ヘルスツーリズムのプログラムは、地域が持つ資産に新たな可能性をもたらし、活性化の牽引役となることが期待されている。これまでの検証を踏まえつつ、今回は青森県、本州最北端のウエルネスプログラム「下北半島のヒバの森と温泉でよみがえる」のユニークな取り組みをご紹介したい。

〈はじめに〉
今回の舞台の1つ、下北半島の風間浦村下風呂地区は、2021年8月上旬の大雨で土砂災害にみまわれた。人的被害こそなかったものの長らく断水が続き、東西につながる国道が複数箇所で遮断されたため孤立状態にあった。大間町をはじめ下風呂の先の地域もまた山越えの迂回路利用となったため、半島の広域で物流や移動に支障が生じていた。去る9月2日、ようやく東へと続く橋の一般車両通行が可能になり、西方面の道も9月中旬には開通する見通しが立った。まだ日常が完全に戻ったわけではないが、下北半島の今、そして未来に目を向けていただきたいとの思いから、ご紹介するツアーの主催者・島康子氏の了承を得て記事の掲載に至った次第だ。文末に記したマグロやアンコウのシーズンに向け、現在、懸命な努力が重ねられていること、彼の地をはじめ被災地が落ち着いた後の訪問が復興に寄与することをご留意いただきたい。なお、風間浦村では現在、観光復興支援金を募集している。詳細はこちら

産業遺産の線路に導かれ森の中を歩く

 1泊2日のツアーは、むつ市大畑町(おおはたまち)、奥薬研(おくやげん)温泉のウォーキングからスタート。マグロで知られる大間町から車で約50分の奥薬研温泉は、文字通り下北半島のかなり奥まったエリアに位置する。

 歩くのはヒバの森に囲まれた「薬研渓流散歩道」だが、足下に線路が続くのがふつうの渓流散策とは異なる。この線路は1962年まで、切り出したヒバの丸太を蒸気機関車が運んでいた森林鉄道。かつて全国各地に血管のように張り巡らされ、日本経済の発展を支えた森林鉄道は、最近になりその価値が見直されている産業遺産だ。

 ヒバの森や森林鉄道の歴史に関する説明を聞きながら歩きはじめたが、今にも列車が走ってきそうな景色が冒険心をくすぐる。人力で掘られたトンネル跡も、実に印象深かった。入口から先は見通せず、やがてあたりは真っ暗に。考えている余裕はなくなり、全ての感覚をフル回転。不安にかられながら歩みを進めるうち、光が差す出口が見えて安堵を覚えた。心が大きく揺れ動く、その変化がたまらなく面白い。

 成分に抗菌作用やリラックス効果があるヒノキチオールを含む、ヒバの森で横たわるひとときは、このまま放置してほしいと思ったほどの気持ちの良さ。細かい鱗片(りんぺん)状のヒバの葉に覆われた空の眺めは、ほかの森にも増して優しさがあふれているように感じた。

地域密着型の経験ツアーづくりを行うYプロジェクトの島康子氏はリクルート勤務を経て、1998年に故郷の大間にUターン。「まちおこしゲリラ」としてイベントから商品開発まで様々な取り組みにチャレンジし、2015年にはふるさとづくり大賞総務大臣賞を受賞。活動の詳細はYプロジェクトのウェブサイトでご確認いただきたい(写真:松隈 直樹、以下同) https://yproject.co.jp/
大阪の陣の後に逃げのびた豊臣方の武将が1615年に発見したといわれる奥薬研温泉は、古くからかっぱの伝説が語られてきた。その像(奥)のバランスポーズに似た姿をツアーに取り入れているのがあっぱれ。雨模様の当日、傘をさしてのアクションは、まさしくふきの葉を掲げるかっぱそっくりに
森林鉄道の線路に沿い1.8キロの道のりを歩く。青森ヒバは、弘前城や岩手県の中尊寺金色堂といった堅牢を要する建物に使われた。一帯は東北森林管理局の「大畑ヒバ施業実験林」となっており、ヒバの特性ほか詳しい解説板が設置されているのも興味深い。ガイドを務めるのは、結婚を機に移住した山口和歌子氏
真っ暗なトンネルにおそるおそる足を踏み入れる。暗闇恐怖症の筆者はかなり心拍数が上がったものの、その分、出口が見えたときの喜びはひとしお。現在は知る人ぞ知る存在だが、同様のアトラクション施設を新たに建築すれば多額の費用がかかるだろうと、もったいなく思う
ヒバの森散策の一番人気は、森の中で横たわって休憩する時間。ヒノキチオールの働きでヒバの森には下草が生えにくく、その分、視界が広がる開放感を得られる。休憩後は軽めのストレッチも。ツアー参加者には、清々しい香りのヒバウォーターがプレゼントされる