すべてを流した津波が変えた養殖業
震災によって変わったのは、南三陸町の陸の景色だけでない。海にもまた大きな変革があったと話すのは、地元の海産物を広く全国に向けて販売する「たみこの海パック」の阿部民子氏だ。
南三陸町の志津川湾はもともとカキやホヤ、ワカメなどの養殖業が盛んだったが、震災前は過剰な密植により質の低下が問題視されていたという。
「以前は早朝から夜中まで、とにかく働け、働け、少しでも多く採れという感じでした。漁師は一匹狼の世界。競い合った結果が密植になった。このままではいけない、と漁師たちが思っていた矢先の津波でした」
全てが流されてしまった海を前に、南三陸町の漁師たちが幾度もの話し合いを経て選んだのは、筏を1/3に減らし、計画的に設置する試みだ。
「当時はまだ仮設住宅にいた上、筏が減れば減収になるのではと、漁師も家族も不安でいっぱいでした。葛藤からの始まりでしたが、まずやってみるべ、ダメだったらまた戻せばいいさと……」
その結果、例えばカキなら水揚げまで2~3年かかっていたのが1年になり、身の質や売り上げは向上。コストや作業時間は軽減され、価格や収入は安定するように。震災前は高齢者がほとんどだったが、後継者となる若い世代が増えるという思いがけない流れも生まれた。
さらには2016年に、阿部氏の地元である戸倉地区のカキがASC認証(環境に負担をかけない養殖への国際認証)を取得。それに先駆け、海に滋養をもたらす山の森が2015年にFSC認証を取得(森林管理の国際認証)。海、山ともに国際認証を取得したのは、南三陸町が世界初だ。加えて2018年、志津川湾がラムサール条約(湿地の保存に関する国際条約)に登録される。
美しい海が戻ってきた。漁師の暮らしが健やかになった。阿部氏は劇的に変化を遂げたその物語を伝えたいと、紙芝居とともに旅行者や子どもたちに語る活動を始め、SDGsが広く注目されつつある中、やがてその取り組みに対して大学や企業の研修の場から声がかかるようになる。