人生が長くなり、どこで老後を生きるかの選択が求められる時代になりました。できる限り自分自身を頼り、身の回りの人たちと助け合って生きていこうという選択をする場合、住居のありようが成功の鍵を握ります。前回はトイレと寝室でした。今回は浴室の改修例を見ていきます。(溝口千恵子)

 ケアマネジャーのつつみいくみです。前回紹介したAさんは、自宅で入浴にも挑戦する予定でした。ところがトイレだけでも大変な苦労をしたので、自宅での入浴は、ちょっと考えただけで尻込みしていました。しかし同居の娘さんが、「せっかくの機会だから入浴も体験してから工事をしてもらおう」とご両親を後押しして、2人がかりでAさんの入浴介助を試みたのでした。

 ここで発症以前のAさんの、入浴に関する動作を振り返ってみます。Aさんのお宅は築年数が古く、脱衣所は洗面所と洗濯機置き場を兼ねていました。洗面ができて、洗濯機を置ければそれでよく、脱衣には特段考慮する必要がない、そういう前提で作られた空間でした。この脱衣所でAさんは、脱衣籠の代わりに洗濯機の上に着替えやバスタオルを乗せておき、脱いだ衣服は洗濯機に放り込み、片手で浴室のドアを押し開けて、16cmほどの段差を降り、何の不自由も感じないまま浴室に移動していました(写真1)。

写真1 改修前の浴室の片開きドア

 Aさんの入浴は、夏はシャワーで済ませますが、冬の寒い時期はゆっくりお湯に漬かってくつろぐのが習慣でした。浴室では濡れたタイルの床が滑るので、風呂椅子を使わず、マットを敷いた床に座って身体を洗っていました。バランス釜のついた浴槽は、据え置き型で深さが60cmほどありました。浴室内に風呂釜があるので、その分浴槽が小さくて深く、Aさんは膝を抱えて座る格好で浴槽に漬かっていました。

 Aさんの身長は170cmちょうどですから、この深さの浴槽でも余裕でまたいで入っていました。奥さんも娘さんもスラリとした長身のためか、浴槽の深さ自体には問題を感じておらず、浴槽の長辺がもう少し長いといいのに、くらいの気持ちでいました。

 しかしAさんが今後この浴室で入浴するならば、入浴のたびに一家総出の大仕事になるのは明らかでした。片側の手足に麻痺があるため、立ったままで衣服の着脱ができませんし、注意障害や失行(後ろ前、左右の間違いなど)があって、着脱自体にも当分の間は介助や見守りが必要でした。そのような理由で、まずは脱衣所にスツール程度の腰掛けを一脚置きたかったのです。脱衣所にスツールを置き、Aさんが腰掛けてから脱衣所の扉を閉めてみました。するとでっぷりとしたドラム式全自動洗濯機が邪魔で、介助者が身動きできなくなってしまいました。

冬場はヒートショックの危険も

 脱衣所と廊下との境には扉がありました。この扉を開けっ放しにして、介助者が廊下にはみ出しながら介助をすれば、問題は解決できました。しかしこの方法では、冬場は寒過ぎて、ヒートショックを起こす心配がありました。トイレの場所を移動して血圧変動を予防しようというのに、脱衣所でヒートショックでは話になりません。脱衣所の扉を閉めて、温度管理をしながら着脱することを考えなければなりません。

 次は脱衣所から浴室への移動について確認します。脱衣所から浴室へと一段下りる場所で、本当は手すりにつかまりたいのですが、この時点では手すりがありません。Aさんは浴室のドアノブをつかみ、これに上体をあずけながら(つかまりながら)、片開きドアを押し開けて浴室へ移動しようとしました。この方法では、ドアが開く動きにAさんの上体が引っ張られ、足は段差を降りきれないままもつれ、最後は体幹のバランスを崩して顔面から浴室の床に転落・転倒する状況になりかねません。

 ドアノブにつかまって移動するという発想や行動は、通常はあまり行わないことだと思います。しかしAさんは、高次脳機能障害という後遺症を抱えていました。自分の行動がどのような結果になるのか、少し先を予測して「注意」し、「考えてから」行動することが不得手になっていました。この時は娘さんが危険に気付き、とっさにAさんの手をドアノブから外しました。娘さんはAさんに「危ないことをしないで!」と血相を変えて怒りました。しかしAさんはこの時、何が起きていたのかよく分からず、娘さんのことを「大げさだ」といってかなり腹を立てました。娘さんが何度も繰り返し説明して、ドアノブにつかまることが危険であることをAさんはかろうじて理解できたそうです。

 そしてホッとする間もなく、次の問題が待ち構えていました。娘さんが先に浴室に降り、後ろ向きになってAさんの両手を取り、支えながら洗い場に立たせた時、娘さんは思わず絶句しました。一体何があったのでしょう?

 片開きドアが開閉する時の、ドアの動き方を思い浮かべてください。ドアは吊り元を中心にして、弧を描きながら開閉します。浴室のドアは浴室側に開きます。脱衣所から浴室へ移動する時は、ドアを押し開けるので、自分の身体がドアに挟まれることはありません。しかし浴室側からドアを閉める時は、自分の身体が邪魔になってドアを閉められない状況になりがちです。

 片開きドアは、ドアまるまる一枚が大きな弧を描いて開閉します。Aさんと娘さんは、つかまるものがない状況で、ドアの動きに追われながらやっとの思いで浴室のドアを閉めました。入浴練習のため、病院から折りたたみ式のシャワーチェアー(介護用の風呂椅子)を借りていました。これを事前に洗い場に運び込んでいたことも失敗でした。洗い場の隅に置いたのですが、Aさんたちの邪魔になるだけでした。

 Aさんが元気な時は、浴室ドアを細めに開けて、スルリと浴室に降り立ちました。その後は微妙な加減で身体を動かし、難なくドアを閉められました。それは当たり前のことでした。しかしこの時のAさんには、かつての動作が曲芸にも思えたそうです。

 浴室のドアを閉めたら、ここからが本番です。発症前のように、床に敷いたマットから立ち上がることはできません。病院からシャワーチェアーを借りていたのは正解でした。しかしシャワーチェアーに座る時も、そこから立ち上がる時も、浴室に手すりがないので娘さんがAさんの両手を支える必要がありました。加えてお試し外泊は梅雨時でした。Aさんはシャワー浴ではもの足りず、浴槽に漬かって温まりたいと強く希望し、さらなる難題と遭遇することになりました。

 この時点で浴槽に漬かるのは、かなり無謀だと私は思いました。しかし介助者が2人いるので、あえて断行したのだそうです。手すりがないので、娘さんが手すり代わりになってAさんの身体を支え、奥さんが麻痺側の脚を持ち上げ、浴槽の縁を何とかまたがせました。そうして浴槽に入ったものの、小さな浴槽の中では麻痺側の脚を思うように曲げられず、肩まで湯に浸かることはできませんでした。浴槽から出る時は、入る時と同様に、母娘2人がかりの重労働だったことは言うまでもありません。湯で濡れた皮膚は滑りやすいので、本当に扱いにくかったと思います。

 15分程度で入浴を終え、今度は浴室から脱衣所への移動です。ドアにぶつからない位置にAさんを立たせ、娘さんが身体を支えてドアを開け、脱衣所から奥さんがAさんを引っ張り上げて移動させました。脱衣所で衣服を着ると寒いので、バスタオルで身体を覆って、あらかじめ暖房をしてあるリビングへ移動させました。ここでゆっくり着衣を介助しましたが、終わった時には3人とも疲労困憊だったそうです。

椅子を置いて介助する空間を

 Aさん宅での浴室改修の内容を見てみます。

 まずは脱衣所の環境改善から始まりました。脱衣所のスペースを拡げます。そうはいっても床面積は変えられませんので、大きなサイズのドラム式全自動洗濯機を広い台所に移動させました。これで椅子を置いてAさんが腰掛け、介助者が着脱の介助をする空間を確保できました。

 次に浴室部分の改修です。まずは浴室の片開きドアを折れ戸へと変更します(写真2)。先にも述べましたが、片開きドアでは、ドアの動きに人間が振り回されるからです。折れ戸であれば、開ける時にドアが縦半分に畳まれます。そうすると開閉時に洗い場のスペースをほとんど塞ぎません。開口部も広くなり、介助者と2人で移動するのも楽になります。洗い場にシャワーチェアーが置いてあっても、邪魔になることはありません。

写真2 浴室の片開きドアを折れ戸に変更

 また、浴室の出入口にタテ手すりを付けました。脱衣所側と浴室側に1本ずつ取り付け、移動の際につかまれば、少々の段差があっても身体のバランスを保てます。手すりがあれば、誰かに支えてもらわなくても、もう一方の手で浴室ドアの開閉ができるようになります。Aさんの場合も、介助者が身体を支えなくても、見守り程度のサポートで、脱衣所と浴室間の移動が安定してできるようになっていきました。

 浴室内部も大きく変更しました。まず浴室内のバランス釜を撤去して、屋外に給湯器を取り付けました。バランス釜を撤去した分、今までより少し大きい浴槽を設置できました。さらに浴槽を埋め込み、床のかさ上げも行いましたので、Aさんが浴槽をまたぎやすくなりました(写真3)。

写真3 またぎやすくした浴槽

 かさ上げの理由について、少し説明をします。

 浴槽の縁をまたぐ時、たいていは片足立ちになって、もう一方の脚を引き上げてまたぎます。ただでさえ不安定な動作ですが、このお宅の浴槽では、床から60cmも脚を引き上げないとまたぐことはできません。麻痺がある身体で、片足立ちになって、もう一方の脚を60cmも引き上げるのはとても難しい動作です。しかも危険な動作です。

 浴槽の縁に腰をかけて、麻痺側の脚を自分の手で、または介助者の手で持ち上げて浴槽内に入れたり出したりすることもできます。しかしそれにしても、60cmもの高さ分を持ち上げることは大変です。麻痺している脚、つまり自分で動かせない脚はとても重く、しなやかには動きません。そのようなことから、浴槽を床に埋め込んで、浴槽をまたぐ際に大きな動きを取らなくてもいいように工夫をしました。

写真4 浴槽の出入り用に取り付けたタテ手すり

 それでも片足立ちになると、バランスを崩す恐れがありますので、浴槽の出入り用にタテ手すりを1本取り付けました(写真4)。この手すりは、洗い場でシャワーチェアーからの立ち座りの際にも使えます。さらに浴槽内で身体のバランスを保てるように、ヨコ手すりを1本取り付け、湯に漬かりながらつかまっていられるようにしました。

住宅改修後の入浴の様子

 脱衣所と浴室の段差は、改修工事前は約16cmでした。工事後は6cm程度に収まるようにしました(写真5)。前述の手すりの効果も併せると、Aさんの脱衣所・浴室間移動は、身体を支えて介助しなくても、見守り程度でもできそうでした。

写真5 脱衣所と浴室の段差を改善

 浴室の改修工事を行うことで、Aさんも介助するご家族も、入浴のための重い労作と気遣いが不要になりました。Aさんは入浴動作に対する不安を徐々に解消し、入浴そのものの楽しさをよみがえらせました。安全な環境で、適切な介助による入浴を繰り返すうちに、Aさん自身が安全な入浴の方法を習得していきました。そして入浴そのものが生活リハビリテーションとなり、誰かが見守りや浴室の外から気配を確認するだけでも入浴できるようになりました。こうしてAさんも奥さんも娘さんも、徐々に以前の暮らしに近い自由度を取り戻していきました。

 入浴の目的は、身体を清潔に保つためだけではありません。特に日本人の場合、ゆったりと湯に漬かり、身体を温めてリラックスすることにこだわりがあります。ストレスの解消になりますし、身体のコリをほぐしたり、関節の痛みを和らげたりして、セルフケアの手段にもなります。自宅での入浴に自信が持てるようになれば、やがては「温泉にでも出かけてみようか」などと、行動半径を拡げることにもつながります。

 脳血管疾患の後遺症では、片側の上下肢に麻痺が残り、日常生活動作に大きな支障を来すこともあります。自宅での入浴は、介護を担うご家族の事情で回避されることも多いものです。「デイサービスでお風呂に入ってきて」と言われることも少なくありません。障害を抱えたご本人は、「そんなの嫌だなあ」と思っても、ご家族に押し切られれば、仕方なく受け入れることが多いようです。それはそれでもよいのですが、住宅改修によって不便さを改善することで、自宅での入浴も可能になるものです。そしてそれは、必ず他のご家族にも安全と安心、心地よさを提供できるものです。

 Aさん一家は、住宅改修を行った年末に、県内の温泉旅館に一泊してきました。障害者用の設備がある個室での入浴でしたが、今後は大浴場にも挑戦したいと言っておられました。そして現在のAさんは、デイサービスではなく、近所のスーパー銭湯通いをしています。ケアマネジャーの私は、今はほとんど登場するチャンスがありません。とても喜ばしいことだと思っています。

 なお、浴室の改修費用ですが、前回述べたように、トイレの改修なども含め総額で約200万円ほどでした。一部は介護保険でまかないました。

■溝口氏のコメント
 入浴は、日常生活動作(ADL)の中でも、最も難しいと言われています。裸で脱衣室から浴室への段差移動や、濡れて滑りやすい洗い場の移動。また、扉の開閉や浴槽への出入り、洗体、水栓金具の操作など複雑で様々な動作が求められます。高齢者が安全に快適な入浴を行い、身も心もリフレッシュするには、ご本人の身体状況の確認や要望を伺うなど細かな配慮が必要です。時には介護者が必要か否かの確認や、入浴動作を1つひとつ確認することも求められます。

(タイトル部のImage:Ivan Kruk -stock.adobe.com)