20年以上前から医療記録のデジタル化進めシステムを構築

 イスラエルは国土の6割が砂漠であり、水や天然資源が無い“持たざる国”であった。そんな地理的背景から、限られたアセット・大きな制約の中でいかに知恵を使って価値を生み出していくかを考える起業家精神が根付いている。

図1●イスラエルの各HMOのマーケットシェア(2018年末時点)
(出所:国民保険局[National Insurance Institute of Israel]よりデロイト トーマツ グループ作成)

 他のエコシステムと比べてイスラエルのデジタルヘルスがなぜ強いのかを考えたとき、この起業家精神に加えて、活用可能なアセットであるヘルスケアデータの充実が大きな要因を占めているといえる。この環境はどのようにして作られてきたのだろうか。

 イスラエルにおけるデジタルヘルスへの取り組みをご理解いただくために、イスラエルの健康保険制度について軽く触れる。イスラエルにはHMO(Healthcare Maintenance Organization)と呼ばれる健康維持機構が四つあり、すべての国民の保険をカバーしている。各HMOは保険組合機能を持つだけでなく、医師をはじめ医療スタッフを雇用して実際に病院3)やクリニック、薬局などを運営している。

 各HMOのマーケットシェアは図1の通り。イスラエル最大のHMOであるClalitは5割を超え、第2位のMaccabiと合わせると全体の約8割を占める。

 この最大のHMOであるClalitが2001年頃から医療記録等に関するデジタル化の取り組みを始めた。紙を廃止し、診察や治療等の過程で生まれるヘルスケアデータをデジタル化した上で、これらのデータをClalitグループに属するクリニックや病院の間で共有できる環境を構築。この環境を実現するための技術として、イスラエルのスタートアップであるdbMotion社のシステムを採用した。このClalitの運用がうまくいったため、2011年末にはイスラエル保健省が他のHMOでも同じシステムを共通プラットフォームとして横展開することを決定した。このようにイスラエルでは世界中でデジタルヘルスというバズワードが叫ばれるようになる20年ほど前からデジタルヘルスシステムの整備に尽力してきた。

 これまで述べたシステムという“箱”の進化だけでなく、“箱”の中に入れるデータの質についてもイスラエルにはユニークな特徴があった。まず、イスラエルはユダヤ教を中心とする移民国家であり、150カ国を越える国々から移民を受け入れている。これによって他の国では考えられない水準の遺伝学的データセットのバラエティが生まれた。加えて、イスラエルでは米国と異なり生涯を通じてHMO間の移動が少なく、基本的には生まれてから亡くなるまでの長い時系列のデータが同一のHMO内で取得できている。HMO間の差別化が少ないこと、そして、所属しているHMOを変えると利用できる病院やホームドクターを変更せざるを得なくなるため、子供が生まれると利便性の観点から両親は自分と同じHMOに子供を加入させ、成人後にも他に移動する積極的な理由がない。

 以上まとめると、イスラエルでデジタルヘルススタートアップが急成長を遂げた背景は図2の通りで、起業家精神、ヘルスケアシステム、質の高いデータセットの三つがそろって今に至る。

図2●イスラエルでデジタルヘルススタートアップが急成長している三つの背景

3) HMOによって運営している病院の数は異なっており、Clalitは8、Maccabiは2、Meuhedetは1、Leumitは0となっている。Meuhedetが持つ1病院も小さなものであることから、日本企業が研究開発を目的としてHMOと提携し病院のデータを活用しようと思えば、提携先の選択肢が自然とClalitかMaccabiのどちらかに絞られることになる。