2020年、東京にてオリンピックが開催される。同時に開催されるのがパラリンピックだ。

 パラリンピック(英語: Paralympic Games)は、国際パラリンピック委員会(International Paralympic Committee、略称:IPC)が主催する、身体障害者を対象とした世界最高峰の障害者スポーツの総合競技大会であり、オリンピックと同じ年に同じ場所で開催される。

パラリンピックの熱気

 年々パラリンピックの参加国は増加しており、盛り上がりを見せている。関心の高まりの背景の一つにあるのが、白熱する記録の進化だ。

 2016年リオ大会の走り幅跳びにおいて、ドイツのマルクス・レーム選手は8m40cmの記録を叩きだした。これは同年のオリンピック参加者である米国のジェフ・ヘンダーソンの記録を2cm上回るものであった。なお、マルクス・レーム選手は、2018年のヨーロッパ選手権においては8m48cmと自身の記録を10 cm伸ばしている。

 マルクス・レーム選手を始めとしたパラリンピック参加者の記録更新の背景には、参加者や周囲の支援者の努力や献身に加えて、義足をはじめとした補助器具やデバイスの技術進化が挙げられる。1980年代のカーボン繊維製の競技用義足の登場は、義足の能力向上の大きな変曲点となった。

 現在パラリンピックで用いられている義足は、かかと部分がカットされていたり、カーブを描いていたり、記録値の向上を目標として大幅な進化を遂げている。パラリンピックにおいて、「福祉」的側面から「競技」的側面への移行が指摘されている所以である。

スポーツを越えて

 さらには、デバイスや技術進展に焦点を当てた競技大会も誕生している。スイス発祥のサイバスロン(CYBATHLON)は、身体に障害を持つ人々が互いに競い合い、最先端の技術支援システムを使用して日常のタスクを完了するユニークな競技大会である。チューリッヒ工科大学においてセンソリモーターシステムを研究するRobert Riener教授は、日常支援システムを開発するためのプラットフォームとなるような場として2013年にサイバスロンを開始した。

 サイバスロンでは、従来型の競技やスポーツの固定観念を越えるような競技種目が現在6種類設定されている(図表1)。

図表1●スポーツの進化
図表1●スポーツの進化
脳科学やバイオ工学の進化に対応した、従来型の競技やスポーツの固定観念を越えた新しい競技体が誕生している(出所:Eidgenössische Technische Hochschule Zürichを基に筆者作成)
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 例えば、Brain-Computer Interface (BCI) Raceにおいては、BCIを装着した競技者が、ゲーム内のアバターを通じて競技を行う。脊髄損傷、脳卒中、神経疾患やトラウマによって四肢の麻痺を有する競技者が参加資格を有する。参加者は、脳波(EEG)や近赤外線分光法(NIRS)を利用してBCIにより自身の脳のシグナルを読み取る。

 2020年のCYBATHLONにおいてはスクリーン越しの自らのアバターを通じて、4人の「走者」が4分以内の順位を競う。当該レースは、BCI技術の精度と安全性を検証する側面もあり、将来的にはアバターだけでなく、BCIによる車椅子の精緻な動作制御を実現することも目的としている。

 Powered Exoskeleton Raceは、脊髄損傷により脚部が完全麻痺している競技者が参加資格を有するレースだ。現在、Powered exoskeletonは、アクチュエーターや人工筋肉などの動力を用いた外骨格型の装置として、理学療法やリハビリテーションにおいて主に用いられている。

 BCI Raceと同様、4人の競技者が日常生活において想定される6つのタスクの達成度合いと達成時間を競う。当該レースは、車椅子に追加した活動補助器具としてのPowered exoskeletonの技術進化を目的としているものだ。

 パラリンピックと比較すると、競技の「記録値」ではなく、「日常生活の支援」に力点が置かれている点、またその課題を解決するための技術の研究開発と実装支援の場となっている点が特徴的だ。

人工筋肉などのアクチュエーター、無線通信、生体電位の測定技術向上がカギ

 これらの大会からは、スポーツ、さらには日常生活の在り方が科学技術の進化と密接にひもづいている点を看取できる。上述のPowered Exoskeletonを例にとると、グローバルにおいて2017年時点で1億2500万6000米ドルの市場規模、2025年には18億9600万8000米ドル程度に成長すると推計されている(図表2)。

図表2●人体拡張に関する市場性
図表2●人体拡張に関する市場性
産業界のニーズと技術革新が合致することで、エクソスケルトン(パワードスーツ)の大幅な市場拡大が見込まれている(出所:Allied Market Researchを基に筆者作成)
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 市場拡大を牽引すると考えられているのは、医療機器領域におけるニューカマーや異業種のプレーヤーの参入だ。人工筋肉などのアクチュエーター、無線通信、生体電位の測定技術向上がカギとなっている。

 バイオエレクトロニクス、バイオマテリアル、インプラント・ウエアラブルデバイスの発達と人体との融合は、「ボディハッキング」の現出をもたらす。SFのような響きだが、北欧ではカラダとデバイスの融合を通じた人体拡張が現在進行形で進む。

 スウェーデン出自のBiohax International社はNFC(近距離無線通信)対応に対応する米粒大のバイオチップを展開する。バイオチップの挿入は既にペットなどに対して行われており、ヒトに対しても親指と人差し指の間に数秒で挿入することが可能な確立した技術である。

 同社のバイオチップを用いることで、鉄道の乗車券や入退室管理、ラップトップの認証などをセキュアかつ高速に行うことができる。2018年、同社は金融関連の企業など、英国における複数の潜在クライアントの従業員向けにバイオチップを導入する計画があることを発表した(図表3)。

図表3●バイオチップの普及
図表3●バイオチップの普及
RFIDを用いたマイクロバイオチップを体内に埋め込み、日常生活の利便性を向上させる営みが欧州にて先行している(出所:Biohax International、各種二次情報文献を基に筆者作成)
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社会としての受容の態度についての論議を

 3Dプリンティング技術の発展と浸透によってもたらされた電子タトゥー(e-tattoo)も、人体拡張の賜物として位置づけられるだろう。東京大学の染谷隆夫教授は、スキンエレクトロニクスの技術を研究開発している。人の皮膚に貼ることができるほどの薄くやわらかいプラスチックフィルム内に半導体を搭載することのできるPrinted Circuit Fabric(PCF)を開発した。バイタルデータをリアルタイムでセンシングすることが可能となっており、心疾患や神経変性疾患の早期検出などへの医療への応用が想定されている。

 また、染谷教授の研究室からスピンオフした東大発のベンチャー、Xenoma(ゼノマ)社はAOKIと「スマートスーツ」を共同開発しており、会社員の疲労度などのビックデータの利活用を狙うなど、多様なアプリケーションの創出を企図する。

 こうした最先端の技術群は疾病や障害に対峙する医療、介護、健康増進の領域において普及が進むものと考えられる。そしてその先には、寿命100年の時代において、五感や運動機能の限界を突破することを人々は求め始めるだろう。

 既にヒトとキカイ(モノ)の境目はなくなりつつある。先のBiohax International社のアナウンス後、従業員の活動のマイクロマネジメント、プライバシーの保護、データセキュリティー面での懸念が提示されている。ヒトが自身の能力の限界を超越するとき、社会としての受容の態度について論議を尽くす必要性がありそうだ。

(タイトル部のImage:yoshitaka -stock.adobe.com)