照明などの家電メーカーとして創業し、超音波診断装置やAEDなど医療機器にまで製品ラインアップを広げるフィリップス。時代の先端をゆく商品を次々と手がけてきた同社が今、力を入れるのがスリープテックの関連。最新の商品が、睡眠の質を高めることを目的に開発されたヘッドバンド「SmartSleepディープスリープヘッドバンド」だ。スリープ&レスピラトリーケア事業部長の安部美佐子氏に、開発の経緯や今後の展開を聞いた。

フィリップス・ジャパン(東京・品川)の本社ショールームで撮影。左から岡島氏、右が安部氏(写真:高山 透)

睡眠時無呼吸症候群の検査・治療機器が原点

岡島義氏(以下、敬称略) 御社の睡眠へのアプローチとして印象に残っているのは、卓上型ライトの「goLITE BLU」。残念ながら販売終了になってしまいましたが、ブルーライトを使ってすっきりした目覚めをサポートするものでしたよね。日本でブルーライトが流行り始めたときだったので、目の付けどころが違うな、と感心しました。海外フィリップス社の製品を国内で展開したりアイデアを採り入れたりする時のポイントを教えてください。

安部美佐子氏(以下、敬称略) 弊社スリープ&レスピラトリーケア事業部ではもともと睡眠時無呼吸症候群の検査と治療に使う機器を扱っています。その中で、睡眠時無呼吸症候群だけでなく、睡眠障害までいかなくても、睡眠で悩みを持っている方向けの製品も扱っていきたいという思いがありました。

岡島 そういう経緯があったのですね。最先端のものを採り入れるという視点が社風として根づいているのでしょうか。

安部 弊社はライティングから出発したので、その流れも大切にしながら、今はヘルスケアとデジタル技術を融合した「ヘルステック&インフォマティクス」の領域でトップを目指しています。コンシューマープロダクツは、技術やデザインなど常に新しいものを採り入れ続ける必要があるので、スピード感が求められます。その影響を受けて、ヘルステック領域でも、新しいものを模索する姿勢で開発や製造、販売を進めているのではないでしょうか。

岡島 なるほど。それで睡眠とデジタルを融合した新商品「ディープスリープヘッドバンド」の発売にこぎつけたわけですね。どんな商品なのか、コンセプトから教えてください。

安部 「睡眠に悩みを抱えている方にソリューションを提供したいが、そもそも睡眠の悩みって何だろう?」と考えた時、個人個人の感じ方が大きいのでは、と考えたのです。そして、感じ方を改善するためのポイントとなるのは“深睡眠”にあると気づいて、このプロジェクトが始まりました。深睡眠のブーストをサポートする研究を続け、14年の歳月を経てようやく商品化できました。寝る時にヘッドバンド型のウェアラブルデバイスをつけることで、睡眠の質を高め、睡眠データを「見える化」することを目的に開発された商品です。

ヘッドバンド型のウェアラブルデバイスを装着。深い眠りに入ると、耳元でオーディオトーンを流し、深睡眠時に現れる徐波の活性化を促す。翌朝、専用モバイルアプリと同期させることで睡眠データを確認できる(出所:フィリップス)

音を使って深睡眠をブースト

岡島 ヘッドバンドと専用スマホアプリの2つで、睡眠をコントロールしていくのですね。使い方や仕組みを詳しく教えてください。

安部 軟らかい布素材のヘッドバンドの額に当たる位置にセンサーが入っています。寝るときにこのヘッドバンドを装着し、同時に耳の後ろにセンサーが付いたシールを貼り、ヘッドバンドとシールの2点で睡眠時の脳波と睡眠の状態を測定し記録します。専用アプリSleepMapper(スリープマッパー)をダウンロードして連携しておくと、朝起きたときにブルートゥースでデータをスマホと同期させて、睡眠状態を確認できます。

ヘッドバンドとペアリングして、健康睡眠スコア、睡眠段階の推移、深睡眠の見える化など、各種データをチェックできる(出所:フィリップス)

岡島 睡眠の状態を数字にして、見える化しているのですね。普段の生活の中で自分で脳波をとるのは睡眠研究者の夢ですから、画期的な技術ですね!

安部 それだけではなく、ヘッドバンドに音の出る機器が組み込まれているのも特徴です。脳波から深睡眠を検知すると、ヘッドバンドから柔らかいオーディオトーン(音)が流れます。深睡眠をブーストし、睡眠の質を高めるのが狙いで開発されています。

岡島 ブースト、つまり時間を長くするというイメージですね。睡眠をよくするためには「音を消して静かにする」もしくは「就寝前に入眠しやすい音を出す」といった手法が一般的です。眠った後に敢えて音を出すというのは、面白い発想ですね。どんな音がよいのか、かなり研究されたのでしょうか。

安部 500〜2000ヘルツの間のやわらかい音を鳴らしています。ただ、深睡眠に入ってから音が出るので、本人には全く聞こえていません。私が試したときもどんな音かは分かりませんでした。音の出るタイミングや音量は睡眠の状態に合わせて自動的に調整されます。

株式会社フィリップス・ジャパン スリープ&レスピラトリーケア事業部長 安部美佐子(あべ・みさこ)氏
大学卒業後、米国留学を経て米系スポーツメーカーに就職。その後外資系投資銀行に転職し、金融派生商品の営業・マーケティングとして10年間法人営業を担当。より人の生活に直接役立つ仕事に関わりたいと思い、米国でMBA取得後、医療機器業界に入る。在宅医療業界に約15年携わり、ファイナンス・経営企画・営業などの経験を積んだ後、2012年にフィリップス・ジャパンに入社。人工呼吸器や睡眠時無呼吸症候群の診断・治療装置を扱う部門を率いている(写真:高山 透)

岡島 実際に使った方からは、どんな感想が寄せられていますか。

安部 「朝、すっきり目覚めるので起きやすい」「いつも日中眠くなる時間に、眠気を感じなかった」といった感想が届いています。

岡島 シニアのように深睡眠があまり出なくなっている方でも、この音を聞くと深睡眠に入りやすいという効果もありますか。

安部 効果という面では、深睡眠の量が多い若い方のほうが効果は高いので、推奨する対象者は「18歳以上50歳以下」と注意書きを入れてあります。

岡島 スリープテック関連の商品やサービスを見てきた中で、禁忌をうたうものは少ないですね。「どんな人にも効きますよ」と宣伝したくなるのでしょう。でも、スリープテック市場では、「この年齢層」「こういう生活の人」と対象を明確にすることも大事だと思うのです。CPAP(睡眠時無呼吸治療装置)などの医療機器も作っているからこそ、禁忌を明確にすることの重要性を感じているのでしょうね。

安部 おっしゃる通りです。50歳を超えてもブーストする方もあると思いますが、やはり20代~40代の方に比べると効果は低くなると思います。

岡島 女性は歳をとってからも深睡眠が残っていることが多いので、使い続けられるかもしれません。それと、高齢者もきちんと運動していれば負荷が上がって深睡眠が残るイメージを持っているので、それなら高齢者でも効果があるはずです。そのあたりは、これから研究できると面白いですね。

すでに次世代品の開発に着手

岡島 深睡眠のブーストは、+15といった数字で表されるのですね。

安部 そうです。「これくらい長くなるようにお手伝いしました」という数字で表示しています。それと、日々のルーティーンと睡眠時間の長さも組み合わせて点数をつけています。睡眠時間や深睡眠の長さだけでなく、例えば寝る時間や起きる時間がいつもと違うと、減点されます。これに深睡眠のブーストによる加点が加わって、睡眠スコアが算出されます。自分の毎日の睡眠を点数やグラフで見ることで、改善につなげていただきたいですね。

岡島 点数を上げるためのアドバイスは出るのですか。

安部 スマホのアプリの中に「ヒント」の項目があります。「同年代の方と比べてあなたの睡眠はこれくらいですよ」といった情報もあれば、夜中の中途覚醒が多い方向けには、飲酒の有無やベッドサイドに眠りを妨げるものが置いてないかなど、睡眠改善へのヒントとなるチェック項目が表示されます。脳波というのは一般の方にはとっつきにくいものなので、数字やアドバイスを見せて、「明日はもう少し早く寝よう」など、ちょっとずつ生活習慣の改善をお手伝いするイメージです。

岡島 私は認知行動療法が研究分野で、「習慣をいかに変えるか」を徹底して指導しています。特に不眠症とか眠りに悩んでいる人は、もともとよく眠れているのに「寝ていない気がする」というケースも多いのですよ。そういう人たちも、深睡眠が長くなると、睡眠時間などの客観データは同じでも「何となく睡眠が良くなった」と感じるのかどうか、興味がありますね。今後、商品やアプリに改良やアップデートの予定はありますか?

安部 スマホアプリはお客様の声を反映しながら断続的にアップデートされていますし、すでに次世代品の開発も始めています。また、弊社ではこのディープスリープヘッドバンドだけではなく、「SmartSleep」という製品群を海外で展開しています。他国ではすでに、いびきを防止するためのベルト「SmartSleep Snoring Relief Band」や、光で朝の目覚めや夜の寝入りをサポートする「SmartSleep Sleep and Wake-Up Light」を発売しています。いずれ日本でも、睡眠を助けるいろいろな商品を導入していきたいと思っています。

海外で発売中の同社SmartSleep製品。いびき防止で、「SmartSleep Snoring Relief Band」、時間とともに明るく照らして、目覚めを促す「SmartSleep Sleep and Wake-Up Light」(出所:フィリップス)

100社以上のパートナー企業と次の一手を

岡島 今はまだヘッドバンドだけですが、これからスリープテックの分野をより強化していく計画ということですね。

安部 弊社は睡眠時無呼吸症候群の検査機器や治療に使うCPAPなどを扱って成長してきました。でも、睡眠分野は特定の疾患だけではなく、より多くの方にソリューションを提供できます。また、睡眠市場は裾野が広く、寝具や部屋の住環境など、スコープを広げるといろいろな商品やサービスが存在します。市場に少しずつ打って出ながら、皆さんの睡眠の悩みを解決する機器類を開発したいですね。

岡島 御社は医療機器と同時に、病気になる前に未然に防ぐための商品も扱っているのが強みですよね。未病の人が体の状態を改善するための「ステップ・ド・ケア」ですね。それでも状況が改善しない人は、病気が進んでいる可能性があるので、早めに医療機関に繋げてほしい。そうした流れや連携ができるようになるといいですよね。他業種と連携して睡眠環境をスリープテックで固めたらどうなるのか、それでも眠れない人がいるのかなど、まだまだ研究テーマや夢は広がります。

安部 1社でできることは限られているので、パートナー企業と協業しながらいろいろな取り組みをしていきたいと思っています。実際にベッドメーカーや食品メーカーなど100社以上とパートナーシップを結んでいるので、今後は睡眠の分野でもさまざまな企業や団体と共同で開発、研究を進めて睡眠市場を盛り上げていきたいですね。

東京家政大学 人文学部心理カウンセリング学科准教授 睡眠行動科学研究室 岡島義(おかじま・いさ)氏
日本大学文理学部心理学科卒業。北海道医療大学大学院心理科学研究科博士課程修了(博士〔臨床心理学〕)。公益財団法人神経研究所附属睡眠学センター研究員、東京医科大学睡眠学講座兼任助教、医療法人社団絹和会睡眠総合ケアクリニック代々木、早稲田大学人間科学学術院助教などを経て2018年より現職。毎日8~9時間睡眠をとると快調だと気づき、夜9時に寝て朝5時ごろ起きる生活を続けている(写真:高山 透)

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