本の組み合わせが、ひらめきを生む

編集という行為と、本というメディアが、人類に大きな影響を与えてきた、と。

松岡 それを「エディティング」と考えなくても、スぺシャル・マッチングであるとか、新しい組み合わせというふうに考えてもいいのですが、いずれにせよそこには必ず「本」が残っていった。シャネルでも、織田信長でも、スペースシャトルでも、なんでも本になって残っていくわけです。

(写真:加藤康)
(写真:加藤康)
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 それを逆に考えると、今、世の中に出ている本について、ある格別の組み合わせをすれば、そこにありとあらゆるアソシエーション(連想)、組み合わせ、マッチングというものが生まれてくるはずです。ですから、漱石の本を明治文学のカテゴリーの中に入れて、露伴、鴎外、一葉、紅葉らと一緒に「漱石全集」として並べるのではなく、例えばトマ・ピケティであるとか、ユヴァル・ノア・ハラリといった今の本の中に漱石の『私の個人主義』を置けば、全く新しい文脈が誕生するわけです。

 3000年くらいの単位で見ると、今日に至るまで(人類の知の源泉として)様々な「本」が出現してきました。そんな「本」の微妙な、あるいは大胆な組み合わせというものは必ずや、新しい発想や企画を秘めているはずなのです。だとすれば、面白い本の並べ方をしてみれば、そしてそこが書店であれば、あるいは図書館であれば、そこでは何か別の発想とともに、ひらめきも、あるいは、コミュニケーションも起こるでしょう。

 ただ、ここには図書分類という、欧米を含めて図書館がずっと構築してきた、アルファベティカルなものと、十進分類法という二つを組み合わせてつくり上げてきた古い伝統があります。それはそれで学問的には検索しやすいものではありますが、今はもっと複雑系の社会に向かっているため、従来の本の分類方法では、到底、間に合わなくなってきています。そこで僕は松丸本舗*1では十進分類法に捉われない本棚をつくり、近畿大学の図書館*2では独自の分類法で本をまとめていきました。


注)
*1 書店大手の丸善とのコラボレーション。丸善・丸の内本店内の一角に、2009年10月から3年間開業。独自の選書、ディスプレー、棚のデザイン、店内でのワークショップなどのイベントが人気を博し、大型書店ともオンライン書店とも違う書店の在り方を示した。

*2 近畿大学東大阪キャンパスの「BIBLIOTHEATER(ビブリオシアター)」。松岡氏監修の下、マンガ約2万2千冊を含む約7万冊の書籍を独自の図書分類「近大 INDEX」で配架する。