圧倒的な歴史に魅了される

 西洋医学界のエリートであるツィム教授が、中医学の専門家へと方向転換したきっかけとは何だったのか。

 「1989年、香港返還時の行政長官が、香港を中医学のハブにしようという計画を立て、その調査研究チームに私も招聘された。元々、歴史に強い興味を持っていたこともあり、西洋薬の発明よりも遙か昔から存在する中医学医療の奥深さを目の当たりにして、大きな衝撃を受けた」

 例えば、12世紀に北宋の市街地の様子を描いた、6mを超える有名な都市風俗絵巻「清明上河図」には、小児科、内科、薬局、診療所など6カ所が描かれている。飲食店の10カ所に次ぐ多さで、中医学医療が当時からいかに生活と密接に関わっていたかを教えてくれる。

現在は台湾の故宮博物館に所蔵されている、北宋の宮廷画家・張択端が描いた「清明上河図」。黄色の円部分に中医の診療所や薬局などが描かれている(資料提供:Centre for Chinese Medicine)