目的が治療か研究開発かで異なるデータ活用のアプローチ

 ヘルスケアデータの“共有”を語るときには情報管理の視点が欠かせないが、イスラエルでヘルスケアデータを活用する際には、その目的が治療なのか、研究開発なのかで“共有”のレベルが変わってくる。スタートアップやグローバル企業がプロダクト開発のために使用する場合は研究開発の扱いとなる。

 現在、イスラエルにある全てのクリニック・病院には、OFEKと呼ばれるヘルスケアデータの閲覧システムが導入されており、どの医師でも、HMOの垣根を超えて患者の過去の医療記録にアクセスが可能である。例えば、OFEKを使うことでClalitグループの病院で実施した血液検査の結果が、Maccabiグループの病院でも閲覧可能となる。このOFEKのポイントとしては、あくまで医師が治療目的のために使用し、閲覧したデータは治療後には自動的に削除され手元に残らないという点が挙げられる。現在は、OFEKの次世代版となるEITANの開発が行われているが、EITANでは人工知能の搭載により、過去の診断履歴等から今後注意した方が良いと思われる病気を自動で推定し、「早めにこの検査を受けて下さいね」などといったアラートを出すことも可能になる予定だという。

 一方、研究開発としてヘルスケアデータを利用する場合には閲覧のみではなく、分析可能なデータを入手しなければならない。これを行うためには、データを所有する機関との間で研究開発に関する協定を結び、個人が特定されない形でのデータ提供を受ける4)。データを提供する機関は、提供の対価としてライセンス料などを受けることが多いようだ5)

 ところで、研究開発目的でイスラエルのヘルスケアデータを活用する際にやっていいこと・やってはならないことはどのように定められているのだろうか。実は、現時点ではヘルスケアデータの扱いに関して制度化されたものはなく、2018年1月にイスラエル保健省から出されたメモ(ガイドライン)に基づく暫定的な方針が示されている状況である。正式な制度は数年以内に決定されるとのことだが、それまでの間はルールをガチガチには決めず、運用する中で適宜検討していくという“リーンスタートアップ”的なアプローチで制度づくりを行っている過程である。つまり、現時点では協定を結ぶ相手となるクリニックや病院などと個別に検討が可能という自由度がある。

イスラエルスタートアップによるヘルスケアデータ活用事例

 ヘルスケアデータが活用可能な形で整備されていることがイスラエルにおけるデジタルヘルスケアスタートアップ成長の背景だとすると、現在伸びているイスラエルのスタートアップは具体的にどこのデータを使っているのだろうか。CB Insightsが毎年発表している「世界で最も期待されているヘルスケア関連スタートアップ150選」の最新版6)によると、イスラエルのヘルスケアスタートアップは150社中4社ランクインしていた7)。この4社がヘルスケアデータの活用のためにどこと提携したのかを図3にまとめた。

図3●イスラエルを代表するデジタルヘルスケアスタートアップのヘルスケアデータにおける提携内容(出所:各種資料によりデロイト トーマツ グループ作成)

 例えば、Zebra Medical Visionは機械学習により医療画像から早期に異常を発見するソリューションを開発するスタートアップだが、開発に使用するデータはイスラエル最大のHMOであるClalitから医療画像の提供を受けている。

 これらの事例からも、各スタートアップはHMOあるいは大規模な政府系病院と個別にデータの活用に関する協定を結び、プロダクト開発に活用していることがわかる。

4) 個人情報をどのように捉えるかではあるが、個人が特定されなければ生データでも提供可能な場合はあると思われる。例えば、画像データの種類によっては画像だけから個人を特定が不可能という場合もあり、利用目的等が明確であれば生データを提供してもよいと考える機関もあるだろう。実際、後述するZebra Medical Visionの事例では、HMOから生の画像データの提供を受けている。

5) ここでは深堀りしないが、機関がデータを提供しその対価を受けることついて、ヘルスケアデータは誰のものかという議論が継続して行われている。基本的には患者側にはオプトアウトする権利が与えられているが、能動的にオプトアウトしない限りはデータが生成された機関(クリニック、病院など)がデータの所有権を持つという整理になっている。一次データ自体はデータが生成された機関(クリニック、病院など)にあり、HMOオフィスは中央管理的にその一次データのコピーを持っているわけではない。

6) Digital Health 150: The Digital Health Startups Redefining The Healthcare Industry

7) 正確にはイスラエル生まれのスタートアップは5社ランクインしているが、TytoCareは既に本社を米国に移しているためかCB Insightsの分析ではイスラエルのスタートアップとしてカウントされていなかった。