歩くことが好きなイギリス人の心情

 権利はさておきて、では、なぜ、歩くのか?  歩きたいのか? そんな疑問を抱き、イギリス人の夫を持つロンドン在住の友人に尋ねたことがある。  「そういえば、家族が集まると夕食前などに必ず、ちょっと歩こうかとなるけど。でも、あまりにも自然な流れで、理由なんて考えたこともなかった」

 さらにはイギリス各地を歩きながら、ウォーキング中の人たちに同じ問いを投げかけ続けた。  「健康のため」「癒やし」「リラックス」「美しい景色を楽しむため」

 皆、それぞれに具体的な答えをくれた後、首をかしげるのが愉快でならなかった。  「う~ん、でも、それだけじゃない? 習慣?」

 その答えの片鱗に届いたような気がしたのは、オックスフォードで知り合った紳士と話していたときのこと。  「もしかしたらイギリス人は、ゆっくり移動しながらおしゃべりを楽しむのが好きなのかもしれませんね。パントもまた、かつてはそういうひとときでしたから」

 パントとは、細長い竿で漕ぐ小舟。ひと昔前は人々の娯楽のひとつであり、オックスフォードで生まれたファンタジー『不思議の国のアリス』は、作者のルイス・キャロルがアリスのモデルとなった少女とパントに乗っている際に語られた物語がもとになった。

『指輪物語』のJ.R.R.トールキンと『ナルニア国物語』のC.S.ルイスが連れ立って歩いていたという、オックスフォード大学モードリン・カレッジの散歩道。思い通りに動かないパントに乗りながら観光客が笑い声を上げる日は、まだまだ遠い先のことかもしれない

 友と、恋人と、家族と。ともに歩き、おしゃべりを楽しみ、心を豊かにする。イギリス人は子どもの頃に自然と、その術を身につけるに違いない。おそらく、ウォーキングが健康にいいという認識が生まれるずっと前から。