がんの遺伝子パネル検査の保険適用が2019年6月に始まり、がんのゲノム医療への関心が高まっている。がんのゲノム医療とは、個々の患者のがん細胞の全ゲノムデータを読んで、ゲノム中の変化(バリアント)を知り、それに最も適した薬を選んで治療する医療のこと。そして、約30億個といわれる塩基配列を含む膨大なデータの解析を行う際、シークエンサー(遺伝子を読む装置)とともに欠かせない存在となっているのが「クラウド・コンピューティング」だ。略して「クラウド」とも呼ばれる。今回から、このクラウドがゲノム医療の実現にどのように関わっているのか見ていこう。

 その前に、ユーザエクスペリエンス(UX)の視点から、そもそもクラウドとは何かについて分かりやすく解説してみたい。

クラウドとは

 クラウドは、民間のセクターでは既に利用が進んできており、デジタルトランスフォーメーション(DX)の言葉とともに一気に浸透してきている印象があるが、国内の医療現場では、その言葉を聞くことはまだ少ないように感じられる。ただ最近になって、徐々に「クラウド電子カルテ」「医療画像クラウド」などの言葉を耳にするようになってきた。

 まず、クラウドについて簡単に説明しよう。クラウドは、諸説あるが、語源が「雲(Cloud)」ともいわれ、よく「雲」の絵で表現される。ネットワークでつながれたコンピュータ資源が世界中の雲の中に存在しており、必要に応じて増やしたり減らしたりしつつ、自由に利用できるイメージだ。たくさんのコンピュータ資源が物理的にはバラバラの場所にあるものの、あたかもユーザから見ると一つのコンピュータのように見え、場所を意識せずに必要に応じて使える仕組みが「クラウド」である。コンピュータの資源としては、計算量(CPU)やメモリ、記憶容量(HDD)がメインとなるが、使いたいだけアサインできるのがクラウドのメリットとなる。

 一方、これまでの設置型のコンピュータは、「オンプレミス」と呼ばれている。分かりやすく言えば、目の前に見えるコンピュータのことである。物理的に社内(on-premises)にコンピュータが設置され、そのコンピュータにアクセスして利用するのが以前は一般的であった。何かサービスを行おうとすると、自社でコンピュータを買って設置し、ソフトウェアのインストールを行い、様々な設定をして、管理しながらサービスを提供する必要があったわけだ(図1)。

図1●オンプレミスとクラウドの違いのイメージ(出所:テンクー、図2とも)

クラウドのサービスの種類

 クラウドが出てきて、自分で行う作業が変わってきてしまった。「クラウド」では複数の顧客のニーズをまとめてサービスとして提供する会社があり、そこに相乗りし、シェアして利用することで、安く、かつ、必要な量だけ利用できる、という仕組みがでてきている。例えば、Gmailなどの電子メールサービスや、Office 365などのソフトウェアサービスは、かつては自らのPCにソフトウェアのインストールが必要であったが、今はインターネットにつながっていれば、アカウントを作成するだけで利用可能となった。さらに、サーバが物理的にどこにあるかも気にせず、自分でサーバのメンテナンスも必要なく、お金を払うのみでサービスを受けられるようになっている。

 一般に、クラウドを使うメリットとして、需要に合わせたスケーラビリティ、利用分のみの課金、セットアップの時間の短縮、冗長性を持っているため災害対策コストの低下、外部に管理を委託できるマネージドサービスに依存できる部分の増加などが挙げられる。特に、UXの目から見ると、遠隔から管理や監視が可能なこと、適宜、アップデートやフィードバックをかけることが可能なことなどがメリットである。短いサイクルで、ユーザとのインタラクション結果のループを回すことができ、改善をすることができるのは魅力的である。極端なことをいえば、マネージドサービスをうまく利用することで、自分の得意分野のみに集中することができるようになったわけだ。

 オンプレミスで自社サービスを立ち上げる際にどうするかを考えてみよう。まずハードウェアのサーバが必要なため、物理的にサーバを購入し、ネットワークがつながるところに設置をする、いわゆる「インフラ」整備である。次に、OSを入れたりミドルウェアを入れたりと、いわゆるコンピュータとしてきちんと利用できるように整備する、いわゆる「プラットフォーム」整備である。最後に、アプリケーションソフトウェアをインストールし、ユーザが利用できるように設定していく「アプリケーション」部分である。この「インフラ」「プラットフォーム」「アプリケーション」が必要となるわけである。

 クラウドでサービスを提供する際にも同じことが起こる。「インフラ」の設定、「プラットフォーム」の設定、「アプリケーション」の設定、である。クラウドのサービスは、これらのどの段階からでも利用できるように、様々なラインアップがサービスとして提供されている。「インフラ」のみを提供するサービス、「インフラ」と「プラットフォーム」を提供するサービス、「アプリケーション」自体を提供するサービスである。

 これらの3段階のサービスについて名前がついているので説明をしよう。IaaS(Infrastructure as a Service)はCPUやストレージ、ネットワークといったコンピュータのリソースを提供する「インフラ」をサービス化したものである。PaaS(Platform as a Service)はさらにOSや運用などの基本機能を「プラットフォーム」として提供するものである。SaaS(Software as a Service)はさらに「アプリケーション」もサービスとして提供するものである。例えば、クラウド上のデータベースサービスを利用して検索する、などは、ソフトウェアのサービスなので、SaaSとなる(図2)。

図2● IaaS、PaaS、SaaSのイメージ

公共セクターでのクラウド

 このクラウド、ビジネス分野だけでなく、政府や自治体でも導入され始めている。例えば、政府のクラウド方針について見てみよう。2018年6月7日に決定された「政府情報システムにおけるクラウドサービスの利用に係る基本方針」1)においては、クラウド・バイ・デフォルトの考え方が出され、クラウドの利用を検討するプロセスも出されている(表1)。アプリケーションを提供するSaaSを基本に考え、その後、「インフラ」の利用検討に進むという流れである。ここで記載されているパブリック・クラウドは、一般的に利用されるクラウドについてである。プライベート・クラウドは、専有したクラウドであり、他社と共有されないサービスである。その分、コストはかかるようになる。このクラウド・バイ・デフォルトの考え方により、全省庁において、2020年秋からクラウドが導入されていく流れとなっている。

1)政府情報システムにおけるクラウドサービスの利用に係る基本方針

表1●クラウド・バイ・デフォルトの原則に基づく利用検討プロセス
(出所:政府情報システムにおけるクラウドサービスの利用に係る基本方針)
    Step 0: 検討準備
     ↓
    Step 1: SaaS(パブリック・クラウド)の利用検討
     ↓
    Step 2: SaaS(プライベート・クラウド)の利用検討
     ↓
    Step 3: IaaS/SaaS(パブリック・クラウド)の利用検討
     ↓
    Step 4: IaaS/SaaS(プライベート・クラウド)の利用検討

 2020年2月8日付の日経新聞においても「政府の基幹クラウド、アマゾン傘下に 防衛・年金が今後の焦点 中国勢は回避」と記載され、2020年秋以降の各省庁で共通で導入するクラウドについて、Amazon Web Serviceを採用する方針であることが記載されている2)。このように公共セクターでクラウドは今後、標準になっていくことが予想できる。個人的には公共サービスが、利用者数に応じて柔軟にサービスの開発や展開が可能になり、様々なデジタルサービスで便利になることは好ましい。

2)2020年2月8日付の日経新聞

医療分野におけるクラウド

 国内の医療分野におけるクラウドも分野ごとに違いはあるものの、少しずつ進んできている。プライベートクラウドとして、早く実施した事例としては、福井大学医学部付属病院が挙げられる。福井大学医学部附属病院では、2011年から仮想化をし3)、船舶用冷凍コンテナにプライベートクラウド環境による病院情報システム(HIS)を構築しているとのことである4)

3)福井大学病院におけるICTの活用と効果についてICTの活用と効果について
4)福井大学医学部附属病院(福井県永平寺町)クラウド環境で病院情報システムを構築(日経XTECH)

 その他、医療用の画像保存通信システム PACS(picture archiving and communication systems)や臨床試験支援のためのEDC (electric data capturing)について、クラウド化の事例を見かける。またクリニックを中心にクラウド型電子カルテや、クラウドを利用した遠隔読影サービスなど分野ごとにクラウドが導入をされている事例が出てきているのが現状である。もちろん、民間セクターの利用のレベルと比較すると、あまり進んでいないと見えるくらいである。

 医療情報については、この分野を知っている方には有名であるが、3省3ガイドラインが存在する。厚労省5)、総務省6)、経産省7)がそれぞれ出している医療情報は個人情報など機微な情報であるため、医療情報のクラウド(ASP、SaaSを含む)利用に向けた安全管理、セキュリティーについて記載されたガイドラインとなっている。それぞれのクラウド事業者が各リファレンスを、Microsoft Azure向け8)、Amazon Web Services向け9)、Google向け10)を出すなどしている。この3省3ガイドラインを参照して、クラウド化をしていくのが必要である。

5)厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第5版」(平成29年5月)
6)総務省「クラウドサービス事業者が医療情報を取り扱う際の安全管理に関するガイドライン 第1版」(平成30年7月)
7)経済産業省「医療情報を受託管理する情報処理事業者における安全管理ガイドライン 第2版」(平成24年10月)
8)医療機関向けクラウドサービス対応セキュリティリファレンス(JBS)
9)日本の医療情報ガイドライン(AWS)
10)3 省 3 ガイドライン(日本)(Google)

 2020年3月現在、総務省と経済産業省のガイドラインの2つは統合・改定され、「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」として案が公開されている11)。医療情報システムの特性に応じた必要十分な対策を設計するために、一律に要求事項を定めるわけではなく、リスクベースのアプローチに基づいたリスクマネジメントプロセス、および、システム運用についてのリスクコミュニケーションを重視することの方針で進められている。

11)「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」(案)

 医療のクラウドといっても、対象とする医療によって様々な対応に分かれていくだろう。医療のクラウドが進むにつれて、個人情報やセキュリティーなどの安全対策はきちんと行うことはもちろんであるが、これまで閉じていた医療情報や医療従事者に対して、適時の適切な情報提供が可能となり、情報技術による支援がますます進んでいくのではないか、と思う。疾患に関するガイドラインを適切なタイミングで提示することや、医療従事者に対して、リマインダや注意点などをお知らせすることも可能となるだろう。この結果、使いやすさ、見やすさ、適切さなどが議論の対象となり、医療分野のUXに注目が集まっていくだろう。

 次回、がんのゲノム医療におけるクラウド活用の実際を見ていく。

(タイトル部のImage:artinspiring -stock.adobe.com)