ある職場での会話。

Aさん ここのところ、疲れていそうですけど、何かあったんですか。
Bさん 実は最近、父ががんになって治療しているんですよ。
Aさん この前、新聞で読んだのですが、がんのゲノム医療というのが始まったみたいですよ。
Bさん ゲノム医療? それ何ですか。
Aさん がん組織のゲノムからその人に合っている薬を見つけるみたい。
Bさん 父にもできるのでしょうか。
Aさん お医者さんに聞いてみて。まだ対象の患者さんが限られているのと、検査しても薬が見つからないこともあるみたいなので。
Bさん ありがとう。家族に相談してみます。

 「ゲノム医療」。ここ最近、よく話題に上る言葉だ。特にがんのゲノム医療について今夏、国内で遺伝子検査の保険収載が始まったことで、メディアにも多く取り上げられるようになった。がんのゲノム医療とはざっくり言うと、がん組織の遺伝子を調べ、その特徴に応じて、より適切な薬を選択すること。とはいえ、遺伝子の解析結果は、専門的な用語ばかりで専門家以外には意味不明。解析したところで、理解や診断・治療といった次の行動につながらなければ意味がない。

 筆者は、「ユーザーエクスペリエンス(UX)」という視点に立ち、医療情報・ゲノムデータを解釈しやすい形に可視化することで、解析結果を使う医療者に理解を促してアクションを取ってもらうためのソフトウェア開発を生業としている1)。本コラムでは、分からないことが多いがんゲノムに関する情報をどう知ってどう行動に移していけばよいのか、UXの視点からアプローチをしていくことで、読者の方々の理解の一助となれば幸いである。

 がんのゲノム医療の検査は「がん遺伝子パネル検査」と呼ばれる。まず絵を紹介しよう。

図1●がん遺伝子検査(出所:テンクー、図2とも)

 がん組織を対象にして、がん遺伝子パネル検査を行う。次世代シーケンサー(NGS)と呼ばれる遺伝子の読み取り装置を利用して読み取った遺伝子データを解析し、適切に意味づけして、がんの特徴を理解し、適切な薬剤や治験を見つけて、治療に役立てていくのが、がん遺伝子パネル検査である。図1の絵のように、一般の血液検査と同じように「検査」の一種であり、より適切に身体の状態を理解をする、という点では一般の検査と同じである。これを遺伝子の情報で用いるのが新しい点だ(関連記事)。

がんを、暴走している車に例えると…

 がんは、がん細胞の遺伝子の変化の積み重ねによって起こる。この遺伝子の変化を「変異」とも呼ぶ。細胞は毎日、何らかの変化で遺伝子に傷がつき、それを修復している。それがうまくいかず、重要な場所に遺伝子の変異が起きたときに、遺伝子から生まれるタンパク質も異常が起き、がん化していく(図2)。このがん細胞の遺伝子変異がどの部分かにより、がんの特徴を捉えることができる。暴走している車に例えると、アクセル(がん遺伝子)が壊れているのか、ブレーキ(がん抑制遺伝子)が壊れているか、を調べることと同じ感覚だ。がんを臓器別に捉えるだけでなく、遺伝子の変異を見て、サブタイプ分けしていくことができるようになったわけだ。

図2●がんの発生

 この遺伝子の変異、タンパク質の異常が起きているがんを対象に効果を発揮する薬が出てきた。これらの薬は対象の異常を持ったがん細胞にはよく効くため、がんの特徴を適切に捉えることで、それに合った薬(分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬)を選ぶことができるようになってきた。つまり、がんにおいては、ゲノムのデータを解析することで、適切な薬の選択、つまり医学におけるアクションを取ることができるようになったのが特徴である。

 このがんの遺伝子パネル検査、国内では保険診療が2019年6月に始まった。3割負担で済む保険診療のほか、治療費が10割負担の先進医療、また自由診療でもがんの遺伝子パネル検査自体は国内で行われている。保険診療では、国内では、「OncoGuide NCCオンコパネルシステム」と「FoundationOne CDxがんゲノムプロファイル」が提供され始めている(関連記事)。

 さて今回、タイトルにもなっているUXについて少し説明しよう。UXとは、ユーザーエクスペリエンス(user experience)の略。似た言葉として、UI (user interface:ユーザーインターフェース)がある。人間と機械の関係を考えると、人間が操作をする際に利用するインターフェース、視覚や聴覚も含めて操作する部分がUIとなる。UXは、ユーザーが体験する全て、経験全体を指し、ユーザーが何かの製品やサービスを触ったときの最初から最後までの体験や印象など全部をひっくるめて対象としている。何かを体験をするにはインターフェースが必要なため、UIとUXは切り離せず、UI/UXと呼ぶこともある。また、UI/UXを設計するのはデザイナーが多いため、UI/UXデザイナーとウェブの分野などでは呼ばれたりする。

 がんのゲノム医療をUXの視点から見ると、医療現場にはたくさんの関係者、ステークホルダーが関わっている。患者さんとその主治医だけでなく、患者さんのご家族、遺伝カウンセラーなども関わっており、多くの方により成り立っている医療である。医療を受ける側、患者側の立場になって考えると、がんのゲノム医療において、何を検査して、何を得られるのかをきちんと理解できることが大事だ。患者ご自身はもちろん、ご家族も理解をして、治療に向き合っていけるとよい。ここにUXの出番はある。

がんのなりやすさは遺伝する?

 がん遺伝子パネル検査については、国立がん研究センター がんゲノム情報管理センターが「『がん遺伝子パネル検査』を検討する方にご理解いただきたいこと」を公開している2)。がんゲノム医療について、イラストを用いて、パンフレットで分かりやすく説明をしている。手前味噌であるが、筆者らもこのパンフレットの制作協力として関わっている。

図3●「がん遺伝子パネル検査」とは(出所:国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター「『がん遺伝子パネル検査』を検討する方にご理解いただきたいこと」)

 このようにイラストを用いて、一般には専門的な内容となるがんゲノム医療について、分かりやすく説明することはUXについて重要である。自分が受ける検査について、きちんと理解した上で、検査の同意書などにサインをしてもらうことが大事である。

 このパンフレットにも記載されているが、がん自体が遺伝子の変化により起こり、次の世代には遺伝するわけではないことなど重要な情報を絵も用いて伝えている。さらに、がんのなりやすさ自体は遺伝する可能性のあること、検査をしてがんの特徴が分かった場合でも、適した薬がある場合とない場合があること、など検査の有効性と限界についても伝えている。

 最先端の医療においては、このような分かりやすさ自体を提供することが今後、ますます大事になってくるだろう。次回は、ゲノム医療のユーザー、カスタマーとは? 両者の関係、それぞれの役割について解説する。


(タイトル部のImage:artinspiring -stock.adobe.com)