商品やサービスを考えるときに、誰に使ってもらい、誰からお金を頂き、誰に貢献するのか、が大事となる。マーケティングの領域では、カスタマー(顧客)がどのように商品やサービスを知り、行動や思考、感情などがどのように変化していくのかを見える化する「カスタマージャーニー」という方法がある。カスタマーの体験を軸に整理することで、企業目線でなくカスタマーに寄り添った適切な情報提供が可能になる。

 カスタマーをユーザーに置き換えれば、まさしくこれはユーザーエクスペリエンス(UX)の考え方と一致する。ヘルスケアやメディカルのサービスにおいても、サービスの提供者目線だけでなく、使う人、お金を払う人に合わせた目線でその提供の仕方を考えることが必要である。

 まずカスタマージャーニー、UXの中に出てくる「カスタマー」と「ユーザー」の言葉について辞書を引いてみよう。「カスタマー」は自社の商品やサービスを買ってくれる人、さらに利用してくれる人、消費者である。「ユーザー」は実際に商品やサービスを使う人、使用者、利用者である。ソフトウエア工学では「エンドユーザー」という概念がある。ソフトウエアを販売したときに、買う人と使う人が異なったときに、ソフトウエアを最終的に使う人を「エンドユーザー」という。

 例えば、教育機関で学校がソフトウエアを購入して、学生がソフトウエアを使うとすると、学校がお金を払い「カスタマー」となり、実際に使う学生は「エンドユーザー」ということになる。「ユーザー」「カスタマー」など、どの言葉も少しずつ違うものの、考え方として、実際に使う人、実際にお金を払う人、商品やサービスの恩恵を受ける人などであり、誰をどの対象にするのかがポイントとなる。

図1● エンドユーザーの例:学校で利用するソフトウエアの場合(出所:テンクー、図2とも)

 また、子どもを預かる保育園を考えてみよう。保育園をサービスとして提供するときに、お金を払う人は保護者、保育園で預かる対象は子供である。このときに誰の目線でサービスを提供するのか、が大事になる。子供を預かっているのだから子供の満足度を上げるのがよいのか、保護者がお金を支払うのだから保護者の満足度を上げるのがよいのか、どちらを重視するのか、でサービス内容が変わってくる。「エンドユーザー」である子供が自由に喜ぶ保育内容にするのか、あるいは、「カスタマー」である保護者が、子供にさせたいことを入れた保育内容にするのかなど、重点を置く視点により異なってくる。この保育園の例のように、商品やサービスのステークホルダーが誰であり、そのステークホルダーに何を提供していくのか、を考えることが重要となってくる。

医薬品開発ではあまり視点に入っていなかった「エンドユーザー」

 それでは次に、医療や医薬品について考えてみよう。医療は人の生命・体に関わるサービスでもあり、極めて専門性の高いサービスでもある。そのために、サービスの提供者、サービスの利用者、お金を払う人以外のステークホルダーとして、規制当局が入ってくる。一般商品やサービスの場合、「カスタマー」、消費者に知ってもらうための広告があるが、医療では、医療法や医療広告ガイドライン1)など広告規制があり、適切にコミュニケーションを取る必要がある。製薬業界も規制が存在するのは同じである。医薬品開発を考えている際のステークホルダーとしては、製薬企業に加えて、薬を処方する医師や薬剤師などの医療関係者、そして規制当局、最後に、お金を支払い、かつ、薬を服用する患者である。医薬品においては患者が「エンドユーザー」であり、最終的な使用者となっている。

 医薬品開発において、上記のステークホルダーの中であまり視点に入ってきていなかったのが「エンドユーザー」として患者である。そのため近年、「患者中心」「patient centricity」という言葉で、患者の視点、患者の声を医薬品開発に取り込もうという考え方が出てきている。「patient engagement」「patient involvement」ともいわれる。欧米を中心に広がってきており、日本にも紹介されてきている。個人的には「エンドユーザー」の「患者」の声を入れるのに、「患者"中心"」と日本語の4文字で呼ぶのは変だと感じている。エンドユーザーである患者の関わりを考えるのは、UXの視点で考えれば当然のことに思えてしまう。

 そのため、医薬品開発のどの段階に患者が参画するのか、参画できるのかを考えていくことが大事だと感じる。日本製薬工業協会もタスクフォースを作り、「患者の声を活かした医薬品開発」2)を公表し、製薬企業での医薬品開発における patient centricity 活動を「開発コンセプトの立案、治験の計画、実施、承認・申請までの過程において患者の声を活かすこと。加えて、患者の『知りたいという声』に応えた企業活動(例えば情報公開)も含む」と定義し、取り組みを始めている。

 血液検査や尿検査といった臨床検査についても考えてみよう。臨床検査のステークホルダーは、医療従事者、病院経営者、規制当局、患者として考えている。まずは臨床検査室の高い技術水準が重要であり、精度管理、標準化の視点から、ISO 15189(臨床検査室―品質と能力に関する要求事項)が重視されている。がんゲノム医療においても、品質や精度の確保が重要なため、臨床検査振興協議会3)が「がん遺伝子パネル検査の品質・精度の確保に関する基本的考え方(第2.0版)」を出して提言を行っている。臨床検査においては、精度・品質に重視が置かれていることが分かる。

がんゲノム医療でも患者まで届けるUXが大事

 さて、本稿のテーマであるがんのゲノム医療について考えてみよう。がんのゲノム医療では「がん遺伝子パネル検査」が主に行われ、ステークホルダーは検査と同じであり、治療において薬剤の選択まで考えると製薬企業も入ってくる。がんゲノム医療をサービスとして考えると、がん遺伝子パネル検査の結果をどう伝えるか、が重要な点となる。がんゲノム医療では、専門の医師から構成されるエキスパートパネルで議論されるため、検査の結果は「医師向け」「エキスパートパネル向け」に伝えることがメインとなる。そのため、検査結果は医師が分かる報告書、レポートが発行されることになる。

 UXの視点で考えると、「エンドユーザー」、最終的な受益者の立場も考慮に入れてサービスをデザインしていくことが求められる。がんゲノム医療の場合、最終的な「エンドユーザー」としては「患者」ともいえ、患者にどう伝えていくのかも重視されるべき点となる。さらに体験全体として考えると、患者に加えて「患者家族」も含めてデザインしていく必要があるだろう。つまり「患者」まで届けるUXが大事となる。

図2● 医師向けレポートと患者さん向けレポート

 がんゲノム医療のUX、患者まで届けるUXのためには、検査結果を患者も理解できる工夫、検査結果を医師が患者に説明をしやすくする工夫などが大切になってくる。ゲノム自体の専門性が高いため、全ての患者が医学やゲノムを勉強しきることは難しいものの、実際に自らの受けた検査が何であり、その結果がどういうことが分かり、どういう治療の可能性があるのか、あるいは現時点ではないのか、などをきちんと分かることが大事である。今後は、このような患者視点も入れた検査結果、レポート、分かる工夫などが臨床の現場に求められていくのではないだろうか。


(タイトル部のImage:artinspiring -stock.adobe.com)