ゆったり癒される快適な環境でありながらも、自己啓発できるほどよい刺激がある――。自宅(ファーストプレイス)、職場や学校(セカンドプレイス)に加え、現代に生きる人々にはそんな「サードプレイス」が必要だと、1990年にアメリカの社会学者レイ・オルデンバーグは唱えた。歳月を経て社会状況が変わるなか、その解釈に深く踏み込んで強く訴える「ウェルネス・サードプレイス」を提唱するのが、琉球大学大学院観光科学研究科ウェルネス研究分野の荒川雅志教授だ。

 「日本でも昔から、無意識なサードプレイスの概念があったのかもしれません。しかしながらモノからコトへと社会が成熟し、物質的から精神的な豊かさへと求めるものが変わるなか、現在はより心身や魂の癒やしを得られる場所、すなわちウェルネス・サードプレイスが必要になってきていると思います」

荒川雅志教授は、福島県の出身。移住者だからこそ、沖縄の日常に潜んだウェルネス資源に気づけるのかもしれない。著書に「ウェルネスツーリズム~サードプレイスへの旅~」(編著/NPO 日本スパ振興協会・フレグランスジャーナル社)。ほか荒川教授の研究に関する詳細は、琉球大学のサイトをご参照いただきたい。https://health-tourism.skr.u-ryukyu.ac.jp(写真:松隈 直樹)

 荒川教授は2005年、ヘルスツーリズム研究と専門科目「ヘルスツーリズム論」を日本で初めて琉球大学において立ち上げた、この世界の先駆的存在。前回紹介したイーストホームタウン沖縄のリトリートツアーや、国内外のリゾートホテルが展開するウェルネスプランの開発や監修にも携わっている。

沖縄は日本人にとってのウェルネス・サードプレイス

 「ウェルネス・サードプレイスを自分の人生に組み込み、癒やしを得てリセットされれば、またがんばろうという活力を得られる」と話す荒川教授は、沖縄が持つ数多くのウェルネス資源に注目する。

コロナ禍において訪れた旅人は、いつも以上に沖縄の美しい海に癒やされたのではないか(写真提供:荒川 雅志氏)

 「沖縄の立ち位置は、ハワイやアジアといった海外のリゾート地と少々異なります。物理的、心理的には本土から距離感があるのに、日本人がほっとするのどかな原風景が残っている。さらには森、海をはじめ万物あらゆるものに神が宿るとする自然崇拝が見られ、ノロ(祭祀を司る女性)やユタ(シャーマン)といったアニミズムの伝統が受け継がれているのも特徴です」

 イタリアのサルディーニャ島ほか「ブルーゾーン(健康、長寿の人々が暮らす地域)」と呼ばれる5つのエリアのなかに、沖縄が含まれているのも貴重な資源のひとつ。

 「統計上では長寿県日本一の座を明け渡しましたが、多彩な食材や食文化、ライフスタイルなど、長年培われてきた長寿資源が失われたわけではありません」

 たんぱく質が豊富な豚肉や豆腐、ミネラル分を多く含む海藻類、在来種をはじめとする薬草や伝統野菜といった沖縄の暮らしに昔から根付いた食材は、今も市場などで普通に見られる。筆者のような、呑兵衛にとっては、ウコンもまた頼りになる存在だ。

モズクやニガナ、昆布を使う沖縄の郷土料理は、おいしく健やかなだけではなく泡盛の友としても最高なのが、呑兵衛にとっては悩ましい

 前回体験した沖縄の神話に関わる場所や世界遺産「斎場御嶽」のような祈りの場は、癒やしの効果をもたらす。時に冗談めかして語られることもあるのんびりとした沖縄時間は「スローライフ」、リゾートは都市圏からの「リトリート」(回避)、青い海は「タラソセラピー」(自然療法)の場になど、これまでなされていた沖縄の魅力に関する発信の転換を荒川教授は提唱する。いずれも現代の我々にとって魅せられるテーマであり、とりわけコロナ禍においてはいっそう輝いて見える。

 「これまで観光地として生きてきた沖縄は、このコロナ禍で変わらなければならないと僕は思っています。沖縄の価値を正しく発揮し、理解され、ウェルネス・サードプレイスとして人々の人生に組み込まれていく。観光地と呼ばれなくなってはじめて、消費される島からの脱却が始まる。結果的にライフスタイル産業へと舵を切り替えられれば、それが地に足のついた産業基盤になっていくはずです」

ヘルスツーリズムの目的は単なる「健康」ではない

 ヘルスツーリズムという視点で眺めれば、沖縄は確かに魅力にあふれるが、ここで基本に立ち返ると、実はヘルスツーリズムという呼称は日本独自のものだと荒川教授は話す。海外の認識ではヘルスはメディカルに近い意味があり、ツーリーズムにおいてはウェルネスという言葉が広く使われているそうだ。

 「ウェルネスとは、より良く生きるライフスタイルのあり方。海外においては、ウェルネスツーリズムと呼ばれるスパツーリズムが主流です。スパ施設を備えたラグジュアリー施設に滞在し、ゆっくり保養する。一方で、地域ならではの資源を有効に活用して健康への行動変容を促す、日本のヘルスツーリズムは独自のもの。ですからインバウンドの観光客に発信できるポテンシャルがあるはずですし、たとえば『日本型ヘルスツーリズム』と名付け、そのプログラムやスキームを輸出することもできるでしょう」

沖縄各地には小さな祠が見られ、地元に人々が日々の暮らしのなかで手を合わせる(写真:松隈 直樹、以下同)

 とはいえ、ヘルスツーリズムの目的は単に体が健やかになることや長寿ではなく、ウェルネスを組み込んでいかなければ、ビジネスとして成長しないとも。

 「生きがいのある豊かな人生を歩んでこそ、健康。また、たとえば単に歩くことが体にいいと打ち出しだけでは、多くの人の心には響きません。それが美容や格好良さにつながるというような、ライフスタイルやファッションセンスに訴え、強いインパクトを与える高度なアプローチをしないと確実な行動変容にはつながらない。さらには、健康にとらわれているうちはその関連企業しか巻き込めませんが、ウェルネスをテーマにすれば幅広い産業と手を組める。ヘルスからウェルネスへ。このサイトの名称ではありませんが、まさしく『Beyond Health(ビヨンドヘルス)』、健康のその先への意識がこれから大事なんです」

ビヨンドコロナを見据えたジャパンブランドウェルネス

 日本は世界随一の長寿国であり、さらには発酵食を含む和食、温泉といった資源を考えれば、話は沖縄だけにとどまらない。荒川教授はそれを、インバウンドに向けたジャパンブランドウェルネスとして位置づける。

 「たとえば全国津々浦々に何千、何万とある寺社仏閣を宗教の枠組みだけでくくったり、あるいは観光資源としてのみ消費したりというのはもったいなさすぎます。そこにウェルネスという概念を積み上げましょうと、というのが僕の提案。食から芸能、果ては世界遺産まで、今ある観光資源のすべてが、『ウェルネス資源』としてあらたな価値を生み出せるのではないでしょうか」

荒川教授は現在、「コーヒーウェルネス論」を唱え、日本一のコーヒー関連蔵書数を誇る研究室から「沖縄産コーヒー」の発信にも努める。泡盛に関してもまた、「泡盛ウェルネス論」という新しい切り口で取り組んでいる。2021年には翻訳・監修を担う米国のベストセラー書「The Blue Zone」(ザ・ブルーゾーン:著/ダン・ビュイトナー、タイトルは原題)を出版予定

 コロナ禍終息の予測はつかないが、やまない雨はない。インバウンドの観光客は、将来的に確実に日本に戻ってくる。とはいえ、心の有りようは以前と少々異なるに違いない。精神的に疲弊しているのは、世界中、皆、同じだ。

 「ふと立ち止まっていろいろ考えるきっかけができたという点で、コロナ禍は大きな転換期になるのではないでしょうか。誤解を恐れずに言えば、僕はチャンスだととらえたい」

 この連載にとっても、コロナ禍は転換期か。ジャパンブランドウェルネスという非常に興味深い話をふまえれば、ヘルスツーリズムの概念を広げていく必要がありそうだ。というわけで引き続き、各地の様々な取り組みをご紹介していきたい。

(タイトル部のImage:松隈 直樹)