自宅から徒歩30秒の商店街に出たところで、マスクを着け忘れていたことに気づき、道行く人を不安に陥れているのではないかと緊張感にかられながらあわてて戻った。数カ月前には想像もしていなかった「常識」。世界は大きく変わってしまった。

 行動が限られた生活のなか、運動不足を解消したのは、ひと気のない裏道をひたすら遠回りして行く買い物。これまでご紹介してきたヘルスツーリズムにおいても欠かせないプログラムだが、旅に出ることがままならなくなったため、得た知識をもとに黙々と歩いた。その際、たびたび胸をよぎったのは、この5月、1年ぶりに訪れるはずだったイギリスの記憶だ。

ウォーキングとともにあるイギリスの暮らし

 「イングランド・スポーツ協会」ほかイギリスの組織団体によれば、もっとも人気の高いスポーツはウォーキングだという。老若男女かかわらず、イギリス人は歩くのが好き。20代の一時期、ロンドンの会社で働いていた際、「週末はなにしていたの?」で始まる月曜の会話では、「郊外でウォーキング」という答えが頻繁に返ってきた。長い休暇ともなれば、数日間かけて歩き続ける人も。ウォーキングという言葉がまだ、日本ではカタカナで浸透していなかった時代のこと。正直なところ、ただ歩くだけで楽しいのかしらと不思議に思ったものだ。

 とある田舎町では、革ジャンを着て髪を突っ立てた少年が、両親と姉妹の後からふてくされた表情でついていく姿を見て、吹き出したことがある。無理矢理連れ出されたのだろう。でも、やっぱり歩いていた。

美しい小さな村が点在するコッツウォルズ(左)や、イギリス海峡に面したセブン・シスターズ(右)は、ロンドンから気軽に出掛けてフットパスを歩ける場所(写真:松隈 直樹、以下同)

 実際、成人の半数を超える人たちが、1カ月に5km以上歩くとの報告もある背景を支えるのは、「パブリック・フットパス」の存在。国内に蜘蛛の巣のごとく張り巡らされた、文字通り歩くための公共の道だ。

歩く権利法が生んだ全長20万kmの道

 フットパスの全長は、20万km以上。イギリスのどこからでも、このフットパスをたどればロンドンまで歩いて行けるともいわれる。

大人も子どもも犬も馬も歩く。畑の真ん中を行くことも

 興味深いのは、ときに農地や牧場、ゴルフ場、企業の敷地、一般家庭の庭先といった私有地にまで道が及ぶこと。これは1932年に制定された「歩く権利法」に基づいており、古くは17世紀からある人々の憩いのための共有地コモンズが礎になっている。かんたんにご説明すれば、土地の所有者はもちろん、そこに暮らす家畜とともにすべての人が自然を共有し、歩くレクリエーションを楽しむ権利を持つ、という概念だ。

 フットパス以外にも自転車や馬に乗って入れる「パブリック・ブライドルウェイ」、農耕用の車両も通る「バイウェイ」などがあるが、いずれも権利を行使する際には、ゲイトを開けっ放しにしない、周辺を荒らさないなど、マナーを守る義務が生じる。

散策の頼りになる標識。家畜が逃げ出さないよう、造りに工夫がなされた柵状の扉は、人が無理矢理すれ違うと顔がぶつかりそうになることから、「キッスィング・ゲイト」というロマンティックな名がつけられているが、今後の利用には互いの距離間をより意識しそうだ

歩くことが好きなイギリス人の心情

 権利はさておきて、では、なぜ、歩くのか?  歩きたいのか? そんな疑問を抱き、イギリス人の夫を持つロンドン在住の友人に尋ねたことがある。  「そういえば、家族が集まると夕食前などに必ず、ちょっと歩こうかとなるけど。でも、あまりにも自然な流れで、理由なんて考えたこともなかった」

 さらにはイギリス各地を歩きながら、ウォーキング中の人たちに同じ問いを投げかけ続けた。  「健康のため」「癒やし」「リラックス」「美しい景色を楽しむため」

 皆、それぞれに具体的な答えをくれた後、首をかしげるのが愉快でならなかった。  「う~ん、でも、それだけじゃない? 習慣?」

 その答えの片鱗に届いたような気がしたのは、オックスフォードで知り合った紳士と話していたときのこと。  「もしかしたらイギリス人は、ゆっくり移動しながらおしゃべりを楽しむのが好きなのかもしれませんね。パントもまた、かつてはそういうひとときでしたから」

 パントとは、細長い竿で漕ぐ小舟。ひと昔前は人々の娯楽のひとつであり、オックスフォードで生まれたファンタジー『不思議の国のアリス』は、作者のルイス・キャロルがアリスのモデルとなった少女とパントに乗っている際に語られた物語がもとになった。

『指輪物語』のJ.R.R.トールキンと『ナルニア国物語』のC.S.ルイスが連れ立って歩いていたという、オックスフォード大学モードリン・カレッジの散歩道。思い通りに動かないパントに乗りながら観光客が笑い声を上げる日は、まだまだ遠い先のことかもしれない

 友と、恋人と、家族と。ともに歩き、おしゃべりを楽しみ、心を豊かにする。イギリス人は子どもの頃に自然と、その術を身につけるに違いない。おそらく、ウォーキングが健康にいいという認識が生まれるずっと前から。

フットパスの先に待つ小さな幸せの数々

 イギリス国民だけではなく、旅人でも無料で自由に歩けるフットパスには、イギリス随一といわれる美しい景色を誇るコッツウォルズや、大小の湖が点在する湖水地方といった観光地を歩ける道も少なくない。世界各国からウォーキング目的で訪れる旅人は数多く、フットパスはイギリスの貴重な観光資源にもなっていた。

柵にあった表示に従い、農場を進んだところ、牛と密になり「家畜との自然の共有」を体感した筆者。彼らの大きさに圧倒されて冷や汗をかき、なんとか出口を見つけて安堵。こういう意外なウォーキングの場所が、日本にも潜んでいるのではないだろうか

 とはいえ最終的になにかが待ち受けているとは限らず、試練となるような山あり谷ありでもない。とりわけ、最高峰でも1000メートル足らずのイングランドでは、広大な畑や牧場、ゆるやかに連なる丘が続くだけという場所がほとんど。それでもなお、歩く人がいる状況を考えれば、埋もれていた地域の資源を活用することを目的のひとつとする日本のヘルスツーリズムの参考になるようにも思える。

 フットパス専用のガイドマップは数多く出版されているものの、国中にくまなく広がり、ともすれば身幅ぎりぎりの細い道もあるすべてを網羅するのは難しい。地方の小さな村を訪れると、芸術的とも賞賛したい手描きの地図が土産物店などで販売されおり、それなしでは絶対に見逃すような小径を抜けて出会う名も無くも美しい景色は、いくつも胸に刻まれている。

自由に歩けないなかで活路を見いだす

 ソーシャル・ディスタンス。「密」を避ける行動が求められる状況は、まだしばらく続くことだろう。旅が少しずつ活性化したとしても、需要、供給ともに変化が生じるはずだ。2018年に第一期認証プログラムが発表されて以降、注目が集まっていたヘルスツーリズムのあり方もあらためて再構築がはかられると思うが、誘客にも増して地元の人々の健康意識を高め行動変容を促す役割は、これまで以上に重要になってくるのではないか。

 『不思議の国のアリス』では、道に迷いどちらに進めばいいかと問うアリスに、行きたいと思うところ次第だとチェシャ猫が答える場面がある。  'I don’t much care where―' said Alice.  'Then it doesn’t matter which way you go,' said the Cat.

 残念ながら現状では、旅人も受け入れる側も、行きたいと思う道をそのまま進むことはできないが、その制約のなかだからこそ発掘できる宝物があるかもしれない。穏やかな日常がふたたび戻ることを祈りながらも、これからのヘルスツーリズムの進路、進化を引き続き探ってみたい。

(タイトル部のImage:松隈 直樹)