近年、新たな観光の流れとして、世界各国で注目されているのが「ダークツーリズム」だ。ダークツーリズムとは1990年代にイギリスの学者が提唱した戦跡や災害被災地を訪ねる旅のスタイルで、ブラックツーリズム、悲しみのツーリズムとも呼ばれる。実際、コロナ禍前には広島県の世界遺産である原爆ドームや原爆資料館が、インバウンドの人気観光スポットとして常に上位にあった。
2011年3月11日に起きた東日本大震災から10年が過ぎた今、東北各地で記念館や伝承館が誕生する中、宮城県南三陸町で震災の記憶やその後を自らの言葉で語る人たちを訪ねてみた。
10年間で40万人が参加した語り部バス
東日本大震災において、宮城県南三陸町では人口約1万7600人のうち死者、行方不明者が合わせて800人超、町の6割に相当する約3300戸が全半壊という甚大な被害を受けた。「南三陸ホテル観洋」の「語り部バス」は、復興を経て大きく変わった町を、当時の記憶を振り返りながら毎朝走る。
ホテルのスタッフが「語り部」を務めるこの取り組みを牽引してきた一人、営業・企画を担う伊藤俊氏によれば、震災直後の夏、道も標識も失われた状況で視察に訪れた人がとまどう中、ホテル側で案内したのがきっかけとなり、2012年2月1日に現在の語り部バスがスタートしたという。以来、コロナ禍の一時期を除いて毎日催行され、参加者は延べ40万人にも上る。修学旅行や企業研修など団体客も多く、その対応のために語り部は外部にも広がり、2021年秋の時点で約20名を数える。
60分のツアーで巡る場所は既に更地になっていたり工事が行われていたりと、背景を知らなければ通り過ぎてしまうような場所も含まれるが、写真とともに当時の様子を聞けば、人々の不安や恐怖に思いが至って目頭が熱くなる。とはいえ語り部が伝えたいのは、被災した辛さや悲しみだけではないと伊藤氏は話す。