メイヨーに戦略の大転換を迫った2つの要因

 メイヨークリニックが抜本的な戦略の見直しを行ったのは1980年代の中ごろである。戦略の見直しには2つの大きな要因があった。一つは出来高払い制度の終焉であり、もう一つは医療における目覚しい技術革新の波であった。

 米国での出来高払いの終焉は、1983年に導入されたDRG/PPS(Diagnosis Related Group/Prospective Payment System、以降DRGと表記)という診断群別定額支払い方式によってもたらされた(米国に続き、DRGは欧州の多くの国で導入されている)。DRGは入院1件当たり定額支払い方式である。出来高払いからDRGへの移行は病院経営において、まさしく天と地がひっくり返るような大きなパラダイムシフトを招いた。

 DRGでは、地理的な賃金の相違、患者のケースミックス重症度、大学病院などの教育病院に対する調整が多少行われはしたものの、「この病気で入院した患者に対する診療報酬はこの額しか払わない」というのが基本ルールである。報酬は一入院で定められているため、同じ疾病ならば、入院期間が3日だろうと1週間だろうと2週間だろうと同額という厳しい制度である。

 同じ病気の治療でも、病院によって費やされるコストには差がある。しかし、DRGでは、平均的な治療コストを基に一入院当たり定額の診療報酬が支払われた。

 同じ疾病にもかかわらず、どこでコストの差が出るのかというと、さまざまな要因によって決まる。重症度はもちろん各病院がどのような検査、画像診断を行うのか、どのような薬をどれだけ処方するのか、どのような手術を実施するのかなどの医療資源の投入量。入院日数はどれぐらいの長さなのかといった診療プロセスや合併症発症などの診療アウトカム、さらには人件費の構成、どのような設備投資が行われているのかなども大きな要因となる。

 かかっただけの医療費を請求できる出来高払いの時代では、病院はコストなど意識する必要はなかった。「収入を最大化させよう」という意識で治療をしていれば、自然と利益も付いてきたからである。