「米国の医療は日本の参考にならない」は本当か?

 米国のDRG構築の過程では、非常に熱心な医療経済学的考察と議論が行われた。ビジネスでも経済学的思考は重要である。日本の支社ではどうだか知らないが、米国のコンサルティングファームではマッキンゼー・アンド・カンパニーであろうとボストンコンサルティングであろうと、入社時に徹底的に限界便益(MB)や限界費用(MC)など経済理論の基礎を叩き込まれる。筆者がDPCに対して持つ漠然とした違和感は、DPC制度構築の過程ではMBとMCの議論などなされていなかったのでは……ということかもしれない。DPCが良いのか。あるいは日本もDRGを導入すべきか。この議論は一種の宗教論争化しており、国内の学者や医療者の間で合意を見出すことは絶望的だと思う。

 今回は戦略策定のきっかけの一つめの要因、支払い制度、について語った。言うまでもなく、支払い制度は日米そして欧州とも環境は異なる。「日本と米国の医療制度は違うからね。米国の医療は日本の参考にならないよ」とこれまで耳が痛くなるほど言われてきた。しかし、「温故知新」という言葉があるが、たとえ制度は違えど、過去の成功事例や失敗事例からは、古今東西にかかわらず学ぶべきではないだろうか。

 ワールドカップで勝ち進み、我々に感動を与えてくれたラグビーの日本代表31人のうち、15人が外国出身。日本に帰化していない外国籍の選手も7人いた。純血主義で、かつ医療においては「Japan As Number One」の風潮が強い日本では難しいのかもしれないが、一度、海外の学者と医療関係者にDPCを学問的・実証的に評価してもらったらよいのではなかろうか。

 次回は二つめの要因である「技術革新」に関して語りたい。技術革新は日米共通である。メイヨーの先見性が示されたのは、この技術革新の将来予想によってである。「米国と日本は違う」といって米国の経験を無視することはできないであろう。

(タイトル部のImage:sublime / PIXTA)