前回は、デンマークで全国展開されることとなった慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者のための遠隔リハビリプロジェクトを紹介した(関連記事)。今回は、このプロジェクトが全国展開に至るまでの過程で起きたマルチステークホルダーによる協働の苦労や課題、それへの対応方法から得られる示唆に焦点をあてていこう。

本当に課題とされていることは一体何なのか

 このCOPDプロジェクトは元々、デンマーク国立オールボー大学の研究チームの発案で立ち上がった。研究プロジェクトから始まり、いかにして全国での実践につながっていったのか。その道のりは決して平坦なものではない。

 デンマークで慢性疾患に対し治療やリハビリに遠隔医療の技術を用いるという考えそのものが芽生え始めたのは2000年代の中頃である。COPDの実証実験が始まったのは2008年であるが、その準備期間であるちょうどこの頃、まだ懐疑的な態度もみられた。

 発案した研究チームが遠隔医療技術を本格的に用いるということ自体に広く正当性を認めてもらい、いかに関係者を巻き込んでいけるのかが重要なカギを握っていた。メディアが好意的に報道した後押しもあり、新しいマーケットの可能性、患者やヘルスケア専門職にとってのメリット、効率化の可能性などが認識され、異なるステークホルダーの関心を集めるようになっていったという。

 プロジェクト進行の全体的なデザインとしてトップダウン型ではなく利用者主導(User driven)のアプローチをとり、患者はもちろんのこと、病院、かかりつけ医、行政、研究機関、企業など主要なステークホルダーが話し合うワークショップの場を持ち、課題を対等に議論するところから始まっている。このプロジェクトを先導していたオールボー大学教授のディーネセン(Dinesen)氏によれば、ワークショップを複数回開催し、プロジェクトの目的をはじめとした基本的な部分が何度も話し合われた。

ワークショップの様子(出所:ディーネセン(Dinesen)氏の資料より)

 実際に活用できるものを作るために、この初期段階での異なるステークホルダーによる時間をかけた議論は非常に重要な役割を果たしている。この時期には特に病院側と自治体側の緊張関係が目立った。彼らがそれぞれに持つ自分たちの「専門性」に基づく異なるマインドセットにより、このプロジェクトを通して何を実現したいのかといったビジョンが各々に違っており、その相違が複雑な権力関係と共に表出してしまったのである。

 立場と見ている先の違いによる緊張関係は、後述するように繰り返し起こるが、研究チームはこのような緊張関係がプラスに働いた側面もあったと振り返っている。対立も含めてフランクに意見を交わし議論を重ねることにより関係者それぞれの思惑や各々にとってのメリットが何であるのかということが参加者にとってより明確になったという面が関係者によって認識されたからである。そして、その一つひとつをプロジェクトに含めるにはどうしたらよいかという議論へと発展したことで、参加するそれぞれが納得できる形が少しずつつくられていった。

小規模からの「アップスケーリング」

 デンマークの公的セクターでIT活用を進める際のマネジメントに関する様々な研究を行っている国立オールボー大学のニールセン(Nielsen)教授は、デンマークでヘルスケア領域にテクノロジーを活用するための様々な実証実験が立ち上がっており、国際的にもデンマークでこういった取り組みが多くあるという認識が広がりつつあるとする。その一方で、実態としてほとんどのプロジェクトは小規模で始まり、そのままスケールアップすることはなく消失していく現状があることも指摘している。

 小規模では興味深い結果が出ても、その後に複数のアクターによる長期的な協働を持続することは難しい。加えて資金繰りの面で規模を拡大するというフェーズへ進めないプロジェクトが数多くある。

 COPDプロジェクトに関しては、初めに期待されていた経済効果のすべては達成できなかったが、重症患者の再入院の減少など一定の効果を挙げ、より規模の大きいプロジェクトへアップスケールすることが検討された。大規模プロジェクトを実施するに至ることができたのはどのような要因によるものなのか。その移行過程で何が重要であったのかを分析したニールセン(Nielsen)教授ら研究グループの成果1)を基に、ここでは以下の3つのポイントを指摘したい。

(1)プロジェクトの進行に伴うリーダーシップを発揮する部門の移行

 小規模実証実験は大学の研究者によりリードされていたが、プロジェクトの拡大の検討とともに、医療のオペレーターである行政側のマネジメント層によるリーダーシップへと徐々に移行した。小規模実証実験から大規模なプロジェクトへスケールアップに至ったとき、発案した大学の研究プロジェクトチームはほぼ実質的にその担ってきた役割を終えている。

 大学の参加やプロジェクトに対する実権が薄まったことにより、「ラボで行われる実験的イノベーション」として捉えられていた活動は次第に、「人々の生活に有用なヘルスケアのサービス」を共創しているという認識へと変化していったことが、プロジェクトを継続していくうえで非常に重要であった。その渦中にいるとなかなか難しいことであるが、プロジェクトを主に率いている部門や組織はこの段階で誰であるべきなのか(もしくは、そもそもリーダーが必要な段階なのかも含めて)を、その段階で重要なリソースや資質に照らし合わせて柔軟に変えていくことの必要性を自覚し、また行動することが必要になってくる。

 このようなリーダーシップの移行は、もちろん簡単に起こったわけではなく、水面下で様々な交渉を経て、次第に実現されていった。

(2)医療と行政の対立と利害調整

 初期段階で医療側と行政側で意見が割れ緊張関係が生まれる場面があったと言及したが、プロジェクト進行中にこの対立は度々起こっている。前者は遠隔医療を「治療ツール」と見る一方で、行政側は「リハビリ」にフォーカスしすぎており、双方の利害がなかなか一致しなかった。

 加えて、急性期病院の医療関係者に比べ、かかりつけ医の協力を得ることに難航した。再入院を防ぐなど、急性期病院にとっては目標が分かりやすい一方で、かかりつけ医にとってはプロジェクトが自分たちの立場に何をもたらすのか今ひとつ見えにくかったことによる。

 その際に有効であったのは柔軟なビジョンを改めて作り直し、参加者それぞれが達成可能なプランを実行することである。この点は文字にすると容易に行われたようにも見えてしまうが、実際には簡単ではない。このプロジェクトは誰のために何を実現しようとしているのかという大きな目的が共有されていないと、この過程で簡単にプロジェクトは頓挫してしまう可能性も大いにある。

(3)専門職間での信頼関係の揺らぎと再構築

 最後に、研究の要素が強かった当初のプロジェクトからサービスとして実践することを強く念頭に置いたものへ移行するにあたり、現場で医療に従事する専門職の協力も必要不可欠となってくる。テクノロジーという新たなツールの登場により、タスクの分割と共有の仕方や、職員間でのお互いの能力に対する信頼関係が揺らぐなどの問題が出てきた。

 現場でのこういった緊張関係を解消するには、やはりビジョンや目的といった理論的な思考に実践をつなぎ、行為の意味を一人ひとりが納得しながら進めていく必要がある。つまり、どのステークホルダーにとっても何度も大目的を確認し、自らの役割がそのための何に貢献しているのかの意味づけがしっかりしていることが非常に重要だということである。

 COPDのプロジェクトを追っていくと、デンマークの遠隔医療実践にも紆余曲折があり、簡単には進んでこなかったことが分かる。アップスケーリングを進めるには、まず、それが単にプロジェクトの範囲や規模を拡大するだけではないことを認識する必要がある。

 求められるのは、規模を大きくしていくための正当性をしっかりと築くこと、そして組織連携におけるダイナミクスを調整することや新しいツールを使用しての協働を進めるにあたって求められる信頼関係構築を含めたマネジメントの性質の転換である。これはデンマークに限らず、日本を含めた様々な取り組みに有効な視点を与えている。



1) 研究チームが成果を学会で発表した論文は以下のとおり。
Christensen, J. K. B., Nielsen, J. A., Gustafsson, J., & Seemann, J. (2016). Scaling up Telemedicine: Political Behavior in Innovation, Translation and Theorization. Paper presented at Academy of Management, Los Angeles, 2016.

(タイトル部のImage:著者が撮影)