「日本にもメイヨークリニックのような病院を!」と安倍晋三首相が称賛したメイヨークリニックであるが(第1回:我が国に巨大医療産業は誕生するのか)、実はそのメイヨークリニックでは、病床数がこの20~30年で半減してしまったことをご存じであろうか。

 メイヨークリニック発祥の地、ミネソタ州ロチェスターでは1980年代には2000床ほどの病床があった。しかし、2000年代中ごろにはその病床規模は半減し、1000床未満になってしまった。「えっ、なんでこんなに病床数が減ったの?」「メイヨークリニックって人気が落ちたの?」「病床数が半減しても大丈夫なの?」「安倍首相はなんでこんなに病床数が減ってしまった病院を理想にするのか……」などと思われるであろう。

メイヨークリニック創設者Mayo Brothers (写真提供:Robert K. Smoldt [Emeritus CAO, Mayo Clinic])

 日本の多くの病院長にとっては「病床数こそがステータス」だ。「我が病院は1000床の巨大戦艦」「うちは500床の巡洋艦」という日本帝国海軍張りの「大艦巨砲主義」が病院幹部にとってはステータスであり、プライドでもある。彼らにとっては病床数の半減など万死に値する屈辱であろう。

 なぜメイヨークリニックの病床は半減したのであろうか──。今回はそれを語りたい。

 以下は、筆者のコンサルティングファーム(グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン、以降GHC)の米国パートナーであるマーティ・マイケルと、メイヨークリニックの経営幹部たちと議論を交わしてきた内容をまとめたものである。マーティは、30年近くにわたりメイヨークリニックのアドバイザーを務めた。彼をコンサルタントとして活用してきたメイヨークリニックの歴代の院長、特に我々と懇意であるDr. デニス・コーティス(総括CEO)とボブ・スモルト(総括COO、弊社顧問)などが語ってくれたメイヨークリニックの歴史は、これからの日本の医療提供体制を占う上で大いに参考になる。

 病床規模の半減という、一見、病院の崩壊か衰退としか思えない状況は、実は詳細なデータ分析とシミュレーションをベースにして構築したビジョンに基づいた戦略的な選択の結果であった。メイヨークリニックは20年越し、30年越しの戦略で姿を変えていったのである。