2014年から男女ともに平均寿命世界一位(厚生労働省調べ)を続ける香港。ともに医療の質が高く、健康的な食生活を好む文化がある日本との差はどこでついたのか。長期にわたる日港の社会政策上の違いが鮮明なのが、喫煙対策。香港では1980年代から政府主導の施策が積極的に実施されてきた。当時から香港の喫煙対策に深く関わってきた第一人者に、その詳細をうかがいつつ、日本との違いを浮き彫りにする。

 都会の喧噪に包まれた香港島中心部から離れて、おだやかな海と広い空が広がる香港島南部にある香港大学医学部。同大学の公衆衛生学院院長であり、長年、喫煙問題に関わってきた林大慶(ラム・タイヒン)教授を訪ねた。

 「話を始める前提として、『香港が長寿世界一』がニュースになっているのは、他国の平均寿命に強い関心を抱く日本の厚生労働省が編纂した比較データによるもの。香港は国ではなく特別行政地区、つまり一都市ですから、本来、国単位で比べる比較には入りませんし、自ら『世界一』を名乗ってはいないのです。医療の質や病院、医師などの数、救急車などのアクセスの良さは、一般的に都市部の方が田舎より上回るものですから、平均寿命にも影響してきますからね」と林教授。

喫煙問題の第一人者、香港大学公共衛生学院の林大慶教授(写真:筆者が撮影)

 「実際のところ日本と香港、両方とも寿命は延び続けているし、その差は僅か。例えば1歳未満の幼児の死亡率は、当然平均寿命に大きく影響します。これは両地とも、長年高水準(2018年は日本0.9%*1、香港1.5%*2)を保っています」

*1 WHO(世界保健機関)World Health Statistics(世界保健統計)2018年
*2 Department of Health;Demographic Statistics Section, Census and Statistics Department, Hong Kong

 幼児の次に平均寿命への影響が大きいのが、50歳前後の死亡率上昇。国連とWHOは、大きな影響を与える要因として、(1)喫煙、(2)アルコール、(3)食生活、(4)運動不足、(5)大気汚染を挙げている。「このうち、(5)の大気汚染の悪化は、過去10~20年ほど前。(3)の食生活の西洋化は30年ほど前から始まり、過去10年ほどで肥満が増加しています。科学的調査でこれらの影響が数値の出てくるのは、おそらく10年~20年後のことでしょう。この中で(1)の喫煙は70~80年前に増加したものなので、現在、影響が数値に表れています。(2)のアルコールも同様ながら喫煙の方が、深刻度が高い」

日本と香港、男女別平均寿命と喫煙率の比較(図:図中に記載の資料を基にBeyond Healthが作成)

喫煙対策に有効なのはやはり増税?

 政府主導による香港の喫煙対策が始まったのは、英国領時代の1980年代から。英国での施行に続いて、植民地だった香港にもそれが適用されることになったのだ。

 当時の喫煙対策に決定的な影響を与えたのは、実は1881年に当時の国立がんセンター研究所疫学部長だった平山雄博士が英国で発表した、ヘビースモーカーを夫に持つ非喫煙女性の受動喫煙に関する、通称「平山論文」だった。林教授自身にも、この論文がその後のキャリアのインスピレーションになったという。

 「香港で喫煙者を減らすための施策として、最初に実施されて最も効果的だったのは、何と言ってもタバコ税の増税です。初めて導入された1982年にはタバコ税がいきなり3倍になり、その後も増税が繰り返された10年間に、喫煙率が8.4%落ちました。政府は税収が一気に増えますし、禁煙したい人には決定的な抑止力になりましたから、まさに一石二鳥でした」

香港でのタバコ税導入と喫煙率の変化(図:林大慶教授の資料を基にBeyond Healthが作成)

 その後10年ほど動きがなかったが、2007年以降に再び増税とその他の喫煙対策が講じられた。1982年に23.3%だった喫煙率は、2017年には10%(15歳以上、Census and Statistics Department)まで縮小し、年々減り続けている。

 実は筆者が香港に渡ったのは2006年後半なので、2007年から「全ての屋内にある職場や公共の場での全面禁煙」が香港で始まったことは記憶に強く残っている。これにはレストランやカフェも含まれるので、当初は喫煙者の反対の声も聞かれたが、いつの間にか当たり前になり、香港では飲食店のテラス席=喫煙席のような存在になっている。

香港のスモーカーに居心地のいい喫煙所は用意されておらず、オフィス街でスマホ片手に立ちタバコが最近の典型的スタイル(写真:筆者が撮影、以下同)

タバコパッケージに有害性を示す写真を表示する法律も

 2018年からは、タバコの健康への有害性を示す12種類の写真をタバコパッケージ1箱につき85%を使って表示しなければならないという法律もできた。女性向けにも「タバコは肌の老化をこんなに促進する」というテーマの恐ろしく迫力のある写真が貼られている。

禁煙ホットラインの連絡先の入った警告写真を英語と中国語で片面ずつを使い、ロゴ以外はほぼ何も見えないのが香港のタバコパッケージ

 筆者の印象に残っているのは、2015年に日本の紳士向け香港特集のために、香港の最高級ホテルにあるスタイリッシュなシガークラブを取材したとき。当時既に、美しくデザインされたシガーケースには、やはり肺のレントゲン写真や、肺がん患者が後悔を語る姿などが大きく貼られていた。思わず目を見開いていると「実は広告だけでなく、メディアの記事にも、タバコ関連の内容を一切掲載できないから、香港内向けには今回のような取材はないのです。日本はその点、自由なので羨ましいな」と店主から言われて、香港の厳格さと日本との違いに驚いたものだった。

レストランなどの屋内禁煙はすでに周知されているためか、標識はそれほど多くない。地下鉄の入り口近くには禁煙マークが。罰金は約7万円。屋外ならどこでも喫煙できるわけではなく、公園も全面禁煙。罰金は2万円強
一般の商業ビルより規制が緩かった街市(市場)の中での禁煙を徹底させようという動きがあり、「無煙街市」というポスターが貼られている

日本人にとって耳が痛い指摘だが…

 日本でも2019年7月に受動喫煙対策法が成立し、2020年7月から全面施行と聞いて、筆者も香港とは10年以上の開きがあったことを実感している。林教授は「差は20年以上ついているし、日本では効力が弱く、タバコを吸いやすい環境になっている」と言う。

 「医療のレベルや健康的な食生活など、ともに高水準の日本と香港で、現時点で平均寿命に差が付きつつある原因として、科学的に厳密に証明はされていないものの、統計上明らかなのが、この喫煙対策の違いです。今では減っていて欲しいものですが、タバコの自動販売機がいたるところにあって、子どもでも簡単に買えてしまうのは、世界中で日本ぐらい。香港では男性の喫煙率が日本の約半分。そして香港女性の喫煙率は1980年代でも5%、現在は2%台と常に低いのです。日本では男性の喫煙率が減るかわりに、女性や若者については年代によっては増加していることもあり、その辺りの変化と、平均寿命の順位の入れ替わりはリンクしているのではないかと感じています」

 「香港の長寿」について語るとき、私も含めて日本のメディアでは、漢方や太極拳など、ロマンチックでミステリアスな側面だけについ焦点を当てがちだ。もちろん他にも様々な要因があるにしても、日本人にとって耳が痛い指摘にも、やはり耳を傾けて行かなくてはと襟を正す機会になった。

(タイトル部のImage:筆者が撮影)