7~8月に再び香港で拡大した新型コロナ第三波は、9月に入り収束しつつある。飲食業界への入店人数や開店時間などの厳しい規制が緩まり、夏休み明けからオンライン授業が続いていた学生も、ようやく通学が再開された。政治的不安は日本でも報道されている通りではあるが、市民の日常生活では今のところ大きな変化はなかったりする。

平常運転が近づいていると言える一方で、なくなる気配はないコロナと共に生きる覚悟を決めて、一変したライフスタイルや新たに生まれた需要にどれだけ合わせていけるかが、あらゆる業界で生き残りの鍵となっている。

前回に続き、さまざまな分野で培ってきた技術を生かしながら、コロナ禍ならではのニーズに対応する製品を開発している、香港ならではのスタートアップ企業を追う。今回は「5G、ロボット技術、AI、クラウド、IoTなどの最先端技術を、エコロジー(教育、健康など)に融合させて、よりよい生活を作る」ことをミッションとするRoborn社を訪ねてみた。

ICTでより良い生活を作るスタートアップ、Roborn

 2017年に創業されたRobornは、サイエンスパークと並ぶ香港のハイテクハブとして知られる香港島南部のサイバーポートにある。

Robornのオフィスには、開発者マーク・マク氏にうり二つのMEロボットが展示されている
Robornのオフィスには、開発者マーク・マク氏にうり二つのMEロボットが展示されている
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 2018年に発表した「ME」は、操作者と1:1のサイズで作られ、先進的な動作検知技術とアルゴリズムを備えており、5Gを生かした遠隔地から携帯しやすい軽量コントローラーを使って操作者の動きを繊細に再現できるヒューマナイド・ロボット。頭に一人称視点のカメラを内蔵し、操作者のVRゴーグルにより上下左右に頭を動かすこともできる。まさに「ME=自分の身代わり」として、危険地域などの観察をスムーズにこなすのに最適だ。

 ロボット技術で示した斬新な発想と技術力の豊かさが評価され、スタートアップ企業ながら中国最大手で世界最大の携帯電話事業者である中国移動通信の5G戦略パートナーに抜擢されたほか、「香港ICTアワード2019」では、「スタートアップ企業大賞」を受賞するなど、目覚ましい活躍をしている。

繊細さが自慢の動作検知技術を使ったロボットアームの遠隔操作。卵の殻に割れ目が入るところで止められる。実際にやってみると、物体の触感が自分の手に伝わる感覚があった
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繊細さが自慢の動作検知技術を使ったロボットアームの遠隔操作。卵の殻に割れ目が入るところで止められる。実際にやってみると、物体の触感が自分の手に伝わる感覚があった
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繊細さが自慢の動作検知技術を使ったロボットアームの遠隔操作。卵の殻に割れ目が入るところで止められる。実際にやってみると、物体の触感が自分の手に伝わる感覚があった

 創業者は最先端技術担当のマーク・マク氏、実務担当のエデン・ルー氏。後にポートフォリオと戦略担当のラリー・プーン教授が加わった。

 「Robornには二つの柱がある。一つは市場より遙かに先を行くクリエイティビティと最先端技術。もう一つは市場のニーズを確実に捉えたソリューションとなる商業化」と淀みなく語るのは、プーン教授。

Robornで紫外線による自動殺菌ロボットUNICORNの前に立つ、共同創業者のマーク・マク氏(右)とラリー・プーン教授
Robornで紫外線による自動殺菌ロボットUNICORNの前に立つ、共同創業者のマーク・マク氏(右)とラリー・プーン教授
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 プーン教授、実は、かつてマク氏とルー氏が通ったCUHK(中文大学) MBAの現役教授であり、アジア太平洋地域で多数の企業の経営に関わっている熟練の事業家。CUHK MBAは1960年代に創設されたアジア最初のMBAプログラムとして、ファイナンシャル・タイムズ世界MBAランキングで2020年は50位に位置する名門校。二人とは師弟の関係からビジネスパートナーに発展し、RobornのCEO兼共同創業者に就任している。

コロナの出現で大きく方向転換

 この日は、サイバーパークのオフィスで、マク氏とプーン教授に話をうかがった。

 「マークの天才的な閃きを生かした高度な製品を作りつつ、収益をきちんと得てそれを研究開発に回すというサイクルをしっかり構築するのが私の役目。昨年、5Gロボティックス分野で認知されて自信を蓄えたことも、才能豊かな若き技術者にとって重要な過程だった」とプーン教授。

 最先端技術追求する第一の柱に属する代表製品が「ME」なら、市場の要求に応える第二の柱となるのが、コロナ禍に対応した製品の数々。

 Robornでは建設現場や教育現場を主なターゲット市場と想定していたものの、2020年に入ってからのコロナウィルスの出現で大きく方向転換することになった。

サイバーポート内を自在に動き回るPEP-3000と、機電工程署での導入時(写真:Roborn提供)
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サイバーポート内を自在に動き回るPEP-3000と、機電工程署での導入時(写真:Roborn提供)
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サイバーポート内を自在に動き回るPEP-3000と、機電工程署での導入時(写真:Roborn提供)

 「今年1月23日に香港でコロナ初感染者が出た日、プーン教授から電話が来て、『非常に危うい状況のようだ。Robornならではのロボットを作って、政府の感染対策に協力しよう』と話し合った。その後不眠不休で、ロボット開発のみならず、プルーフ・オブ・コンセプト(概念実証)まで15日間で完成させたのが、完全自走の体温計測ロボットPEP-3000」とマク氏。

 短期間で作り上げた体温計測という点は前回のInsight Technologies社と同じだが、香港でのコロナ発症のニュースに合わせて、それぞれの得意分野や既存技術、企業哲学により、完成した製品の個性が全く異なるところが面白い。

PEP-3000の管理画面。筆者がマスクをしている、体温が平温であることが表示されている。完全自走ができるが、オペレーターが遠隔操作するアバターモードも選べる
PEP-3000の管理画面。筆者がマスクをしている、体温が平温であることが表示されている。完全自走ができるが、オペレーターが遠隔操作するアバターモードも選べる
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 障害物を避けながら動く監視ロボットPEP-3000の自慢は、アジリティ(敏捷性)。

 「朝は入口の近くで出勤者の体温チェック。その後、館内を動いて昼は食堂へ移動するなど、ロボットがスケジュールを把握して動く。熱い飲み物を持っている場合などの誤作動を防ぐために、人体を認識して額周辺のみを計測するように調節している。導入先のニーズに合わせて機能を取捨選択してインストールされているが、フル機能版では、顔認識に紐付けた個人の健康情報と比較して、平熱よりどれだけ高いかを比較したり、ロボットが移動中に撮影した写真とビデオを管理オフィスに送信したり。高熱者の館内での動きを把握してアラームを鳴らし警備員を派遣することも可能になっている」

PEP-3000の他にも、老人ホームや保育園などで、館内で倒れた人を係員に知らせるAIシステム(左)など、「観察+サービス」を行うロボットにより、人材不足を補いつつ利用者の安全性を高める製品を次々と開発している。右は交通管理のためにリアルタイムでバス停に並ぶ人数を数えるシステム
PEP-3000の他にも、老人ホームや保育園などで、館内で倒れた人を係員に知らせるAIシステム(左)など、「観察+サービス」を行うロボットにより、人材不足を補いつつ利用者の安全性を高める製品を次々と開発している。右は交通管理のためにリアルタイムでバス停に並ぶ人数を数えるシステム
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 PEP-3000は、香港の科学技術省である「機電工程署」に複数台の他、国土交通省に当たる「運輸署」の運転免許事務所など、複数の政府機関省庁に導入されている。参考価格は1台580万円前後とのこと。

コロナ時代ならではの徹底殺菌ロボット

 Roborn社の姿勢には、香港の企業ならではの個性があるのだろうか。プーン教授の答えは以下の通り。

 「革新的なアイデアやイノベーションを好み、問題を発見したら一点集中して迅速に解決策を生み出し効率よく対応するというのは、確かに香港人が得意とすることだね」

グループデスクでアイデア出しから問題解決まで共に行うのがRobornのオフィススタイルとして、最近定着してきたそう
グループデスクでアイデア出しから問題解決まで共に行うのがRobornのオフィススタイルとして、最近定着してきたそう
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 そんな個性と最先端技術を総動員して、人の暮らしを向上させる製品を作るというRoborn社らしさが組み合わされた、コロナ禍がきっかけになった製品を2つ紹介しよう。

 紫外線を照らしながら移動し、コロナウィルスを含めたウィルスを99.99%殺菌するロボットUNICORN。100m2の殺菌を10分間で終了できる。

デモ用にLEDライトを使ったUNICORNのサンプル機が、オフィス内を練り歩く。アームの角度に工夫があり、清掃が行き届きにくい天井にも紫外線が到達する(右:Roborn提供)
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デモ用にLEDライトを使ったUNICORNのサンプル機が、オフィス内を練り歩く。アームの角度に工夫があり、清掃が行き届きにくい天井にも紫外線が到達する(右:Roborn提供)
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デモ用にLEDライトを使ったUNICORNのサンプル機が、オフィス内を練り歩く。アームの角度に工夫があり、清掃が行き届きにくい天井にも紫外線が到達する(右:Roborn提供)

動画はこちら

 「非常に強力な紫外線を使っていて目や肌に有害なため、5~10m以内は無人環境であることが稼働条件。そのため360°のカメラやモーションセンサーを備えており、遠隔地から操作でき、夜間など無人の時間に動き回ることができる。病院、ショッピングモール、オフィスビル、ゴミ廃棄所、トイレ、学校などに導入されており、最近は特にレストランからの問い合わせが増えている」

 基本は遠隔操作だが、特別オーダーにより完全自走にすることも可能。参考価格は1台400万円弱だ。

 実はマク氏、12年ほど前はアメリカで自動掃除ロボット「ルンバ」初期モデルのアルゴリズム開発担当者だったと聞くと納得が行く。アイデアとそれを形にする技術開発力、実用性に富んだ製品だ。

オンライン会議をアップグレード

 ロボット技術の応用範囲というのは、思った以上に広いことを感じさせられたのが、今年10月に発売予定というオンライン会議用ロボットFREEDOM。

 「以前は中国本土や各国に頻繁に出張して会議をしていたのが、すべてオンラインに切り替わってから自分が気づいた使いにくさ、不便さを解消すると共に、デジタルビジネスの重要性がますます高まる昨今、ブロードキャスティングやライブストリーミングなどにも役立つロボットを開発した」とマク氏が実演してくれた。

手に取った商品が自動的にズームとなり、5G通信により高解像度で表示されるFREEDOM。右はFREEDOM本体でマク氏がカメラによる動作検知を実演する姿(右写真:Roborn提供)
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手に取った商品が自動的にズームとなり、5G通信により高解像度で表示されるFREEDOM。右はFREEDOM本体でマク氏がカメラによる動作検知を実演する姿(右写真:Roborn提供)
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手に取った商品が自動的にズームとなり、5G通信により高解像度で表示されるFREEDOM。右はFREEDOM本体でマク氏がカメラによる動作検知を実演する姿(右写真:Roborn提供)

 例えば手に持つ商品を他の参加者に見せたい時には、AI搭載カメラが焦点を素早く絞ってアップになり、ホワイトボードに何か書けば、そこにカメラが直ちに移動して撮影してくれるなど、発言者はカメラの位置や映りを気にせずに会議に集中でき、ダイナミックな会議が可能になる。

 「5Gの採用によって、アップにしたときの画質が格段に高くなって見やすくなるなど、利便性をさらにアップできるのもメリット」とマク氏。

幸せを導くロボット技術を追求

 「ロボット技術、AI、クラウド、IoTなど最先端技術の融合で人間の生活を豊かにする」というミッションに沿いながら、多彩な製品開発を進めるRoborn。「医療分野への関わりが深くなりつつあり、5G+AIの医療ロボットセンターの開発がこれからの照準の1つになる」とプーン教授。

「かっこいいロボットで人々を幸せにしたい、困っている人を助けたい」というマク氏の原点は、幼少期に夢中になったガンダムだった。オフィスにずらりと並べられたコレクション
「かっこいいロボットで人々を幸せにしたい、困っている人を助けたい」というマク氏の原点は、幼少期に夢中になったガンダムだった。オフィスにずらりと並べられたコレクション
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 MBAが縁で生まれたビジネスだけに、今もCUHK MBAや同じ中文大学のAPBI(アジア太平洋ビジネス・インスティテュート)のミニMBAコースと密接に関わっている。

 「現在もRobornのケースをケーススタディとしてMBAクラスで使うこともある。コースには優秀な生徒ばかり集まっているから、光るアイデアが出てくることもあるね」とプーン教授は笑う。

オフィス内には、ロボットアームがバリスタとなるカフェコーナーも
オフィス内には、ロボットアームがバリスタとなるカフェコーナーも
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 「市場が小さく地価が高い香港は、ロボティックス企業にとって決して理想的な土地ではない」とプーン教授。そんな環境でも、最先端技術と理想と商業化を融合させるべく、技術とビジネスの両面に最良の役者を揃え、バランスのとれた実力派スタートアップとして、今後Robornが香港の注目企業になっていくことは確実だ。

Roborn

(タイトル部のImage:筆者が撮影)