ジャンルを問わず、世の中に新しい価値を創出したDisruptive Innovator(破壊的創造者)の生の声をお伝えする新コラム「Disruptive Innovators Talks ~新たな価値の創造者たち~」。第2回は、1993年に開幕したプロサッカーリーグ「Jリーグ」創設をけん引した川淵三郎氏が登場します。Jリーグは、これまで「企業スポーツ」「学校スポーツ」として発展してきた日本のスポーツに、「地域スポーツ」という新たな楽しみ方を加え、定着させました。サッカー競技全体のレベルも引き上げられ、今や日本はワールドカップ常連国です。Jリーグの誕生について、「戦後日本のスポーツ界で最もイノベーティブな出来事だ」と評しても、否定する人はほとんどいないでしょう。
川淵三郎(かわぶち・さぶろう)
日本トップリーグ連携機構 代表理事 会長
1936(昭和11)年大阪府生まれ。早稲田大学在学時にサッカー日本代表に選出。卒業後は古河電気工業に入社。1964年東京五輪に出場。日本代表監督などを経て、1991年Jリーグ初代チェアマン、2002年日本サッカー協会会長(キャプテン)を務めたほか、Bリーグ初代チェアマン、日本バスケットボール協会会長、公立大学法人首都大学東京理事長などを歴任。現在、日本サッカー協会相談役、日本バスケットボール協会エグゼクティブアドバイザー、東京五輪・パラリンピック大会の評議員で、選手村の村長も務める。
(写真:加藤康)

川淵さんといえば、プロサッカーリーグ「Jリーグ」*1の誕生(1993年開幕)に大きく貢献し、また、分裂していたバスケットボール組織をまとめ上げて「B.LEAGUE(Bリーグ)」*2発足(2016年開幕)の立役者になるなど、スポーツ分野での大きな改革を強力にけん引してきました。今日はそんな川淵さんに、リーダーの在り方、プロジェクトの在り方について、あらためてお聞きしたいと思います。

川淵 やっぱり一番大事なのは、プロジェクトが目指す方向だね。

「方向」ですか。

川淵 「ここに到達したい」という、その映像を描けるかがすべてだからね。改革のやり方、方法はいろいろあるけれど、「じゃあ、どこに向かっていくの?」という方向がはっきりしていないと。場合によってはもう、全然違うところに行っちゃったりするから。

 そんなときに一番大事なのは、「どこに行くのか」という方向、つまり、その到達地点をまず明確にすることだね。これがあると、人を説得するときに説明がしやすくなる。「何のためにどう改革していくのか」「この方向に進めていくとこんなふうになる」ということを論理的に話すことができるからね。

 「今のやり方ではここがどうだ、あそこがこうだ」と、枝葉末節を説明したところで、改革の大局観とはまた別の次元の話になってしまう。現状を改革するためには、そこのところを一番注意して取り組まなければならないということだね。

改革にまず必要なのは、「方向」を示すこと

川淵さんがよく重要性を説いている「理念」ではなく、まずは「方向」なのですね。

川淵 そうだね。理念というのは、何のために何を達成するのかというときの、「何のために」というところが「理念」なんだよ。要するに「方向」と「理念」は表裏一体のものなんだ。「あそこに行くから、とりあえずみんなついて来い」と方向だけを示しても、「何のために」「どういう目的で」そこに行くのかという理念がない限りは、みんなを説得できないよね。

 つまり、理念に基づいて理論武装をして、そこに至る道を説得していけばいいわけだ。Jリーグもそうだし、Bリーグもそうやってきたんだよ。

Jリーグのときの向かうべき方向、一番の目的というのは……。

川淵 それはもう「地域に根差したスポーツクラブづくり」に尽きる。

 ヨーロッパのスポーツ先進国には、昔から当たり前のように、至るところにスポーツクラブがあったんだけど、日本にはなかった。だから、Jリーグが掲げた理念について、読売新聞の渡邉(恒雄)社長*3には「空疎な理念」って言われたんだよ。その頃は渡邉さんに限らず、みんな「地域に根差したスポーツクラブ」ということが理解できていなかった。今ならみんな分かるだろうけど、当時は「地域に根差すってどういうことなの?」とか、よく聞かれたからね。

 地域の人がそこに行けば、それぞれの人の実力に応じた指導者がいて、老若男女だれもが自分の好きなスポーツをエンジョイできる。で、そこに強いサッカーのチームがあったり、あるいはラグビーのチームがあったりして、そのチームが地域の代表として戦っていくというのが「スポーツクラブ」なんだよね。

 地域の人が賛同してくれて、そのクラブを育てていく。そして、そのクラブの中から優秀な選手が出てきたときに、そのチームや選手をみんなで応援していこうというのがヨーロッパのスポーツクラブの在り方だよね。そうやってプロスポーツとしてチームが活躍したら、そこで上げた利益を地域社会に還元して、施設などをどんどん充実さていく――。そんなことを本当に何度も、口を酸っぱくして繰り返し説明してきた。だからその頃は疲れたよ、相当(笑)。


注)

*1 Jリーグとは、日本プロサッカーリーグの通称。主催団体は公益財団法人日本サッカー協会(JFA)、およびその傘下の公益社団法人日本プロサッカーリーグ。3部制で、2020シーズンのクラブ数は、J1が18クラブ、J2が22クラブ、J3が19クラブ。1991年11月、初代チェアマンに川淵氏が就任。現在のチェアマンは村井満氏。1993年5月15日開幕。

*2 B.LEAGUE(Bリーグ)とは、公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ(JPBL)が運営する国内男子プロバスケットボールリーグ。2015年4月に創設され、2016年9月22日に開幕。初代チェアマンはJリーグ初代チェアマンも務めた川淵三郎氏。現在のチェアマンは大河正明氏。開幕前の2015年9月に就任した。2019-20シーズンのクラブ数はB1、B2とも18クラブ。なお、B3リーグは一般社団法人ジャパン・バスケットボールリーグが運営し、クラブ数は12。

*3 Jリーグ開幕後、クラブでの企業名表記やホームタウン移転などをめぐり、当時読売新聞社の社長だった渡邉恒雄氏(現・読売新聞グループ本社主筆)は川淵氏と対立。渡邉氏はJリーグの理念を「空疎」と言い、川淵氏を「独裁者」と呼んだ。川淵氏が「独裁者という言葉はそのまま渡邉さんにお返しする」と言い返すなど、論争はメディアでも大きく取り上げられ話題を呼んだ。その後、両氏は対談をするなどして“和解”している。

最初は自治体も理解できなかった「地域に根差したスポーツクラブ」

(写真:加藤康)

自治体も当時は理解していませんでしたか?

川淵 僕らは始めに地域の行政のところに出向いて、「サッカーを通じて総合型のスポーツクラブをつくりたい」「プロチームが上げた収益は地域に還元するので、サポートしてほしい」「スタジアムを優先的に使用できるようにしてほしい」といったことを説明に行くんだけど、ほとんどの行政から「何でサッカーという一スポーツのために、サッカークラブという一企業のために、行政サイドがそれを支援しなきゃならないのか」って、そう聞かれたね。「一企業のためだけに、あのスタジアムを全部改修して、そんな金を掛けて一体どうするんだ。おかしいじゃないか」って。当時の常識だと、まあ、そう思うよね。

 それに対して、ドイツやイングランドのスポーツクラブのあり方、現状などを見ている僕は、本当に心の底からそれが地域にどういう恩恵をもたらすかを語れるからね。

 まずはサッカーで始めるけれど、将来はいろんなスポーツをそこでエンジョイできるようになる。地域住民が本当に応援して、「おらが町のクラブ」となって発展していくような「地域に根差したスポーツクラブ」だよね。そのモデルはまだ日本にはないけれど、そういうものをつくり上げていきたいんだ、と。

インタビュー冒頭、プロジェクトの成否は「その映像を描けるかがすべて」とおっしゃっていましたが、このときも川淵さんは、スポーツクラブの将来像について、映像を見せるかのように説明していったわけですね。

川淵 そうだね。今、Jリーグのクラブが地域社会の中に根づいて、行政にも全面的にバックアップしてもらえているというのは、そのことを理解していだけたから。信じていただけたから。そういうことだよね。

 当時は、Jリーグへの参加意思を示した団体のすべての自治体に行った。僕が行かなかったら、なかなか理解してもらえなかったんじゃないかな。まあ、自画自賛だけど(笑)。

企業経営でいうCSV(Creating Shared Value)*4。昔で言うなら、近江商人の「三方よし」に近いものを感じます*5。地域の発展に資するサービスを提供して、利用した地域住民は満足して、企業は利益を得る。自分たち企業が生き残ることによって地域全体も活性化していく。Jリーグでは、そんなCSVの考え方を30年近く前に提唱していたことになります。

川淵 そういうことだと思うね。そういった形での地域に根差したクラブづくりという意味だと、やっぱり鹿島(アントラーズ)は象徴的だよね。母体の住友金属が、サッカーのプロ化を通じて町(現・茨城県鹿嶋市。当時は鹿島町)の活性化をしたいということから始まった。

 でも、その頃はマスコミにネガティブキャンペーンみたいなことを相当やられたよ。鹿島のおじいさんやおばあさん、農家の人とかに「サッカーって知っていますか」とか聞くわけだ。そうすると「知りません」と。そりゃあ、知るわけないよね。

 そういった中でも、住友金属が率先して、何とかサッカーのプロ化で鹿島の町を活性化したいという思いがあった。当時の竹内(藤男)県知事が、じゃあ、スタジアム(県立カシマサッカースタジアム)を100億円ぐらいのお金を掛けて建てようと決断して、そこから始まって、あの鹿島ができるんだよね。その後も、地域の活性化のためにすごくクラブが努力している。一サッカークラブとしての活動だけではなく、地域の活性化ということを含めて物事を考えているから、多くの市民がチームを応援するということにつながっていったんだよね。

Jリーグのクラブが地域に根付くことで、市民の意識も変わっていきます。

川淵 まちにプライドを持つようになるよね。鹿島といえば「アントラーズのまちですね」と言われるようになって、その存在が日本中に認められるようになった。そうなると「僕は鹿嶋市民だ」と胸を張って言えるわけだからね。

 それから、家族内もさることながら、市民同士での共通の話題ができるというのが、一番大きい。大人と子供の間でサッカーという共通の話題ができた。そうして仲間意識がどんどん醸成されていくのは、地域にとってもいいことだよね。

周辺地域にも波及効果が出てきそうですね。

川淵 鹿島アントラーズに関連していえば、今は合併して神栖市になったけど、(鹿嶋市の近くにある)波崎町には今、サッカーグラウンドが70面ぐらいあるんだよ。

 当時、波崎町には休耕田がたくさんあったんだよ。で、近くの鹿島でサッカーがあまりに盛んになったから、ある地主が芝生のグラウンドを2面ほどつくった。そうしたら、その芝生のグラウンドに、東京やいろんなところから、学生が春休み、夏休み、冬休みに来て合宿するようになった。それからどんどんサッカー場が増えていった。70面もあると、対戦相手がいるから、みんなそこに行きたがるんだよ。関東一円の小中高、一般人、大学も含めて合宿にたくさんのチームが来るようになった。鹿島アントラーズがなかったら、波崎町はこんなふうには活性化していなかったよね。


注)

*4 CSV(Creating Shared Value)とは、米国の経営学者、マイケル・ポーター氏が提唱する概念。共有価値の創造、共通価値の創造などと訳される。企業の事業戦略と社会的価値を結び付けることによって、企業の競争力強化につなげようとする考え方のこと。

*5 「三方よし」とは「売り手良し、買い手良し、世間良し」というビジネスの考え方。

組織の意思統一を図るには、トップのフォローが不可欠

リーダーが「方向」と「理念」を打ち出したうえで、プロジェクトを実際に動かすには組織も重要です。「組織」については、どんなお考えをお持ちですか。

川淵 1人の掛け声だけで世の中は動かないからね。やっぱり、組織というものがしっかりしていないと。その中で、機関車役というのか、そういう人が組織にいると、やっぱり世間に対する発信力が違うよね。僕の存在価値というのは、そういうところだと思う。

確かに、並外れた発信力ですよね。

川淵 いやいや(笑)。まあそれなりの役割を果たせたかなとは思うけどね。

 でもやっぱり、僕が目標に向かって「みんなでこういうふうにして行こう」と言っても、その考え方に沿って意思統一ができていないと、物事はちゃんと動かないよね。JリーグでもBリーグもそうだけど、僕が具体的に「こうしよう」ということに落とし込んだら、それを具現化してくれる人は絶対必要になってくる。そういう組織の形というのは、改革において最も大事だと思うね。

(写真:4点とも加藤康)

意思統一は、実際にはすごく難しいですよね。

川淵 そうだね。やっぱりあとはフォローをどうしていくかだよね。

フォロー、ですか?

川淵 例えば始めにサッカーのプロリーグをつくるときには、広報や選手の育成といったいくつもの委員会をつくった。僕は、それぞれの委員会がどんなふうに進んでいるかを全部インプットして、指示を出していた。やっぱりトップの考え方に現場が理解を示さないと、ミスリードする可能性があるからね。

 これは1つの例なんだけど、米国の自動車メーカーが「川淵さんに車を提供したい」と言ってきたことがあったんだよね。そうしたら、専務理事だか常務理事だかが、「Jリーグのクラブの親会社に自動車メーカーが多いのに、チェアマンが、そうした会社を差し置いて米国車に乗るのはおかしい」ということで、僕の許可を得ずに断ってしまった。でもそれを後から聞いて、「クラブの出資会社ではない外国車のほうが支障がない」と思ったんだよね。その辺の判断が全然違う。

 「もう伝えたんだから」ということでほったらかしにして、現場が何をしているかさっぱり分からないという状態はよくないと思うよ。幹部は「川淵さんが言っていた」という口上を安易に使うんだよね。そう言ったほうが楽だから。だから、そういうところも常にフォローしておかないと。

フォローするために、どうしていますか。

川淵 僕のところには、「こういう話がありましたよ」とか、そんな話がたくさんインプットされるんだけど、それを総合判断して――。でも、その情報も常に正しいかどうか分からない。特に悪口雑言の場合には、それを安易に受け取ることは絶対になかったな。

 逆に「おまえのことを、あいつはこう言ってたよ」といったようなことも、僕は一切言ったことがない。そういう言い方をすると情報が入ってこなくなる。愚の骨頂だよ。

 人の悪口を聞くと、(悪口の対象となっている)その人が全部悪いように感じてしまいがちだけど、そのあたりについては、僕は割合冷静だね。間接的なところで情報を収集できるような人を、いかに数多く身辺に置いておくかということを心掛けている。とにかく、情報が一番大事だよね。

人材登用は本当に難しい。今でも答えは分らない

組織を活性化させるには人材登用が重要です。川淵さんが考える人材登用の在り方について教えて下さい。

川淵 人材登用は難しいね。だいぶ失敗しているもん。あまり言えないけど(笑)。

あまり聞かないようにします(笑)。

川淵 本当にいいと思う人を見つけるというのは至難の業だね。Bリーグをスタートするとき、僕が仮にチェアマンになったとしても長くやる気はなかったから、僕の跡をすぐ引き継ぐ人がいないか、十何人かの人に会ったんだよ。でもやっぱり難しかったね。人を見つけるのは本当に難しい。

 バスケットボールの2つのプロリーグを統合させるためにいろいろやっていて、血圧がもう200ぐらいになって、顔を真っ赤にしてやってたときに、今のチェアマンの大河(正明)*6が来て「川淵さん、しんどそうですね」と言ってくれて。いろいろ話していたら、彼が中学、高校とバスケットボールをしていたことを知った。そんなこともあって、(実際に会った十何人の候補者ではなく)大河にチェアマンをやってもらうことになったんだよね。

 リーダー選びで一番難しいのは、「能吏」と「リーダー」は違うということだよな。ものすごく仕事ができて、言ったことに対してきちんと対応して、それをかみ砕いた形でちゃんと下に伝えていける能吏だとしも、なかなかリーダーにはなれるとは限らない。

 それと、僕と会う人はみんな感じがいいんだよ(笑)。裏へ回ったらまるで変わっちゃたりするんだけど、そこまでは読めないね、はっきり言って。だから、人材を「どう見極めたらいいですか」と僕に聞かれても、答えは「分からない」だね。

 普段から自分の周りでスタッフとして使って、判断力、人望、そして、きちっとした理論武装がちゃんとできているか。そういったことを見極めた上でとりあえずやってもらって。それでだめなら途中でまた替えるということになるけど……。本当に難しい。

(写真:加藤康)

川淵さんが今、「誰か素晴らしいリーダーはいるか」と聞かれたら、どなたを挙げますか。

川淵 僕が直接選んだということに限っていえば、村井(満)さん*7が一番じゃないかな。村井さんがJリーグのチェアマンになって、今までとはまるで違う改革をやっているからね。

なぜ村井さんを選ぼうと思ったのですか。

川淵 Jリーグをつくるうえで、僕にとっての原点というのは、ドイツ(当時は西独)のデュイスブルクにあるスポーツ・シューレ*8なんだよね。そのスポーツ・シューレに憧れて、こういうものを日本につくりたいというのが最大の夢だった。

 みんなそれは知っていたはずなんだけど、「ただのトレーニングセンターじゃないか」といった捉え方なんだよね。でも、村井さんはそうじゃなかった。実際に見に行って「ここに来て、川淵さんはどんなふうに感激したんだろう」「どういう思いを抱いたのだろう」と、僕の気持ちを体現しようとしてくれた。そこから僕がどういうことを思いつき、どういうふうにしていったか。そんな原点を確認しようとする姿勢は、やっぱりうれしいし、大切だよね。


注)

*6 大河正明(おおかわ・まさあき)氏。三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)、日本プロサッカーリーグ 理事、常務理事、日本バスケットボール協会 専務理事・事務総長などを経て現職。日本バスケットボール協会(JBA)副会長、日本オリンピック委員会(JOC)理事も務める。

*7 村井満(むらい・みつる)氏。日本リクルートセンター(現・リクルートホールディングス)入社。同社執行役員、リクルートエイブリック(現・リクルートキャリア)社長、Jリーグ理事などを経て2014年1月に第5代チェアマンに就任。日本サッカー協会(JFA)副会長、日本プロスポーツ協会理事も務める。

*8 ドイツ各地にある「スポーツ・シューレ」と呼ばれる総合型地域スポーツクラブの1つ。1960年に川淵氏が訪れて感銘を受けたことが、後のJリーグの原点となった。

僕ほど「理念」を頭に置いてずっと過ごしてきた男はいない

(イラスト:宮沢洋)

原点を確認する、というのは、理念を大切にするということにもつながる気がします。

川淵 うん。やっぱり理念って絶対に大事なんだね。困ったとき、これからどう考えたらいいのかというとき、僕は常に理念というものを頭に置いて進んでいる。多分、僕ほど理念を頭に置いて、30年近くずっと過ごしてきた男はいないと思う。暗記しておけって言われたって、なかなかそうしている人は少ないんじゃないの? 日本サッカー協会の理念は「サッカーを通じて――」と始まるんだよ。「サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、人々の心身の健全な発達と社会の発展に貢献する」というのがサッカー協会の理念。これは言ってみればJリーグの2つめの理念と同じだよね*9

 Jリーグの理念*10というのは3つあって、1つめはサッカーの水準向上と普及促進。これは当たり前の話。3つめが、国際社会における交流、親善。これもそんなに取り立てて言うほどのことではない。理念の命ともいえるのは2つめで、人々の心身の健全な発達への寄与。これは日本サッカー協会と全く同じだね。


注)

*9 JFAの理念
サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、人々の心身の健全な発達と社会の発展に貢献する。

*10 Jリーグ理念
一、日本サッカーの水準向上及びサッカーの普及促進
一、豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与
一、国際社会における交流及び親善への貢献

 そう考えたときに、日本サッカー協会もJリーグも、「心」については何もやっていないのではないか、と。そこで、子供たちにスポーツのすばらしさを教え、夢を持つことの大切さを教えようと、「JFAこころのプロジェクト」を立ち上げ、小学校(主に5年生が対象)の正課で「夢の教室」を始めたんだよね*11

 「また川淵の趣味が始まった」なんて陰口を言う関係者もいたけど、そういう人たちは要するに理念のことなんか頭にないわけだ。理念には「心身の健全な発達への寄与」って、はっきり書かれているんだよ。これをやるのは理念に照らせば当たり前の話だよね。

 「心身」のうち、体についての鍛錬や教育については、年間延べ何百万人の子供たちにサッカーを教えているけど、それじゃあ、心の教育、心を育てる活動を何かやっているのかといったら、やっていなかった。だからこそ大事だ、ということなんだよね。

理念に基づいて、当然やるべき活動だと。

川淵 うん、そうなんだよ。これこそがスポーツ団体の一番大事なことだと僕は思っているんだよね。だから、これがなくなるようじゃ、サッカー協会もなくなるようなものだ、と。

 今、僕の目標は、「夢の教室」を年間10万人の事業にすること。年間10万人というと、今の日本の年間出生数のだいたい1割の子供に教えるということになるでしょう。このことの持つ価値というのはむちゃくちゃ高いと思っているよ。

最後に、今、会長として取り組んでいる、日本トップリーグ連携機構*12の活動について教えてください。

川淵 日本トップリーグ連携機構は、「日本のボールゲームを強くするためには、各球技のトップリーグを強化する以外にない」ということで森(喜朗)さんと麻生(太郎)さんがつくられた。僕が2015年に森さんから引き継いで連携機構の会長になったとき、各協会に対して最初に言ったのが「基盤固めをしっかりやりなさい」ということ。それさえしっかりしていれば、2020年のオリンピックが終わって強化予算が減っても、その後も協会がちゃんと営々と伸びていくことができる。

 そういうことで、僕は連携機構に加わっている協会の会長たちを全員呼んで、「やっぱりガバナンスが問題だから、僕は口出しするぞ」と。「それで文句あるやつ、ここで手を挙げろ」と言ったら、誰も手を挙げなかった(笑)。これからやることはたくさんあるよ。


注)

*11 「JFAこころのプロジェクト」とは、サッカー界が学校教育の現場と力を合わせて子どもの心の教育に貢献していくというプロジェクト。主催は日本サッカー協会。「夢の教室」は、こころのプロジェクトの一環として、様々な競技の現役選手/OB/OGなどを「夢先生」として学校へ派遣。「夢を持つことや、その夢に向かって努力することの大切さ」「仲間と協力することの大切さ」などについて、「夢の教室」で夢先生と子供たちがメッセージのやり取りをすることで伝えていく取り組み(小中学校の正規授業として実施)。

*12 日本トップリーグ連携機構(JTL)は2005年5月24日に設立。目的は、日本における団体ボール競技のトップリーグが連携し、互いのリーグの強化活動の充実と運営の活性化を図ること。現在、参加9競技12リーグが参加。森喜朗氏(元首相。公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長)が名誉会長を、麻生太郎氏(副総理・財務相。一般社団法人バスケットボール女子日本リーグ名誉会長)が代表理事副会長を務める。

インタビューを終えて

Jリーグの華々しいスタートをリアルタイムで知る世代には、川淵三郎という名前はあまりに有名です。「プロチームを核とした地域に根差したスポーツクラブ」という、これまでの日本になかったスポーツ文化を、サッカーによってつくり上げました。その過程での渡辺恒雄・読売新聞社社長(当時。現・読売新聞グループ本社主筆)との確執もまた、その頃を知る人にはよく知られたエピソードです。

一言で言うと、企業色を廃してクラブの名称には地域名を前面に出すという川淵さんの思いを、空疎な理念と渡辺主筆が評したことから論争が始まりした。しかし、それは渡辺主筆の考えというより、当時の世間においては一般的な見方だったと私は思います。川淵さんのディスラプティブ・イノベーションの始まりは、「常識との戦い」だったともいえるのです。

そして皆さんご承知のとおり、Jリーグはスタートと同時に大成功を収めます。地域とプロスポーツの関係がCSV(共有価値の創造)を推進するとともに、日本サッカーの実力は世界で通用するまでに成長しました。

また、逆境のど真ん中にあった日本のバスケットボール界も川淵さんは短期間で再構築し、Bリーグを発足させ救済、発展させました。

その原動力はインタビュー本文でお示しした通り、徹頭徹尾「理念」のもとに行動する、頑固なまでの生き方にあります。

独裁者と揶揄されることもある川淵さんですが、実際に接してみると、揺るがぬ「理念」に忠実なイノベーターでした。
高橋博樹(たかはし・ひろき)
日経BP総研 戦略企画部長/ソリューション・アーキテクト
高橋 博樹(たかはし ひろき) 日経BP入社後、インターネット草創期のビジネスモデルづくり、ICT、建設など幅広い分野を担当。2015年9月、日経BP総合研究所の発足と同時に戦略企画部長に就任、現職。「新・公民連携最前線」「Beyond Health」の2つのメディアを創案して立ち上げた(写真:栗原克己)
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