冬場はヒートショックの危険も

 脱衣所と廊下との境には扉がありました。この扉を開けっ放しにして、介助者が廊下にはみ出しながら介助をすれば、問題は解決できました。しかしこの方法では、冬場は寒過ぎて、ヒートショックを起こす心配がありました。トイレの場所を移動して血圧変動を予防しようというのに、脱衣所でヒートショックでは話になりません。脱衣所の扉を閉めて、温度管理をしながら着脱することを考えなければなりません。

 次は脱衣所から浴室への移動について確認します。脱衣所から浴室へと一段下りる場所で、本当は手すりにつかまりたいのですが、この時点では手すりがありません。Aさんは浴室のドアノブをつかみ、これに上体をあずけながら(つかまりながら)、片開きドアを押し開けて浴室へ移動しようとしました。この方法では、ドアが開く動きにAさんの上体が引っ張られ、足は段差を降りきれないままもつれ、最後は体幹のバランスを崩して顔面から浴室の床に転落・転倒する状況になりかねません。

 ドアノブにつかまって移動するという発想や行動は、通常はあまり行わないことだと思います。しかしAさんは、高次脳機能障害という後遺症を抱えていました。自分の行動がどのような結果になるのか、少し先を予測して「注意」し、「考えてから」行動することが不得手になっていました。この時は娘さんが危険に気付き、とっさにAさんの手をドアノブから外しました。娘さんはAさんに「危ないことをしないで!」と血相を変えて怒りました。しかしAさんはこの時、何が起きていたのかよく分からず、娘さんのことを「大げさだ」といってかなり腹を立てました。娘さんが何度も繰り返し説明して、ドアノブにつかまることが危険であることをAさんはかろうじて理解できたそうです。

 そしてホッとする間もなく、次の問題が待ち構えていました。娘さんが先に浴室に降り、後ろ向きになってAさんの両手を取り、支えながら洗い場に立たせた時、娘さんは思わず絶句しました。一体何があったのでしょう?

 片開きドアが開閉する時の、ドアの動き方を思い浮かべてください。ドアは吊り元を中心にして、弧を描きながら開閉します。浴室のドアは浴室側に開きます。脱衣所から浴室へ移動する時は、ドアを押し開けるので、自分の身体がドアに挟まれることはありません。しかし浴室側からドアを閉める時は、自分の身体が邪魔になってドアを閉められない状況になりがちです。

 片開きドアは、ドアまるまる一枚が大きな弧を描いて開閉します。Aさんと娘さんは、つかまるものがない状況で、ドアの動きに追われながらやっとの思いで浴室のドアを閉めました。入浴練習のため、病院から折りたたみ式のシャワーチェアー(介護用の風呂椅子)を借りていました。これを事前に洗い場に運び込んでいたことも失敗でした。洗い場の隅に置いたのですが、Aさんたちの邪魔になるだけでした。

 Aさんが元気な時は、浴室ドアを細めに開けて、スルリと浴室に降り立ちました。その後は微妙な加減で身体を動かし、難なくドアを閉められました。それは当たり前のことでした。しかしこの時のAさんには、かつての動作が曲芸にも思えたそうです。

 浴室のドアを閉めたら、ここからが本番です。発症前のように、床に敷いたマットから立ち上がることはできません。病院からシャワーチェアーを借りていたのは正解でした。しかしシャワーチェアーに座る時も、そこから立ち上がる時も、浴室に手すりがないので娘さんがAさんの両手を支える必要がありました。加えてお試し外泊は梅雨時でした。Aさんはシャワー浴ではもの足りず、浴槽に漬かって温まりたいと強く希望し、さらなる難題と遭遇することになりました。

 この時点で浴槽に漬かるのは、かなり無謀だと私は思いました。しかし介助者が2人いるので、あえて断行したのだそうです。手すりがないので、娘さんが手すり代わりになってAさんの身体を支え、奥さんが麻痺側の脚を持ち上げ、浴槽の縁を何とかまたがせました。そうして浴槽に入ったものの、小さな浴槽の中では麻痺側の脚を思うように曲げられず、肩まで湯に浸かることはできませんでした。浴槽から出る時は、入る時と同様に、母娘2人がかりの重労働だったことは言うまでもありません。湯で濡れた皮膚は滑りやすいので、本当に扱いにくかったと思います。

 15分程度で入浴を終え、今度は浴室から脱衣所への移動です。ドアにぶつからない位置にAさんを立たせ、娘さんが身体を支えてドアを開け、脱衣所から奥さんがAさんを引っ張り上げて移動させました。脱衣所で衣服を着ると寒いので、バスタオルで身体を覆って、あらかじめ暖房をしてあるリビングへ移動させました。ここでゆっくり着衣を介助しましたが、終わった時には3人とも疲労困憊だったそうです。