豊かな海を守るために語り続ける

 「環境のことなど、以前は誰も考えていませんでした。海は自分のもの、という感覚です。津波の被害で失ったものは多いですが、一方で海からの恩恵に改めて気づかされました。漁師も家族も意識が変わり、海と共存しながら暮らしていこうという思いが生まれています」

 阿部氏が発送する商品にも海や漁師の物語が丁寧に語られたリーフレットが添えられ、消費者は南三陸町へと思いを馳せられる。

 「南三陸の海産物をおいしく召し上がってほしい、というのがまず第一です。さらには、なぜ、どういう環境でおいしく育ったのかを一人でも多くの方に考えていただければ嬉しいですね。皆さまの消費は、豊かな海を持続して守ろうとする漁業者を支える。間接的に環境問題に関われますし、誰がつくっているのか分かるので食の安全にもつながる。一緒に海を守りましょう、という思いです」

 阿部氏の暮らしも、日々夫の漁船に乗り養殖業を手伝い、時にはへとへとになるまで働いていた震災前とは大きく変わった。とはいえ、当初は正直なところ、町から逃げ出したい思いだったそうだ。

 「近所の方が津波に飲み込まれたのを見ていますし、義父も亡くなりました。さらには余震がずっと続き、波の音を聞くのも辛かった。私自身は、海にもう行けないと感じていました。でも、『俺には海しかない』とここで漁師を続ける夫の覚悟を聞き、自分ができることとして考えたのが海の幸の発送です」

 ボランティアをはじめ南三陸町に関わった人たちに、少しずつ復興している状況を伝えたいという思いもあったそうだ。

 「この仕事を始めて、多くの人の声に励まされました。人生、何があるか分かりませんね。地元を離れて仙台で暮らしていた長男が、海で働くために孫を連れて帰ってきたんです。震災の後だけに、まさか夢にも思っていませんでした」

 語り部バスの伊藤氏や阿部氏とお会いして思い出したのは、広島でのひとときだ。これまで海外で何度か戦争記念館を訪れた際に受けとめたのは、強く徹底した悲しみや怒りの訴えだった。ところが原爆資料館の展示は、それを包み込む優しさを感じて涙がこぼれた。南三陸町でもまた、然り。

 旅の業界ではダークツーリズムという名称をピースツーリズムに置き換えようという動きもあると聞くが、原爆ドームや南三陸町での体験はその表現がまさしくふさわしいという印象だ。苦難を乗り越えて前に進もうとする人間の強さ、助けられたことへの感謝を語る温もりを一人でも多くの方に触れていただきたいと思っている。

 最後に南三陸町のカキやホヤ、ワカメなどを味わい、筆者の美味ランキングが大きく変わったことにも触れておきたい。とりわけぷっくりとしたカキは、これからの季節に旨さを増す。

GPS管理による設計図をもとにした、現在の志津川湾の養殖場。かつては漁船がぎりぎりの状態で行き来したほど、ぎっしり筏が並んでいたという
GPS管理による設計図をもとにした、現在の志津川湾の養殖場。かつては漁船がぎりぎりの状態で行き来したほど、ぎっしり筏が並んでいたという
[画像のクリックで別ページへ]
漁船で養殖場を訪れる体験ツアーやワカメに関する知識を得てふりかけをつくるワークショップも開催。年齢や目的に応じて、海を語る紙芝居は複数用意されている (写真提供:たみこの海パック)
[画像のクリックで別ページへ]
漁船で養殖場を訪れる体験ツアーやワカメに関する知識を得てふりかけをつくるワークショップも開催。年齢や目的に応じて、海を語る紙芝居は複数用意されている (写真提供:たみこの海パック)
[画像のクリックで別ページへ]
漁船で養殖場を訪れる体験ツアーやワカメに関する知識を得てふりかけをつくるワークショップも開催。年齢や目的に応じて、海を語る紙芝居は複数用意されている (写真提供:たみこの海パック)

(タイトル部のImage:松隈 直樹)