喫することができる。

 「tele」は「遠隔」、「pathos」は「感覚与件や内省」を意味する。これら二つの言葉の組み合わせから創られた造語がテレパシーであった。現代におけるテレパシーの実践的意味合いは、「かけ離れた人と人の間の結び付きを強化すること」にある。その意味で、昨今議論が勃興するTelemedicine(遠隔医療)・Telepharmacy(遠隔薬局)・Teletherapy(遠隔セラピー)も社会にとって同等の便益をもたらすものと捉えることができる。

 IoT利活用の目的は人々の間の関係性を強化することにあって、それらを希薄化させることが眼目ではない。そうした視点に立つと、こうした「遠隔」技術群に対する国内の当局や臨床現場の現在の受容の態度には、いささか遅緩な印象を受ける。

(タイトル部のImage:yoshitaka -stock.adobe.com)