メイヨーがベッドの代わりに選んだ投資先は?

 そして20年後、結果は彼らの予測通りになった。2006年に診療した患者の数(1980年代の数倍に上る)と患者の疾病構造で分析を行うと、「もし80年代の技術と診療スタイルであったなら、3000床近く(正確には2911床)必要だった」というシミュレーション結果が出た。しかし、実際のこの年の平均病床利用数は889床であった。

 つまりメイヨークリニックは、かつてのやり方のままなら2911床のベッドが必要になるほどの診療を、889床のキャパシティーでこなせるだけの高機能を備えることに成功したのである。これは技術革新だけではなく、DRGの導入、そして繰り返し行ってきた医療行為の標準化(パスの見直し)のチューンナップによってなされたものである。

 この病床数の差(2022床)をそのまま増床していたら、資金にして、何と20億ドル近くかかっていたという計算になる(ちなみにメイヨーほどハイスペックではない日本の一般病院では1病床当たりの設立には約2000万円かかるといわれている。昨今日本でも1病床当たり5000万円前後の建築費の病院もあるので、単純計算で2022床だと日本円で400~1000億円になる)。

 メイヨーは無駄に図体の大きな病院(箱物)を作らずにこれだけの資金をセーブできた。彼らはその資金を何に使ったのだろうか。

 メイヨーの統括院長を務めたDr.コーティスは語った。「必要のない病床を作らずに本当に助かった。我々はその資金を必要のないベッドではなく、医療の質を高めるために投資したのだ。そして医療データを整備し、IT(情報技術)とITインフラにも投資した。これが今日のメイヨークリニックの基盤であり、成功につながった」

 読者の多くが米国のIBMが開発した「Watson(ワトソン)」という人工知能システムのことを聞いたことがあるであろう。これはメイヨークリニックの整理された患者の病歴と治療データを活用し、メイヨークリニックとIBMが共同開発したものである。そこまでやるのか……と思われるかもしれないが、メイヨーはベッドを増やす代わりに、アラブの皇族がジャンボ機でロチェスター空港に着陸できるように短か過ぎた滑走路も拡張した。海外からの患者を呼び寄せるための究極の作戦である。

 適正な病院規模を大きな環境の変化の中で嗅ぎ分け、医療技術とITを積極的に導入し、パスの見直しを積極的に行い、診察の回転力を上げた。加えてそれまで入院で行っていた治療の多くを外来へシフトし、日帰り手術も積極的に導入した。ちなみにメイヨークリニックでは今、8割の手術が日帰りで行われている。これは場当たり的に試行錯誤をしていてそうなったというのではなく、詳細なデータ分析による計画的なビジョンに基づいた戦略的な将来予測の結果である、というところが重要である。

 病院が将来を見据え10年越し、20年越しの戦略で姿を変えていった例は、日本ではあまり見当たらない。日本の病院幹部は病床数にプライドとステータスを感じ、病床数の維持・拡大にこだわってきた。日本での病院建て替えでは、大手の建設会社が建設を請け負う際に受注のオマケ・サービスとして建て替えコンサル(必要病床数や手術室数の推計など)を行っているが、彼らはほぼ例外なく、病床にこだわる病院幹部を喜ばせるために、病床数を増やし、手術室数を増やすことを提案してきた。従って新病院の病床数は現状維持かそれ以上というものが多い。病院側も病床数が増えることをステータスアップと見なし、建設を受注する建設会社にとってもハコモノが大きければそれだけ大きな仕事になる。そこには未来を予測し備えるという先見性はなく、まさに結論ありきの見積もりにすぎず、病院経営にとって価値はない以上に大きな足かせになる。

 この20年間に病院を新築した病院の院長、そして自治体病院を建てた自治体の長は、建て替え時の病床計画がどのような根拠で示されたものなのか、当時の、そして現在の患者数と疾病構造であれば、当時と現在の在院日数を比較し、何床が必要であったのかを計算し、どれほどの予算が削減できたのか、を考えていただきたい。メイヨーの行ったような将来予測ではなく、過去を振り返っての計算であり、簡単な作業である。

(タイトル部のImage:sublime / PIXTA)