ビジネスであれプライベートであれ、旅行に出かける際、宿泊施設の選択を要視される方は多いだろう。旅の楽しみを綴る原稿においても、宿は背骨のような存在。日頃から情報収集に努めているが、ここ数年、国内外を問わず健康や癒やしといった単語が頻繁に目に留まる。なかでも独自性の高い展開で興味をひかれるのは、星野リゾートの体験プログラムだ。

 星野佳路氏が代表を務める星野リゾートは2019年11月現在、海外を含めて40の宿泊施設を有する。実は、2017年頃からグループ全体でウェルネスプログラムの開発に焦点をおいているという。その背景と取り組みについて、1914年創業の「星野温泉旅館」に端を発し、2005年にオープンしたグループのフラッグシップ的存在、「星のや軽井沢」の総支配人・金子尚矢氏に話をうかがった。

水辺に面した客室をはじめ、星のや軽井沢は四季の自然の美しさを体感できるつくり(写真:松隈 直樹、以下同)

 ウェルネスとは、1961年に米国の医師ハルバート・ダンによって『輝くように生き生きしている状態』と提唱された。心身ともに健康である生活を意味する。「その市場は、世界的に見ても非常に大きい。ウェルネスといえば星野リゾートと言われるようになりたいとの思いを込め、長期的な展望をもって新規プログラムの開発に力を注いでいます」と金子氏は話す。

 すべてをゼロから構築していくだけではなく、もともとのプログラムをウェルネスをテーマに調整する取り組みも進められている。そのひとつが、隣接する「国設 軽井沢野鳥の森」をはじめ豊かな自然に恵まれた環境を生かし、10年以上前から続けられてきた星のや軽井沢の「森林養生」だ。

専門家の指導を受ける本格的なプログラム

 養生プログラムとして誕生した当時は、マウンテンバイクツアーなどハードなコンテンツも含まれていたが、ウェルネスを意識しながら楽しさを加味する調整がなされたという説明と、「養生」のやわらかな響きから、心に重きをおいた内容だと想定していたのだが…。

 軽井沢の森でリフレッシュ! その程度の軽い気持ちで臨んだプログラムは、体調や日常生活を細かく確認するコンサルテーションからスタート。日頃の不健康な生活習慣や運動量の少なさが、回答を歯切れの悪いものにする。さらには姿勢を見るために正面とサイドから全身を撮影すると聞き、心臓がきゅっとなった。果たして、めいっぱい取り繕ってみたものの、猫背や体のゆがみはあきらか。厳しい現実を目の当たりにし、このプログラムが単なるリラクゼーション目的ではないことを認識する。

コンサルテーションでは、細かい質問事項が用意されている。その後に撮影された写真はお恥ずかしい限りだが、違いを感じていただくためにも勇気をふりしぼって公開したい

 ウォーキングの舞台である森に移動した後は、まず歩き方のチェック。姿勢の悪さに加えて歩幅の狭さが指摘され、改善を目指すアドバイスを受けて歩き出す。足を広げて手を振り、視線は10~15m先に…。続けるうちに体がほぐれ、木々のざわめきや川のせせらぎが心にしみていく。

 コンサルテーションからウォーキング指南、その後の指圧まで担うのは、あん摩マッサージ指圧師/針師/灸師の国家資格を備えた専任のスタッフだ。

歩き方の指導を受けた後、森のなかを気持ち良くウォーキング。道は整備されており、年配の方々が気軽に散策を楽しむ姿も見られた

体がなにかを探求をしはじめた森でのひととき

 温泉で寛いだ後の夕食は、糖質控えめが念頭におかれているものの、川の幸、山の幸を贅沢に使った美味揃い。体を動かしたせいか猛烈に空腹を感じ、やさしい味わいの品々をきれいに平らげた。その後は、ベッドに入ったとたん熟睡。テレビが置かれていないことに気づいたのは、翌朝のことだ。

長野県佐久市の名産品である鯉が盛り込まれた夕食のお造り。ノドグロの杉板焼きや鳥のつみれ鍋など、香りで魅せる品も多い
朝食は汁物、だし巻き卵などほぼすべての献立のベースに、野菜のだしを使用。起き抜けの体にすうっとしみるおいしさ

 朝食後は、久しぶりの乗馬。不安を抱えつつの幕開けだったが、馬がのんびりとした性格だったことも手伝い、焦ることなくバランスを模索。ああでもないこうでもないと体を調整するうちに、なんとなくではあるがいつしか背骨と骨盤がいい感じのポジションに落ち着いた。これは体幹が鍛えられている? などと思いながら馬上から爽やかな緑の景色を堪能し、無事に終了!

 だったはずが、鞍をはずした馬にまたがる体験をすすめられる。脳内には「無理!」の文字が躍ったが、スタッフの力を借りて馬の背にしがみつき、なんとかなんとか。ささやかな達成感と馬の肌から直接太ももに伝わってきた実に気持ち良い温もりに、思わず笑顔になった。

馬上から眺める森は、気持ち良さが格段にアップ。鞍をはずした馬の背ストレッチや360度ぐるり向きを変える動きは、体幹を整える効果があるそうだ。内容は客のリクエストや状況により、調整される

 その後も指導を意識してのウォーキングや入浴、指圧を重ね、終了時にはふたたびコンサルテーションと写真撮影。想定していた気楽な内容とは異なったものの、心の充実度は高く、気のせいかほんの少々丸まった背中が伸びたような気も。洒落た雰囲気をまといつつ、質実。星野リゾートの体験プログラムの人気の秘密を垣間見たように思えた。

 森林養生を通し、筆者のように日常的に自分にかかっていた負荷やゆがみに気づく体験者は多いそうだ。「森のなかで動物の存在や木々のざわめき、土の匂いなどを感じることで、豊かさへの感度が上がる効果もあると思います」と金子氏はいう。

わずかながら変化が生じた気がする体験後。滞在中の経験が日常で反映できるよう、各種アドバイスが記された「森林養生読本」が渡される

意図的な“不便”が五感を刺激する

 「豊かさへの感度」は、実は滞在するだけでも刺激される。「谷の集落」と名付けられた星のや軽井沢の敷地は、約1万3000坪。複数の棟に分かれた全77室の客室、2箇所の温泉施設、メインダイニング、ショップなどが広く点在するため、おのずと木々のなかを歩くことになるのだ。

 「この集落内には、現代人が不便だと感じることが意図的にちりばめられています。棟が分かれているのは、周辺にいる野鳥の存在にふれつつ、程よい疲れを得ていただくため。空間のデザインは、日常から離脱が目的。客室をはじめ全体の照明を落としているのは、陰影がもたらす雰囲気を大事にしているからです」

「忙しなく観光地をまわった上での1泊2食の宿泊ではなく、2泊3日かけてゆっくり過ごしていただく。2005年開業の星のや軽井沢がご提案したかったのは、当時まだ国内ではあまり見られなかった滞在型の旅でした。そのひとときを楽しんでいただくために生まれたのが、数々の体験プログラムです」と話す、星のや軽井沢・総支配人の金子尚矢氏
ステージのように段差が設けられたダイニング。川が流れる敷地内は、複数の橋を越えて移動。途中、水鳥や森に住む野鳥と出会える機会が多々ある

 敷地内の灯りは頼りなく、夜は客室に備えられた懐中電灯を持ち歩く必要があるほどだったが、その分、まさしく田舎の集落滞在にも似た趣にひたれた。棚田にも似た設計のメインダイニングは階段をのぼるつくりだが、眺めはインパクトがあり、朝昼晩、趣の異なる印象ももたらしていた。一方でバリアフリーとは対極にあるのが気になったが、車椅子の客は少なくないという。

 「車椅子のお客さまは、人力や専用車で最大限対応しています。先々、この状況が変わることはないでしょう。星のやのコンセプトは、日常からの乖離。非日常を突き詰めた世界観を失っては、本末転倒です。施設の個性をまずは重視した上で、お客さまに応じたおもてなしをと我々は考えています」

 日常からの乖離。これもまた、ウェルネスにつながる大きなポイントだ。このあたりに焦点を当て、次々回も引き続き星野リゾートの取り組みをご紹介していきたい。

 ちなみに、ウォーキングの術は旅後も実践。自分の意志というよりも、体が一度知った快感を追い求めているような感覚なのが面白い。地域プロデューサー木谷敏雄氏(連載第2回)が語っていた「行動変容」が、どうやら自分のなかには生じているらしい。

(タイトル部のImage:松隈 直樹)