「睡眠」という漢字について考えてみたら…

岡島 短時間睡眠のワースト1位の日本が「睡眠をもっと短くしよう」という方向に流れるくらいだから、日本人の意識を「いい睡眠」に向けるのは難しいし、マネタイズするのも難しいですよね。その中で、御社ではどんなビジネスを展開していますか?

小林 例えばデバイスとアプリで一人ひとりに最適なソリューションを提供するものとして「法人向け睡眠改善プログラム」を提供しています。ある企業では睡眠時間や睡眠の深さ、中途覚醒などを計測した睡眠スコアで約80%の人に改善が見られました。睡眠負債が溜まっている社員さんに「休日も起床時間を揃える」とアドバイスして意識づけを図りながら行動改善してもらったら「20年ぶりに朝の食欲が湧いて朝食を食べられた」と喜んでくれました。

2019年7月に「東京メトログループ健康宣言」を制定し、そのなかで社員の「睡眠の質の向上」を掲げている東京メトロ。同9月からニューロスペースの「法人向け睡眠改善プログラム」を採用する(出所:ニューロスペース)

岡島 80%ですか!それは衝撃的な数値だし、実生活でそれだけの改善がみられるとうれしいですね。ほかにはどんな業種で導入されているのでしょうか。

小林 シフト勤務で働く飲食店店長、夜勤のある工場の方、航空産業で時差ボケになる人など様々な業種・職種で実施しています。たとえば飲食店だと勤務時間がバラバラで“体は疲れているが寝たい時に寝られない”という悩みがあるので、最初にデバイスを活用して客観データをとって企業特有の悩みを分析しています。寝る時間を固定することはできないから、例えば筋弛緩法的なリラクゼーションなどのアドバイスをしてリラックスして寝つかせる方法をアドバイスしています。

岡島 企業や働き方に合わせてアドバイスしているわけですね。ただ、パーソナライズするのは難しくないですか? 「あなたは朝型だから夜勤はやめましょう」と提言しちゃうと不公平感が生まれそうです。

小林 そこ、すごく重要なところです! 我々のプログラムは企業と伴走型なんですよ。だって、睡眠って残業とかシフトの急な変更といった外的要因、複合的要因に左右されるから、企業や上司や同僚がお互いの睡眠を尊重する仕組みを作っていかないと根本的には解決しないですからね。

岡島 具体的にはどんなアプローチをするんですか?

小林 プログラムの中間地点で集まってもらい、効果があったアドバイスや難しかったことなどをシェアするグループワークを行います。動機付けがよりモチベートされてソリューションの継続につながるし、その中には上司もいるから“睡眠時間を確保するためにどんな工夫ができるか”を企業として考えられるようになります。

岡島 それはいいですね。会社と人の両方を同時に動かしていくのは理想的です。そんな風に考えるようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか。

小林 きっかけとは少し違いますが、睡眠という漢字について考えてみたんですよ。「睡」は“目が垂れる現象”と解釈できます。そして「眠」の字のつくり「民」を調べると、“会社組織など他から介入されるべきでない個人の権利”という意味がありました。まさにこれだ!と思いましたね。睡眠障害は“皆を巻き込んで目が垂れるような状態”を作れば解消できるんです。睡眠は“犠牲にされてはいけない重要な権利”という語源を持っているのだから、皆で実現していいはずだ、と自信を持てました。

岡島 なるほど! 僕も講演でその話、使わせてもらいますね(笑)。確かに睡眠は権利とも言えますね。それに最近の研究で、睡眠不足が思考の乱れにつながり、痛みの感覚が増すことも分かりました。睡眠と心身の痛みが関係することを体験できる仕組みがあれば、行動変容に結びつくきっかけになると思います。その点では、御社が先頭を走っていて他の追随を許さない状況ですが、今後はどんな方向を目指していますか?

小林 例えば、アスリートはいい眠りが取れると練習が体に記憶されたり、イヤなことを忘れられたりします。戦略的に眠りをデザインすれば、その人の可能性やポテンシャルはもっと広がる。いい睡眠をとれた10年後の自分と、短時間睡眠だった10年後の自分は明らかに違います。睡眠のパーソナリティを自覚して、家族や会社なども含めて互いに尊重していける社会を作りたいんです。

岡島 『pay forward』というアメリカ映画(2000年)は、「世の中をよくするために何をしたらいいか」という課題に対して生徒がpay forward(受けた恩を別の人に贈る)という解決策を考えた心温まる話でした。そんなふうに、1人が睡眠の知識を得て改善の取り組みをして家族に伝え、家族が親戚や友達に伝え…そうしていけば睡眠が大事だというムーブメントが起こりますね。