まずは、分身ロボットカフェをしっかり形に

そのためのツールとして、OriHimeを街なかで普通に見かけるよう社会になっていくかもしれません。

吉藤 街にOriHimeがあふれているような状態になるかは分かりませんが、今の車いすよりは街でよく見かける存在になるとは思っています。

 家の外にいる人に対して、モニターを持ってもらうことなく、家の中にいる人が話しかけるツールというものを、今の私たちは持っていません。これまで実証を繰り返してきた「分身ロボットカフェ」では、在宅のパイロットが、OriHimeを通じてよってモニターを持っていない人を接客することができました。つまり、OriHimeは、家の外にいる人と在宅の人が、モニターなしでも十分コミュニケーションがとれる機能を持っていることを証明できたと思っています。

 しかも、OriHimeを介すことによって、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんや、本当に体のごく一部しか動かすことができないような人たちでも、分身ロボットカフェでは「物を運ぶ」という行為によって人から「ありがとう」と言ってもらえる。人が家にいながら、こんなふうに街なかで何かしらの役割を担って仕事をしていくということは、今後十分あり得ると思っています。

日本では、2025年には2200万人の方が75歳以上の後期高齢者となります。そういった中で、健康で歩ける状態を維持できればよいのですが、そうでない人も現実問題として増えていきます。OriHimeは、超高齢化社会でQOL(生活の質)を保っていくための1つの解になりそうです。

吉藤 そうですね。健康寿命という言葉がありますが、そこから亡くなるまでの時間は、男性が約9年、女性では12年もあります(男性の平均寿命は80.98歳・平均健康寿命は72.14歳、女性の平均寿命は87.14歳・平均健康寿命74.79歳。厚生労働省・2016年)。「農業でもやろうか」「旅でもしようか」というふうに、年金をもらいながら悠々自適のセカンドライフを楽しもうと老後のことを考えている人もいると思います。ところが、健康寿命に照らし合わせると、65歳からたった数年しか健康でいられる時間がないんです。「サードライフ」とでも表現すべき、健康が損なわれてから平均寿命までの約10年間をどう過ごすのかを考えなくてはなりません。体が動かない自分とどう付き合いながら、自分の意思に基づく選択肢を持ち続けられるかが重要だと思っています。

 社会の中で感謝されたり、必要とされたりしながら、自分をうまく肯定しながら生きていく──。そのための方法を私たちは研究しています。私たちは今、ALSの患者さんや寝たきりの人たちと研究を進めていますが、その目的は彼らを救いたいということだけではありません。彼らとともに、「これから増えていく寝たきりの人たちのために研究しよう」というモチベーショを持って研究を進めています。

AIでは孤独は救えないということから生まれたのがOriHimeですが、その後、研究を続けてきた中で、吉藤さんのAIに対する見方に変化はありましたか。

吉藤 基本的な部分、つまり、人は人と話すべきであるということ──。「べき」とまでは言わないまでも、人は人と話した方がいいという視点に関しては、まったく変わっていません。

(インタビュー中のオンライン画面より)
(インタビュー中のオンライン画面より)
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 ただ、友達をAIで代行、あるいは代替していこうというアプローチも、場合によっては必要だと思っています。これはとても気の毒な例ではありますが、例えば後期認知症になってしまって、周りのスタッフも疲れ切ってしまい、もう誰にも相手にしてもらえない場合。そのときに、「話す」という役割をAI的なものが担い、彼らの話を聞いてあげるような存在となる──。そんなケースは、「あり」か「なし」かと言えば、ありだと私は思っています。

 もう1つ考えられるAIの使い方としては、役割のハイブリッド化があります。例えば、おじいちゃんが入院していて、一方で、孫の家では掃除機ロボットが家を掃除しているという状況があったとします。掃除は別にロボットがやらなくてもよくて、入院しているおじいちゃんに遠隔操作してもらえば、「おじいちゃん来たよ」みたいな感じで周りの人たちは物をどかし始めるかもしれないし、そこで会話が生まれるかもしれません。「おまえ、また散らかして」みたいな会話が生まれるかもしれません。掃除をするという役割と共に、おじいちゃんが孫と話す口実ができるわけです。けれど、おじいちゃんが家の中すべてをきれいに掃除するのは大変なので、AIによる掃除ロボットとうまく役割をハイブリッド化することはできると思いますね。

様々な研究やアイデアが広がっていきますね。今後、オリィ研究所では、どのような事業展開を考えているのでしょうか。

吉藤 まずは、分身ロボットカフェをしっかり形にしなくてはと思っています。外出することができない人たちのOriHimeに対するニーズの多くは、遊びや旅行に使いたいということではなく、「誰かの役に立ちたい」というところにあります。

 ALSの患者さんたちは、意思伝達装置として、OriHime eyeという視線入力のソフトウエアを45万円で購入できます。今は購入補助制度が適用されるので、5万円で買えるんですが、それでもやっぱり5万円というのは彼らからすれば大金です。その5万円で遊ぶためのツールを買うというのは、やっぱりなかなか難しい。でも、OriHimeによって社会で役割を得ることができたり、就職することができたりするのであれば、「45万円出してでも買います」と、彼らに言われたこともありました。

 OriHimeというロボットを使うことで、今まで働くことができなかった人たちが社会にうまく参加して、自信を取り戻すことができるのか。あるいは今まで一度も持ったことがなかった役割を手に入れることができるのか。その実験の場が、分身ロボットカフェです。今後は、重度障害者の方々や特別支援学校の子供たち、あるいは、様々な事情で何年間も第一線を離れていた人たちが社会とつながる場として、事業を広げていきたいと思っています。