北欧諸国の一国である「デンマーク」。日本では「人魚姫」に代表されるアンデルセン童話や高い幸福度のイメージが強いかもしれない。自治領であるグリーンランドを除くと面積は九州程度で、そこに約580万人が暮らす欧州の小国である。

 想像しにくいかもしれないが、実は、このデンマークで先進的に取り組まれているのが、デジタルヘルスを含む社会のデジタル化である。その国際的な位置付けを見てみると、毎年EUが発表している社会経済におけるデジタル化ランキング(DESI)では、過去4年間連続でデンマークが加盟国の中で1位を獲得し続けている。昨夏に国連が発表した電子政府ランキングでもデンマークは世界第1位に輝いた。

 このように高い評価を得ているデンマーク社会のデジタル化とは、一体どのように進んでいるのだろうか。第1回となる本稿では、デンマークにおけるヘルスケアイノベーションの取り組みをより深く理解するための序章として、デジタルヘルスの動向を含む社会のデジタル化について紹介したい。

そもそも、デジタル化の背景とは?

 デンマークでデジタル化が促進される背景には、効率性・持続性の高い社会基盤を整え、豊かな暮らしを維持するという理念上の大きな目的がある。ただし、実務的課題として、日本同様に高齢化による労働力減少への懸念が実は大きい。

 潜在的な労働力を考えるうえで、端的に言うと日本とデンマークの違いは女性および外国人の労働力にある。北欧諸国では「男女平等」が比較的高い水準で達成されていることがよく知られるように、女性の社会進出は1970、80年代に大幅に進み、現在の女性の就業率は男性とほぼ変わらない。「女性の活躍」はすでに高レベルで実践されているのだ。

 また、デンマークでは日本に比べ移民の占める割合が高い。過去には移民の受け入れに対し比較的寛容な政策がとられていた時期があるが、現在国内では他の西欧諸国同様に移民増加に伴う社会問題が非常に熱く議論されている。その結果、EU諸国外からの移民受け入れは以前より厳格になっている。したがって、労働力を移民に頼るという方向の政策展開へ再び舵を切ることは、現段階では考えにくい。

 このような背景のもと、デンマーク政府は労働力不足を補う手段としてICTを活用したソリューションに非常に積極的であり、さまざまな施策を実行に移してきたのである。

デジタル化の鍵は「CPRナンバー」

 デンマークのデジタル化の鍵となるのが個人番号、すなわち日本でいうところの「マイナンバー」である。導入されたのは今から51年前、1968年にさかのぼる。

 デンマークでは「CPRナンバー」と呼ばれ、10桁の番号から成る。最初の6桁は生年月日が日・月・年の順に並び、最後の4桁が個人に付与された番号だ。その番号が偶数か奇数かで性別が分かるようになっている。国籍にかかわらず滞在許可を取得してデンマークに居住している人なら誰でも付与される。筆者も5年間のデンマーク在住中には非常にお世話になった番号だ。

 このCPRナンバーは51年の歴史があるとはいえ、それを実際に活用しデジタル化が急速に進んだのは特に2000年代以降のことである。例えば、2007年には「borger.dk」と呼ばれる市民ポータルサイトが整備され、行政サービスの申請手続きなどは、役所に出向かずとも自宅からパソコンで行うことができるようになった。引っ越しの際の転出や転入の届出が自宅にいながら数分で済んでしまうのだ。

行政サービス用ポータルサイトの個人ページ(筆者のデンマーク市民ポータル個人ページに説明を付記)

 2014年11月からは、一部の特別なケースを除き、行政と市民はオンライン上の電子私書箱を通じてやり取りを行うことが義務付けられている。日本では例えば年金に関する通知などが郵送で来ることがあるが、デンマークでは、そういった文書は全てe-mailのような形態で個人に送られるのだ。

紙の処方箋は存在しない

 ヘルスケアサービスでは、カルテの情報がCPRナンバーにひもづいて管理されており、医師や薬剤師が病院・診療所・薬局などから電子上ですぐに患者の診療や服薬の履歴にアクセスできるようになっている。日本のように通院時に紙の処方箋を医院で手渡されることはなく、薬局でCPRナンバーを伝えると薬剤師がすぐにこのオンライン上の情報を参照し、処方されている薬を用意してくれる。

 医療従事者だけでなく患者や一般市民も自身の医療情報にアクセスすることができる。それを可能にしているのが2003年にその基礎が築かれた医療ポータル「sundhed.dk」の普及である。

 デンマークでCPRナンバーを持つ者であれば誰でも、sundhed.dkにアクセスすれば通院歴やカルテ、処方された薬などの情報を自分で確認できる。この医療ポータルは、前述の行政サービスの申請に利用する市民ポータルと同じサイトからアクセスできるようになっており、利用者である市民にとって非常に便利な仕組みである。

 このように、デンマークでは、ヘルスケア領域を含めさまざまな分野でデジタル化が進んでおり、ユーザーにとってサービスの利便性は非常に高い。次回以降では、デンマークにおけるデジタルヘルスの取り組みをより詳しく解説していく。

(タイトル部のImage:著者が撮影)