伝えたいことにはコストを惜しまず

 たとえなんら意識を持たずに訪れた客も、あちらこちらに用意されたメッセージに触れれば、なにかに気づいたり疑問を持ったりと新たな扉が開く。筆者にとっては今回、1本の歯ブラシとの出合いが日常に小さいながらも変化をもたらした。孟宗竹と馬毛の100%自然素材使用により「土に還る」という、文面に目を留めたがゆえのことだ。接着剤を使っていないため最初は毛が抜け、1週間ほどで安定する……という、正直な告白も気になった。

 実はここ10年以上、洗面所での必需品はシャンプーを含めて愛用のものを携帯し、興味を引かれた基礎化粧品以外、宿で用意されたアメニティには一切手を触れてこなかった。環境問題云々というよりも、ひと晩きりでゴミ箱行きになる運命がどうにも切なく思えていたからだ。なのに説明を読みながら思わず開封し、使用してすぐそのやわらかな感覚に魅了された。自宅でも使いたいと向かったショップでは、1000円を超えるその価格に驚いたものの、迷わず財布の紐を緩めたほど心を奪われていた。

 「台湾に住む僕の友人が、育ちすぎた竹林が荒れて環境破壊をもたらす状況を見て資源化に取り組み、コップや箸など竹製品などの製造を手掛けているのを知り、その一環として世界で初めて竹製の歯ブラシをつくってもらいました。ひとつひとつ手作業なので価格は張りますが、ぜひ知っていただきたいと思っている品なんです」

 岩佐氏からそんな背景を聞いたのは、購入後のこと。伝えたい、広めたいモノ、コトに関しては、コストを考えずに提案する度量を感慨深く思った。結果的に滞在から1カ月が過ぎた現在も、里山十帖の洗面所で開封した歯ブラシはそのままへたれることなく活躍中だ。あのメッセージがなければ、なにも考えることなくふつうにプラスチック製の歯ブラシを使っていたことだろう。

 「僕たちはローカル・ガストロノミー(地域の風土と歴史、文化を料理に表現すること)を提唱し、世間にも浸透しつつありますが、それに関してはもう一歩踏み込み、先に進んだ発信をしたいと思っています」と岩佐氏が話す食に関する姿勢については次回、お伝えしたい。

ときにユーモアを交えながらきちんとコンセプトを語る客室のファイルと、食に対する真摯な姿勢が綴られた夕食時に卓上に用意される案内
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使い始めに毛が抜ける歯ブラシへの反応は賛否両論あるそうだが、筆者の場合は小回りがきく形状も気に入っている。中央は温泉水と米ぬかでつくった、オリジナルの石けん。肌がつるんとなり、こちらも自宅で愛用中
使い始めに毛が抜ける歯ブラシへの反応は賛否両論あるそうだが、筆者の場合は小回りがきく形状も気に入っている。中央は温泉水と米ぬかでつくった、オリジナルの石けん。肌がつるんとなり、こちらも自宅で愛用中
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(タイトル部のImage:松隈 直樹)