日本の生きる道は、定性を計算可能にすること

アニマのような定性的な要素は、計算しづらそうですが、他への応用は考えられますか。

松岡 僕は、文化や文芸というのはそういう計算しづらいものだと思っています。一方で、「計算可能な意味」というものがあるとも思っています。もっと言うと、意味のアルゴリズム(計算方法)があって、そういうもので本の分類はできるし、人間の思考も考えられるし、AI(人工知能)もつくれるのではないか。定性も計算可能であるというところへ持ち込まない限り、今後の日本の強みは生かせないと思います。

 曖昧なものにも意味のアルゴリズムはあって、日本はそういう文化の中で生きてきました。「手前ども」というふうに自分のことを言いながら、頭に来ると「てめぇ」と言って切り返していたりしますよね。あるいは、「結構」と「もう結構」、「いいかげん」と「良い加減」といったふうに、日本の言葉や振る舞いは両義的なアルゴリズムになっているんですよ。ほかにも例えば、日本家屋の「縁側」とか「軒下」というのは、外か内か分からないですよね。そこには微妙なアルゴリズムが生きているわけです。つまり、分かりやすい例でいえば、炊きたての「ふっくらご飯」というのは計算できるわけです。

(写真:加藤康)
(写真:加藤康)
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はい。そんな炊飯器も既に開発されています。

松岡 龍安寺の石庭が枯山水だなということは、何となく分かりますよね。でも、あそこに石を100個置いたら駄目だろうというのも分かるわけです。

確かにそうですね。

松岡 そういうことをやるのが日本なので、それ(定性の計算)はできるだろうと思っています。あとは、それがどういう具合なのかという、その具合なんです。その具合はみんな分かっているのだから、それならばそろそろ、そこに到達すべきですよね。

そう考えると、日本が強みを発揮できる余地はたくさんありそうです。

松岡 例えば、おむすびというものは世界中で日本にしかないと思うんですよ。ノリを巻いてセロハンに包んで、あんな奇妙な手続きで包んだり、開けたりする。こんなことは、どこもやっていないでしょう。

 まずは、おむすびのような「これは日本だよな」と思うものに注目すべきだと思います。そこには、定量的にならない、定性的な独特のものがある。その商品から手続きごと日本的な部分を限定して、取り出して見てみるべきだと思います。

 その次には中間的なもの──、例えば半襟のような訳の分からないものを目指すべきでしょうね。半襟がなかったら着物なんてまったくサマにならないわけですから。

着物を知らない人には、なんであんな布を巻くんだと思われるかもしれません。合理的じゃない、とか。

 その半襟のようなもの、さきほど申し上げた軒下とか縁側に当たるもの、あるいは、ふすまに当たるものを目指すべきなんです。ふすまを開けたり閉めたりして、閉めると全然別の空間ができるわけです。僕はそういうものを「間の商品」と言っているのですが、このあたりは日本の独壇場ですよね。そういったところに向かわなきゃいけないだろうと思っています。

そんな日本の文化に根差した新しい価値は、どうやって広めていくべきでしょうか。

松岡 出来上がったものはすごいんですよ。ただ、その商品はコモディティとしては最高だとしても、ワインのようにある仕組みに切り替えて表現しないと価値は高まりません。ワイン文化のように、ワインセラー、飲み方、ソムリエという存在、ラベル、ポスター、ありとあらゆるものを洗練させていくという部分が足りないんです。この仕組みを、おにぎりでも、たこ焼きでも、日本の何かに置き換えてみたらいいと思いますよ。そして、責任のためのアカウンタビリティーではなく、プレゼンテーションのための説明をする。それを徹底的に、グローバルで通用する説明にまで持っていく。それをしないとだめなんです。

若いうちから日本文化を知ることが大事

これまでの話を踏まえて、これから日本で、あるいは日本発で世界に向けて新しいことに取り組もうとしている人、特に若い人に向けてのメッセージをお願いします。

松岡 「同質に走るな」ということです。異質なものを取り込んで、組み合わせてほしいというのが大きいですね。

 それから、やっぱり日本の古典的な価値観を学んでもらいたいですね。なるべく早いうちに学んで、好きなものを決めたらいいと思います。例えば格子模様だったらこれが好きとか、茶色だったらこのえび茶が好きとか。自分の好きなものを若いうちに持ったほうが、日本を見るにあたっては力になると思います。

インタビューを終えて

「定性も計算できるはず。」と、松岡さんは言い切ります。

明らかに矛盾しています。定性的とは「数値・数量で表せないさま」のことですから。しかし一見矛盾しているこの手法こそが、日本の新しいキラーコンテンツを生み出すかもしれません。

「具合」という曖昧さ加減、日本独特の感性を取り出す。そして、グローバルで通用する、誰にでも分かるようなプレゼンテーションにまで磨き上げる――。それができれば、日本ならではの魅力的なコンテンツが生まれるでしょう。

インタビューでも示唆されていたように、おむすびがワインと同じように世界を席巻する商品になり得るかもしれないのです。

イノベーションとは新結合です。

それは必ずしも技術と技術の結合だけを指しているのではありません。あるものの価値を徹底的に深堀りし、再定義することで、価値の新結合も生み出せるはずなのです。

様々な分野において、あるいは既存の分野を超えてイノベーション創出に取り組む人たちにとって、「編集(組み合わせ)」という新結合を極限まで考え抜いた松岡さんの方法論は、新たな気づきを得るきっかけとなるでしょう。

高橋博樹(たかはし・ひろき)
日経BP 総合研究所 戦略企画部長/ソリューション・アーキテクト
高橋 博樹(たかはし ひろき) 日経BP入社後、インターネット草創期のビジネスモデルづくり、ICT、建設など幅広い分野を担当。2015年9月、日経BP総合研究所の発足と同時に戦略企画部長に就任、現職。「新・公民連携最前線」「Beyond Health」の2つのメディアを創案して立ち上げた(写真:栗原克己)