最初は自治体も理解できなかった「地域に根差したスポーツクラブ」

(写真:加藤康)

自治体も当時は理解していませんでしたか?

川淵 僕らは始めに地域の行政のところに出向いて、「サッカーを通じて総合型のスポーツクラブをつくりたい」「プロチームが上げた収益は地域に還元するので、サポートしてほしい」「スタジアムを優先的に使用できるようにしてほしい」といったことを説明に行くんだけど、ほとんどの行政から「何でサッカーという一スポーツのために、サッカークラブという一企業のために、行政サイドがそれを支援しなきゃならないのか」って、そう聞かれたね。「一企業のためだけに、あのスタジアムを全部改修して、そんな金を掛けて一体どうするんだ。おかしいじゃないか」って。当時の常識だと、まあ、そう思うよね。

 それに対して、ドイツやイングランドのスポーツクラブのあり方、現状などを見ている僕は、本当に心の底からそれが地域にどういう恩恵をもたらすかを語れるからね。

 まずはサッカーで始めるけれど、将来はいろんなスポーツをそこでエンジョイできるようになる。地域住民が本当に応援して、「おらが町のクラブ」となって発展していくような「地域に根差したスポーツクラブ」だよね。そのモデルはまだ日本にはないけれど、そういうものをつくり上げていきたいんだ、と。

インタビュー冒頭、プロジェクトの成否は「その映像を描けるかがすべて」とおっしゃっていましたが、このときも川淵さんは、スポーツクラブの将来像について、映像を見せるかのように説明していったわけですね。

川淵 そうだね。今、Jリーグのクラブが地域社会の中に根づいて、行政にも全面的にバックアップしてもらえているというのは、そのことを理解していだけたから。信じていただけたから。そういうことだよね。

 当時は、Jリーグへの参加意思を示した団体のすべての自治体に行った。僕が行かなかったら、なかなか理解してもらえなかったんじゃないかな。まあ、自画自賛だけど(笑)。

企業経営でいうCSV(Creating Shared Value)*4。昔で言うなら、近江商人の「三方よし」に近いものを感じます*5。地域の発展に資するサービスを提供して、利用した地域住民は満足して、企業は利益を得る。自分たち企業が生き残ることによって地域全体も活性化していく。Jリーグでは、そんなCSVの考え方を30年近く前に提唱していたことになります。

川淵 そういうことだと思うね。そういった形での地域に根差したクラブづくりという意味だと、やっぱり鹿島(アントラーズ)は象徴的だよね。母体の住友金属が、サッカーのプロ化を通じて町(現・茨城県鹿嶋市。当時は鹿島町)の活性化をしたいということから始まった。

 でも、その頃はマスコミにネガティブキャンペーンみたいなことを相当やられたよ。鹿島のおじいさんやおばあさん、農家の人とかに「サッカーって知っていますか」とか聞くわけだ。そうすると「知りません」と。そりゃあ、知るわけないよね。

 そういった中でも、住友金属が率先して、何とかサッカーのプロ化で鹿島の町を活性化したいという思いがあった。当時の竹内(藤男)県知事が、じゃあ、スタジアム(県立カシマサッカースタジアム)を100億円ぐらいのお金を掛けて建てようと決断して、そこから始まって、あの鹿島ができるんだよね。その後も、地域の活性化のためにすごくクラブが努力している。一サッカークラブとしての活動だけではなく、地域の活性化ということを含めて物事を考えているから、多くの市民がチームを応援するということにつながっていったんだよね。

Jリーグのクラブが地域に根付くことで、市民の意識も変わっていきます。

川淵 まちにプライドを持つようになるよね。鹿島といえば「アントラーズのまちですね」と言われるようになって、その存在が日本中に認められるようになった。そうなると「僕は鹿嶋市民だ」と胸を張って言えるわけだからね。

 それから、家族内もさることながら、市民同士での共通の話題ができるというのが、一番大きい。大人と子供の間でサッカーという共通の話題ができた。そうして仲間意識がどんどん醸成されていくのは、地域にとってもいいことだよね。

周辺地域にも波及効果が出てきそうですね。

川淵 鹿島アントラーズに関連していえば、今は合併して神栖市になったけど、(鹿嶋市の近くにある)波崎町には今、サッカーグラウンドが70面ぐらいあるんだよ。

 当時、波崎町には休耕田がたくさんあったんだよ。で、近くの鹿島でサッカーがあまりに盛んになったから、ある地主が芝生のグラウンドを2面ほどつくった。そうしたら、その芝生のグラウンドに、東京やいろんなところから、学生が春休み、夏休み、冬休みに来て合宿するようになった。それからどんどんサッカー場が増えていった。70面もあると、対戦相手がいるから、みんなそこに行きたがるんだよ。関東一円の小中高、一般人、大学も含めて合宿にたくさんのチームが来るようになった。鹿島アントラーズがなかったら、波崎町はこんなふうには活性化していなかったよね。


注)

*4 CSV(Creating Shared Value)とは、米国の経営学者、マイケル・ポーター氏が提唱する概念。共有価値の創造、共通価値の創造などと訳される。企業の事業戦略と社会的価値を結び付けることによって、企業の競争力強化につなげようとする考え方のこと。

*5 「三方よし」とは「売り手良し、買い手良し、世間良し」というビジネスの考え方。