ジャンルを問わず、世の中に新しい価値を創出したDisruptive Innovator(ディスラプティブ・イノベーター:破壊的創造者)の生の声をお伝えするインタビューコラム「Disruptive Innovators Talks ~新たな価値の創造者たち~」。第9回は、医師発ベンチャーで、日本で初めて「治療用アプリ」を開発したCureApp(キュア・アップ)代表取締役社長の佐竹晃太氏が登場します。

英語ではDigital Therapeuticsと(デジタルセラピューティクス:DTx)と呼ばれる治療用アプリは、スマートフォンなどのアプリを医師が処方して治療するシステムのことです。新薬開発と比較すると開発コストが安く、これまでの治療薬と同等の効果がみられることから、注目を集めています。臨床医だった佐竹氏が2014年に起業したCureAppは、ニコチン依存症用の治療用アプリ「CureApp SC」を開発、2020年12月に日本で初めて発売を開始しました。さらに現在、様々な領域での治療用アプリの開発に次々と着手しています。

佐竹晃太(さたけ・こうた)
1982年生まれ。慶應義塾大学医学部卒業。日本赤十字社医療センターなどで臨床業務に従事し、呼吸器内科医として多くの患者様の診療に携わる。2012年より中国・米国の大学院で医療や経営を学び、上海中欧国際工商学院(CEIBS)経営学修士号(MBA)および米国ジョンズホプキンス大学公衆衛生大学院公衆衛生学修士号(MPH)修了。米国では公衆衛生学を専攻するかたわら、医療インフォマティクスの研究に従事した。帰国後、2014年に株式会社CureAppを創業。一方で、現在も週1回の診療を継続しつつ、日本遠隔医療学会のデジタル療法分科会長及び日本禁煙学会の評議員として学術活動にも積極的に従事する。同社が開発したニコチン依存症治療用アプリ(CureApp SC)は、治療用アプリの国内初の事例として、2020年8月に薬事承認、同年12月に保険適用された(写真:鈴木愛子)

佐竹さんは、臨床医としてのキャリアを歩みながら、中国に留学してMBAを取得されています。最初から起業しようと考えていたのですか。

佐竹 学生時代から自分で何か新しいことを始めるのが好きでした。ただし、起業しようと思っていたわけではなく、当時はただ医療業界以外の新しい世界を見てみたい、一度は海外へ出て自分の力を試してみたい、そんな気持ちだったと思います。医学部に6年、医師として5年、合わせると10年間以上どっぷり医療の世界に浸かっていましたから。

 一般的な医師のキャリアは、大学を出て臨床医になり、その後は臨床を続けたり、研究に従事したり、自身で開業して経営を始めたりというものです。中には厚生労働省などで公衆衛生の分野で活躍する方もいらっしゃいますね。私はどのキャリアも20年30年続けていくことに違和感があって、医療以外の世界を見る機会をずっと欲していたようなところがあります。

「治療用アプリ」*1で起業をしようと思ったきっかけをあらためて聞かせてください。

佐竹 米国の留学先で医療インフォマティクスの研究に携わっていたとき、米Welldoc社が開発した糖尿病治療用アプリ「BlueStar」の論文に出会って、これを日本でもやってみたいと思いました。

 自分の専門である呼吸器内科で、スマートフォン用アプリが効果を発揮できそうなテーマは何かと考えたときに、禁煙(ニコチン依存症)治療が浮かびました。たばこの引き起こす健康被害は公衆衛生上最も大きな課題の一つですので、対策ができれば社会的インパクトも大きいだろうと考えました。同時に、禁煙を皮切りに、他の生活習慣病、精神疾患(依存症など)などにも広げていきたい思いも当時から持っていました。


注)
*1 英語ではDigital Therapeuticsと(デジタルセラピューティクス:DTx)と呼ばれる。スマートフォンやタブレット端末などのアプリケーション・ソフトを活用して疾患の治療や予防、管理を行うために医師が処方するシステムのこと。CureAppでは、禁煙治療用のアプリ「CureApp SC」が2020年8月に薬事承認を取得したことを受け、治療用アプリのブランドサイト(https://cureapp.com/)を立ち上げた
治療用アプリのブランドサイト(資料:CureApp)

「起業すること」が、大きな決断だとは思わなかった

臨床医からアプリ開発の道へ進むのは大きな決断であり、勇気が必要だったのではないですか。

佐竹 正直なところ、あまり大きな決断だとは思っていませんでした。留学して帰国すると、次に必ずしなくてはならないことがあるわけではないし、何のしがらみもないので、ゼロベースで考えることができました。

 もちろん、起業してちゃんと収益が上げられるのか、薬事承認が下りるのか、などのリスクはありましたが、「やるしかない」という思いでしたので、起業するという意志が揺らぐことはなかったですね。

 仮に事業が途中で上手くいかなかったとしても、アプリを患者さんに使ってもらって、依存症の患者さんが1人でもよくなるなら、それはやはり医師の本分として、これ以上にない喜びなんですよね。そう考えることができたから、たくさんのリスクがあっても始められたのだと思います。

 どのスタートアップも、始めるときはリスクだらけだと思うんです。それでも、自分がやろうとしていることが社会的に価値のあることだと心の底から信じられているかどうかが、起業できるかどうかの分かれ目になる気がします。

CureAppではニコチン依存症治療用アプリに続き、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)治療用アプリ、高血圧治療用アプリと開発してきました*2。様々な疾患に対して、アプリは同等レベルで効果を発揮するものでしょうか? 「禁煙には成功しても断酒・減酒はうまくいかない」といったことが起きそうだと思いました。

佐竹 依存症に対しては、アプリによる介入が有効だというエビデンスが蓄積されています。これは効いたけど、これは効かなかったといった結果の違いが出るとしたら、一つはユーザー(患者)の心理的な依存の度合いが違うことが考えられます。

 それから、認知の問題も大きいですね。タバコが好きでも本当は「体にとっては害悪だ」と思っている人は、禁煙がうまくいきやすいです。一方、お酒は体に悪いとは言いながら「付き合いも大切だから」「ストレス解消にもなるし」などと考えていて、心の奥底ではお酒を肯定している人が多い。このように心の奥底でお酒を肯定してしまっている場合、減酒はうまくいきません。その人の、その物に対する根本的な考え方は、依存症の治療において重要なポイントなんです。ですから、「生活習慣を改善すること」と「正しい考え方を身に着けること」との両輪でのアプローチが大切です。



医師として診療で患者を救う道と、治療用アプリで患者を救う道には、どのような違いがありますか? あらためて、なぜ臨床医ではなくアプリ開発の道を選んだのか教えてください。

佐竹 5年間、医師として患者さんと接し、診断し、治療し、患者さんから感謝してもらえるという経験をしました。臨床医の仕事は本当にやりがいがあります。ただ、大きな視点で医療の持続可能性といったことを考えたとき、日々、医療費は増大していますし、今のこの医療がずっと続くようには思えませんでした。

 私もそうですし、医療人の多くがそうだと思うのですが、医療を普通のサービスではなく、社会のインフラとして捉えています。そのインフラとしての医療がサステナブルなものであり続けるとは思えないとわかりながら診療していて、どこかモヤモヤとした違和感がありましたし、その違和感に手を打てないことへの歯がゆさもありました。

 米国留学中に治療用アプリというビジネスシーズを見つけたとき、そういう違和感のようなものを一気に解消できると思ったんです。これは高騰する医療費や医療格差の問題へのソリューションになると一瞬で腹落ちしました。

最近、医師が起業する例が増えていますが、佐竹さんのような問題意識を持つ医師が多いのでしょうか。

佐竹 そう思います。目の前の仕事自体はとても充実感があって、やりがいに満ちているけど、医療の全体像を見ると、このままでいいとは思えない。そういう人は少なくないはずです。医師発ベンチャーが増えているのも、いわゆるマネタイズだけではなくて、あるべき日本の医療の姿を目指すという部分も大事な要素として起業している人が多いように感じます。