前回紹介した「長野県・阿部知事に聞く『信州リゾートテレワーク』の実力(前編)」は、大きな反響を呼んだ。後編の今回は、同県が取り組むさらなる多様な姿をリポートする。

コロナ禍で増える若い世代の移住者

 オンラインで仕事ができるリモートワークが一般的になるなか、移住の相談が増えているとの話を、最近各地で耳にするようになった。長野県知事・阿部守一氏によれば、実際その傾向は数字として表れているという。

 「2020年度の長野県への移住者数は、前年度比で103人増の2426人。とりわけ、2020年4月~2021年1月は転入超過が続きました。通常、何度か下見されて移住を決める場合が多いと思いますが、全国に緊急事態宣言が出された期間もあり、人の動きが抑制された状況での結果ですから、大都市から地方に移り住みたいと考える方は確実に増えていると思っています」

 長野県では、豊かな自然環境に加え、学年の枠を超えて子供たちが共に学ぶなど、ユニークな教育機関があることも背中を押しており、移住者に子育て世代が多いのが特徴だという。

「長野県に拠点を構え、豊かなライフスタイルを実現して欲しい。我々は多様な人、企業に『選ばれる長野県』を目指し、オール信州で移住やワーケーションに関する取り組みを進めています」と話す、長野県知事・阿部守一氏。取材は軽井沢のワークスペースからオンラインで行われた。現在、長野県では大都市圏からの人や企業の呼び込み強化のため、県内市町村や民間団体と連携した「信州回帰プロジェクト」が進められている (写真提供:長野県)
「長野県に拠点を構え、豊かなライフスタイルを実現して欲しい。我々は多様な人、企業に『選ばれる長野県』を目指し、オール信州で移住やワーケーションに関する取り組みを進めています」と話す、長野県知事・阿部守一氏。取材は軽井沢のワークスペースからオンラインで行われた。現在、長野県では大都市圏からの人や企業の呼び込み強化のため、県内市町村や民間団体と連携した「信州回帰プロジェクト」が進められている (写真提供:長野県)
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コワークスペースを地域活性化の拠点に

 群馬県との県境に位置する佐久市も、若い世代の移住者が増加しているエリア。東京から佐久平まで新幹線で約70分、隣接する軽井沢の街中まで車で30分程度と利便性も魅力だ。

 その佐久市で、2020年4月オープンしたのが「ワークテラス佐久」。2階建ての施設内は、個人の作業や打ち合わせに利用できる吹き抜けのオープンラウンジを囲むように、会議室やオフィス、個室などが設けられている。「固定会員ほか、利用者の多くはUターンを含めた30~40代の子育て世代の移住者です」と話すのは、自らも2020年秋にこの地に移り住んだ柳澤拓道氏。運営を担うスタッフの1人だが、名刺の肩書きには「まちづくりコーディネータ-」とある。

 「僕たちの意識としては、ここは単なる働く場ではなく、コミュニケーションの場。地域との結びつきを目指す拠点です。集まった方たちに、何かしら地域のために動いて欲しいという思いで活動しています」

 すなわち、ワークテラス佐久は、「個人や企業が共同で利用するだけではなく、情報交換や知識、スキルを共有する場」だと柳澤氏は話す。自然の中でのイベントも定期的に開催されるが、それもまた人のつながりを広げ、深めるため。その活動が開花して実りをもたらしたことで、ウェブサイトやパンフレット類の作成は市内や周辺に住む関係者で担えるようになり、宿泊施設やアーティストとの連携などが多数生じている。長野産の原材料をボタニカルに用いたクラフトジンも、地元の酒蔵との連携により誕生した。

ワークテラス佐久の柳澤拓道氏は、東京都出身。独立法人都市再生機構(UR)および国土交通省で、都心のまちづくり推進、組織運営などに従事した後、佐久市に移住。「静岡に住んでいた幼年期、田んぼに入りカエルをつかまえるような生活をしており、自分の子供にもそういう体験をさせたいと考える中、移住者が増えている佐久市なら周囲に溶け込みやすいではないかと思い、移住を決めました」(写真:松隈 直樹、以下注記のないものは同)。グラフは2020年4月〜2021年4月における月額会員数(資料提供:ワークテラス佐久) <a href="https://www.3saku.com/" target="_blank">https://www.3saku.com/</a>
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ワークテラス佐久の柳澤拓道氏は、東京都出身。独立法人都市再生機構(UR)および国土交通省で、都心のまちづくり推進、組織運営などに従事した後、佐久市に移住。「静岡に住んでいた幼年期、田んぼに入りカエルをつかまえるような生活をしており、自分の子供にもそういう体験をさせたいと考える中、移住者が増えている佐久市なら周囲に溶け込みやすいではないかと思い、移住を決めました」(写真:松隈 直樹、以下注記のないものは同)。グラフは2020年4月〜2021年4月における月額会員数(資料提供:ワークテラス佐久) <a href="https://www.3saku.com/" target="_blank">https://www.3saku.com/</a>
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ワークテラス佐久の柳澤拓道氏は、東京都出身。独立法人都市再生機構(UR)および国土交通省で、都心のまちづくり推進、組織運営などに従事した後、佐久市に移住。「静岡に住んでいた幼年期、田んぼに入りカエルをつかまえるような生活をしており、自分の子供にもそういう体験をさせたいと考える中、移住者が増えている佐久市なら周囲に溶け込みやすいではないかと思い、移住を決めました」(写真:松隈 直樹、以下注記のないものは同)。グラフは2020年4月〜2021年4月における月額会員数(資料提供:ワークテラス佐久) https://www.3saku.com/
吹き抜けのフロアを活用した開放感のあるワークスペース。取材の際にもまわりに気兼ねなくお話を伺えた。仕事に集中したい場合は、仕切られた半個室の空間を利用できる会員プランもある。5室のオフィススペースは現在満室。Wi-Fi、冷暖房設備が整っているため、オフィスビルを借りるよりもコストダウンが可能だという。個人会員の場合は、ここを拠点に起業、登記ができるのも魅力だ
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吹き抜けのフロアを活用した開放感のあるワークスペース。取材の際にもまわりに気兼ねなくお話を伺えた。仕事に集中したい場合は、仕切られた半個室の空間を利用できる会員プランもある。5室のオフィススペースは現在満室。Wi-Fi、冷暖房設備が整っているため、オフィスビルを借りるよりもコストダウンが可能だという。個人会員の場合は、ここを拠点に起業、登記ができるのも魅力だ
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吹き抜けのフロアを活用した開放感のあるワークスペース。取材の際にもまわりに気兼ねなくお話を伺えた。仕事に集中したい場合は、仕切られた半個室の空間を利用できる会員プランもある。5室のオフィススペースは現在満室。Wi-Fi、冷暖房設備が整っているため、オフィスビルを借りるよりもコストダウンが可能だという。個人会員の場合は、ここを拠点に起業、登記ができるのも魅力だ
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吹き抜けのフロアを活用した開放感のあるワークスペース。取材の際にもまわりに気兼ねなくお話を伺えた。仕事に集中したい場合は、仕切られた半個室の空間を利用できる会員プランもある。5室のオフィススペースは現在満室。Wi-Fi、冷暖房設備が整っているため、オフィスビルを借りるよりもコストダウンが可能だという。個人会員の場合は、ここを拠点に起業、登記ができるのも魅力だ

人材を集めるために重ねられる発信と活動

 地域内での経済循環が進む中、「佐久市で何か面白いことが起きている」と関心を持つ人が増えたことは、移住に少なからず影響しているようだ。

 都市部で少しずつ広がりつつある「副業推進トレンド」にも注目し、JR東日本と連携した首都圏向けの”副業スタートアップツアー”を企画。首都圏在住の128名が関心を示すなか、書類選考や面接等を経て6名が現地参加した。2021年度からは、佐久市と共に移住者、二地域居住者、あるいは副業を含めたフリーランスの人たちを地元企業と結びつけるマッチング事業をスタートする予定だ。

 「コロナ禍を受けてこれからは地方の時代だという声も聞こえてきますが、地域側が何もしなくても、都会から移住者が自然に集まるわけではありません。佐久ではこんなことができる、面白いことがあるという、受け入れ側の体勢とその発信が大切。ご自分のスキルを発揮して地域と関りたい。そういう思いで佐久市に目を向けてくださる方を増やしていく必要があると思っています」

 移住者が地域住民やそのコミュニティに親しく関わるのは容易ではないという話はよく聞くが、都会と地元の両方の事情を知るUターンの人が橋渡しの重要な役割を担ってくれるという話も興味深かった。これから先、人の動きが自由になれば、より面白い試みがこのワークテラス佐久から生まれるのではないか――。まるで森の中にいるような清々しさ覚えるジンの旨さを堪能し、わくわくするような出来事がもっと増えるに違いないと未来を思い描いた。

ワークテラス佐久の協業から誕生したクラフトジン「YOHAKHU」は、クマザサやクロモジ、リンゴなどのボタニカルで長野らしさを表現。首都圏でも人気を博している
ワークテラス佐久の協業から誕生したクラフトジン「YOHAKHU」は、クマザサやクロモジ、リンゴなどのボタニカルで長野らしさを表現。首都圏でも人気を博している
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地元環境を生かした美しい景色の中での交流会。開放感のある田園で開催された音楽イベントは、Uターンの人が地域農家との間を取り持ってくれた場で実現できたという (写真提供:ワークテラス佐久)
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地元環境を生かした美しい景色の中での交流会。開放感のある田園で開催された音楽イベントは、Uターンの人が地域農家との間を取り持ってくれた場で実現できたという (写真提供:ワークテラス佐久)
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地元環境を生かした美しい景色の中での交流会。開放感のある田園で開催された音楽イベントは、Uターンの人が地域農家との間を取り持ってくれた場で実現できたという (写真提供:ワークテラス佐久)

健康に主眼を置いた自然散策・森林セラピー

 森の中といえば……信州リゾートテレワークの取り組みを語る上で、ワーケーション施設やヘルスツーリズムのプログラムにも取り入れられている「森林セラピー」にも言及しておきたい。これは、森林セラピストと認定された専門家とともに、健康と未病を意識しながら森を歩くプログラム。森林セラピーソサエティが認定するセラピー基地は、2021年3月現在で全国に65カ所あり、そのうち長野県は10カ所と最も多い。

 その1つが、新潟県に隣接する北部の信濃町の「信濃町 癒しの森」だ。森林セラピストに先駆け、森林メディカルトレーナーという独自の資格を設け、早い時期から森の力を借りる保養型観光を推進してきた。いわゆるネイチャーガイドと、森林メディカルトレーナーあるいは森林セラピストの違いについて、双方の資格を持つ河西恒氏はこう話す。

 「自然と人をつなぐという役割は同じですが、森林メディカルトレーナーと森林セラピストは、より人に寄り添うというのが特徴です。参加者が森の力を引き寄せるのをアシストしながら、日常生活の中で閉じている感覚をほぐし、癒やしの扉を開く役割を担っています」

 信州リゾートテレワークの施設であり、県内唯一の法人向け貸切型リモートオフィス「信濃町ノマドワークセンター」でもプログラムにも組み込まれている森林セラピーを、河西氏と共に森を歩きながら体験してみた。

行動変容につながる森の中のひととき

 繰り出したのは、約1.2キロの道のりを3時間ほどかけて歩くコース。当日は生憎、時折小雨が降る天気で、本来なら見えるはずの野尻湖や黒姫山は霧に覆われていたが、よほどの悪天候でなければ決行されるそうだ。

 手足を伸ばす簡単なストレッチの後、幾度となく立ち止まる機会があった。クロモジをはじめ木々や葉の香りをかいだり、耳に手を当てて森の音を聞くことに集中したり、冷たい川の水に手をひたしたりと、五感への刺激が繰り返された。「プログラム内容や会話の展開は、参加者に合わせてその場で構築してきます」と河西氏は話す。

 「自然観察に興味があるのか、あるいは癒やしに重きを置きたいのか、どの程度自然環境に慣れ親しんでいらっしゃるのか。森林セラピーにおいて最も大切なのは、参加者が何を欲しているのかというヒアリングです。時間が許せば、前日にお話を聞いてプログラム内容を検討しますし、散策中でも会話を進めながら調整することがあります」

 極端なケースでは、会話を最小限にとどめ、自然環境を満喫してもらうこともあるという。森を深く知る河西氏の語りが興味深くてならない筆者たちは、質問を連発してひとときを満喫した。参加者は、企業研修から個人、家族連れまで多様。腹式呼吸を繰り返す丹田式呼吸法、自律神経機能のツボがあるといわれる爪の根元を小枝などで刺激する爪もみ療法などは、日常に戻ってからも「仕事中の気分転換として活用している」との声も多いという。

 森林セラピーで最も印象深かったのは、好きな場所を選び、そこにひとり寝転がって過ごした20分ほどのひととき。静寂の中、降る雨を真下から見上げた景色は忘れがたい。道中は大きなガマガエルに遭遇する幸運にも恵まれ、雨天でも行われるその理由が実感できた次第。霧にけぶる優しい景色の記憶もまた、日常の癒やしになっている。

「癒やしの森」を案内してくれた森林メディカルトレーナー・森林セラピストの河西恒氏も、東京からの移住者。ストレスがたまりがちな都市圏の働く環境をご存じなのが心強い
「癒やしの森」を案内してくれた森林メディカルトレーナー・森林セラピストの河西恒氏も、東京からの移住者。ストレスがたまりがちな都市圏の働く環境をご存じなのが心強い
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森の中での体験のごく一部。途中、地元産のルバーブのジャムやふきみそを、クラッカーに乗せて味わい休憩した。癒やしの森は、「(株)さとゆめ」「(一財)C.W.ニコル・アファンの森財団」「信濃町森林療法研究会-」の3件の民間団体が、町と連携しながら先駆的に活動を進めている。詳細はウェブサイトでご確認を <a href="http://iyashinomori.main.jp/" target="_blank">http://iyashinomori.main.jp/</a>
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森の中での体験のごく一部。途中、地元産のルバーブのジャムやふきみそを、クラッカーに乗せて味わい休憩した。癒やしの森は、「(株)さとゆめ」「(一財)C.W.ニコル・アファンの森財団」「信濃町森林療法研究会-」の3件の民間団体が、町と連携しながら先駆的に活動を進めている。詳細はウェブサイトでご確認を <a href="http://iyashinomori.main.jp/" target="_blank">http://iyashinomori.main.jp/</a>
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森の中での体験のごく一部。途中、地元産のルバーブのジャムやふきみそを、クラッカーに乗せて味わい休憩した。癒やしの森は、「(株)さとゆめ」「(一財)C.W.ニコル・アファンの森財団」「信濃町森林療法研究会-」の3件の民間団体が、町と連携しながら先駆的に活動を進めている。詳細はウェブサイトでご確認を <a href="http://iyashinomori.main.jp/" target="_blank">http://iyashinomori.main.jp/</a>
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森の中での体験のごく一部。途中、地元産のルバーブのジャムやふきみそを、クラッカーに乗せて味わい休憩した。癒やしの森は、「(株)さとゆめ」「(一財)C.W.ニコル・アファンの森財団」「信濃町森林療法研究会-」の3件の民間団体が、町と連携しながら先駆的に活動を進めている。詳細はウェブサイトでご確認を http://iyashinomori.main.jp/

さらなる人のつながりを目指して

 長野県では、今回紹介した他にも、香りに特化したハーバルヘルスツーリズム、信州巡礼を兼ねたウォーキングといった、ワーケーションで活用できる健康につながる多彩なプログラムが展開されている。そのため都市圏の企業などに向けた広報活動を継続しつつ、2021年度には「信州リゾート テレワーク推進チーム」を立ち上げ、情報交換会の開催を通じて地域のネットワーク形成や優良事例の横展開を支援。認知度を高め、さらなる活性化を目指す。

 一方で、「企業を中心として、ワーケーションの導入や実施がまだまだ進んでいない状況が、これからの課題です」とも阿部知事は話す。ワーケーションへの理解もさることながら、欧米では休暇扱いになるような制度が整っていないのもハードルであろう。

 欧米と比べれば、もともと日本社会は、仕事が優先されて当たり前であり、休むことに対して寛容ではない。働く側もまた、休暇に罪悪感を覚える風潮も残っているようだ。在宅勤務では、仕事に一区切りつけるタイミングを見計らうのが難しく、夜間のメールのやり取りを禁じた企業もあると聞く。リモートワークは、誰も見てないがゆえについ一生懸命働いてしまうとの声もある。

 きちんと働くために、きちんと休む。その意識改革のためにも、ワーケーションをより多くの方が体験することがまずは必要なのかもしれない。2021年初夏、仕事の合間の気分転換だった外で飲む1杯のビールが失われたことで、小さなストレスが心に積もった日々を経て、筆者もまた、人生には気分のメリハリが大事であることを再認識し、あらためて自分の働き方の有り様を考えている。

森林セラピー体験では、リクエストに応じ地元でつくられた「マクロビォティックお弁当」が用意される。食材は旬の野菜や豆類、穀物など。初夏のメニューは山菜が盛りだくさん。おいしい上に食感や味わいが工夫され、満足度は極めて高かった
森林セラピー体験では、リクエストに応じ地元でつくられた「マクロビォティックお弁当」が用意される。食材は旬の野菜や豆類、穀物など。初夏のメニューは山菜が盛りだくさん。おいしい上に食感や味わいが工夫され、満足度は極めて高かった
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森林散策による効果は、科学的にも検証されている(資料提供:長野県信濃町 ※スコアは脳波計より感性が取得できる感性アナライザを用いて算出)
森林散策による効果は、科学的にも検証されている(資料提供:長野県信濃町 ※スコアは脳波計より感性が取得できる感性アナライザを用いて算出)
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(タイトル部のImage:松隈 直樹)