ジャンルを問わず、世の中に新しい価値を創出したDisruptive Innovator(破壊的創造者)の生の声をお伝えする新コラム「Disruptive Innovators Talks ~新たな価値の創造者たち~」。第3回は、日本人のエンタテインメントの楽しみ方大きく変えたプラットフォーマー企業、ぴあの創業社長である矢内廣氏が登場します。

矢内氏は、映画、コンサート、演劇などのスケジュール情報を網羅した月刊情報誌「ぴあ」を、中央大学の学生だった1972年にアルバイト仲間と創刊。当時、映画館や劇場などに個別に確認するしかなかったエンタテインメントのスケジュールをまとめてチェックできるようにした画期的なメディアとして、若者を中心に大きな支持を得ました。84年には、チケットの電話予約サービス「チケットぴあ」を開始、誰もが手軽にライブ・エンタテインメントを楽しめるようになりました。

こうしてライブ・エンタテインメントの情報と流通に関するプラットフォームをつくり上げた矢内氏率いるぴあは、今、自前の“ハコ”を持とうとしています。横浜のみなとみらい地区でオープンを待つ「ぴあアリーナMM」です。(4月25日オープン予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の影響で延期)。1万人規模の音楽専用アリーナを持ち、チケット販売から興行の企画・実施、情報発信まですべてを行うことで、ライブ・エンタテインメントにどんなイノベーションを生み出すのか。ぴあの次の一手に注目が集まります。

矢内廣(やない・ひろし)
ぴあ代表取締役社長
1950年福島県いわき市生まれ。中央大学法学部卒業。大学在学中の72年7月、アルバイト仲間とともに月刊情報誌「ぴあ」を創刊。その後74年にぴあ株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。77年、映画監督の発掘・育成を目的とした「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」の前身「第1回自主製作映画展」を開催。84年、「チケットぴあ」スタート。2003年05月、東京証券取引所市場第一部に上場。18年11月「ぴあ」(アプリ)を本創刊。20年には、横浜・みなとみらい地区に収容1万人規模の大型音楽アリーナ「ぴあアリーナMM」をオープン予定。(写真:鈴木愛子)

矢内さんは、1972年にエンタテインメント情報誌「ぴあ」*1を創刊、84年に「チケットぴあ」をスタートさせました。日本におけるエンタテインメントの楽しみ方を大きく変えるイノベーションを起こしてきたわけですが、これから新しいことを始めようとしている人に矢内さんからアドバイスをするとしたら、どのようなことがありますか。

矢内 僕は、ビジネスを新しく立ち上げようしている人たちと話をする機会がよくあるんですが、「どうやったら上場できるでしょうか」であるとか、「どうやったらこういうことができるでしょうか」といったようなこと、つまり<How>の話を聞いてくる人が多いんですよ。お金を1円でも多く稼いで利益を上げるということ──。これは決して悪いことじゃなくて、大事なことではあるけれど、それだけになってしまっている人が多いように感じます。マネー・メーキング・マシーンと言ったらいいのか…。

 そんなときに僕は、「じゃあ、あなたはなぜこの事業をやりたいのか。この事業を通じて何をやりたいと思っているんですか」という<What>の話をします。

 「あなたは何でこの事業をやろうとしているんですか」と。僕が質問をすると、利益をたくさん出して上場したい、と答える。「じゃあ、上場してどうするんですか」って聞くと、もっと利益を上げたい、と。それに対してさらに、「じゃあ、そんなに利益を上げてどうするんですか」……というふうに、どうして、どうしてって聞いていくと、大体言葉に詰まっちゃうんですね。

 もちろんお金を稼がなければ企業は成り立ちませんが、「それだけで本当にいいんですか」という会話によくなるんです。ですから、新しく事業を起こそうとしている人に対するメッセージとしては、やっぱり、なぜその新しい事業をやろうとしているのかという、いわば根っこにある部分をもっと突き詰めてほしい。<How>だけじゃなくて<What>をちゃんと考えてほしいというのが、僕の答えですね。

まずはビジョンがなければ、ということでしょうか。

矢内 もちろんビジョンも大事ですが、ビジョンのさらにもっと手前というか、その事業をやりたいと思った動機ですよね。それはやっぱり、人それぞれみんなあるはずなんですよ。

大学4年生の時に、エンタテインメント情報誌「ぴあ」を立ち上げたときもそうでしたか。

矢内 「ぴあ」を立ち上げたときについていえば、最初は「サラリーマンになるのは癪だよね」っていうところから始まって、そこから「(当時大学生だった)自分たちにとって何が必要か」を考えていきました。

 サラリーマンにならずして、自分たちで自分たちのビジネスをつくり上げて食べていけるように、ということですから、まずは経済性が前提としてあったわけです。ただ、「経済性があれば何でもいい」とは、(創刊メンバーは)みんな考えていなかったと思います。

 それと、何か新しいことを始めようとすれば、当然のことながら、そんなに順風満帆に進むことはありません。どこかでつまずいたり、いろんな壁があったりするのは当たり前ですよね。そこを乗り越えなければいけないわけですが、「お金をたくさん儲けたい」という動機だけだと、やはり「違う方法でもいいんじゃないの?」という話になっていきます。乗り越えるためのエネルギーは湧きにくいですよね。

 もちろんチェンジすることが悪いとは思いません。けれど、乗り越えていこうとするのであれば、「本来、もともと何をやりたかったんだっけ?」というところに立ち戻ることが大事になってくるんです。そこに立ち戻っていけば、「ここは諦めずにやろう」っていうふうに思えるはずなんですよね。


注)

*1 情報誌「ぴあ」
1972年07月に月刊情報誌として創刊。79年09月に隔週刊化。90年11月には首都圏版が週刊化される。「客観情報のみで、主観性・批評性を排する」「情報の取捨選択は読者が行う」「メジャーな情報もマイナーな情報もすべて平等に扱う」「情報の送り手と受け手はフラットで、時々入れ替わる」という「ぴあ」の編集方針は、インターネット時代を先取りしていたとも評される。2011年07月に休刊するも、18年11月に「ぴあ」(アプリ)を本創刊しオンライン上で復活。20年1月には100万ダウンロードを突破した。
「ぴあ」創刊号の表紙(資料:ぴあ)
「ぴあ」(アプリ)。2020年1月に100万ダウンロードを突破。起動画面のイラストは、35年以上にわたり情報誌「ぴあ」の表紙イラストを担当した及川正通氏が担当(資料:ぴあ)