意図的な“不便”が五感を刺激する

 「豊かさへの感度」は、実は滞在するだけでも刺激される。「谷の集落」と名付けられた星のや軽井沢の敷地は、約1万3000坪。複数の棟に分かれた全77室の客室、2箇所の温泉施設、メインダイニング、ショップなどが広く点在するため、おのずと木々のなかを歩くことになるのだ。

 「この集落内には、現代人が不便だと感じることが意図的にちりばめられています。棟が分かれているのは、周辺にいる野鳥の存在にふれつつ、程よい疲れを得ていただくため。空間のデザインは、日常から離脱が目的。客室をはじめ全体の照明を落としているのは、陰影がもたらす雰囲気を大事にしているからです」

「忙しなく観光地をまわった上での1泊2食の宿泊ではなく、2泊3日かけてゆっくり過ごしていただく。2005年開業の星のや軽井沢がご提案したかったのは、当時まだ国内ではあまり見られなかった滞在型の旅でした。そのひとときを楽しんでいただくために生まれたのが、数々の体験プログラムです」と話す、星のや軽井沢・総支配人の金子尚矢氏
ステージのように段差が設けられたダイニング。川が流れる敷地内は、複数の橋を越えて移動。途中、水鳥や森に住む野鳥と出会える機会が多々ある

 敷地内の灯りは頼りなく、夜は客室に備えられた懐中電灯を持ち歩く必要があるほどだったが、その分、まさしく田舎の集落滞在にも似た趣にひたれた。棚田にも似た設計のメインダイニングは階段をのぼるつくりだが、眺めはインパクトがあり、朝昼晩、趣の異なる印象ももたらしていた。一方でバリアフリーとは対極にあるのが気になったが、車椅子の客は少なくないという。

 「車椅子のお客さまは、人力や専用車で最大限対応しています。先々、この状況が変わることはないでしょう。星のやのコンセプトは、日常からの乖離。非日常を突き詰めた世界観を失っては、本末転倒です。施設の個性をまずは重視した上で、お客さまに応じたおもてなしをと我々は考えています」

 日常からの乖離。これもまた、ウェルネスにつながる大きなポイントだ。このあたりに焦点を当て、次々回も引き続き星野リゾートの取り組みをご紹介していきたい。

 ちなみに、ウォーキングの術は旅後も実践。自分の意志というよりも、体が一度知った快感を追い求めているような感覚なのが面白い。地域プロデューサー木谷敏雄氏(連載第2回)が語っていた「行動変容」が、どうやら自分のなかには生じているらしい。

(タイトル部のImage:松隈 直樹)