前回は、メイヨークリニックの病床数が80年代から2000年にかけて半減したこと、そして、その背景にあったDRG/PPS(1入院当たり定額支払い方式、以降DRG)の導入に関して述べた。

 今回は、大幅な病床削減の決断に導いたもう一つの要因である「技術革新の波」に関して語りたい。メイヨーがメイヨーたるゆえんは、彼らの先見性であり、その先見性が示されたのは、まさにこの技術革新に対する対応だった。技術革新に直面しているのは万国共通である。「米国と日本では事情が違う」といって、米国の経験を無視することはできないだろう。

 では80年代以降、どのような技術革新があったのか──。例えば、急性心筋梗塞と狭心症に対する外科的治療法は、80年代までは胸をメスで開いて詰まった冠動脈の先に迂回路(バイパス)を作り、血流の流れをつくる冠動脈バイパス手術(CABG)だけだった。しかし80年代に入り、開胸手術よりもより低侵襲な経皮的冠動脈形成術(PTCA)、そしてベアメタルステント(BMS)植込み術から薬剤溶出性ステント(DES)植込み術へと変遷してきた。同様に胃や胆嚢、大腸などの消化器外科でも、80年代には従来のおなかを切る手術(開腹術)に代わり、腹腔鏡を5mmから1cm程度の小さな傷から腹腔内に経皮的に挿入し、モニターで観察しながら、手術を行う腹腔鏡手術(ラパロ術式)が拡大した。

 これらの新しい術式は従来のメスで直接患部を切除する開胸・開腹手術と比べ、手術による傷が極めて小さく、低侵襲(より体やさしい)であり、回復と離床が早く、入院日数が劇的に短縮した。

メイヨークリニック近景(写真提供:Robert K. Smoldt[Emeritus CAO, Mayo Clinic])
メイヨークリニック近景(写真提供:Robert K. Smoldt[Emeritus CAO, Mayo Clinic])
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 このような技術革新による病床数の低減は、外科系分野だけではなく、内科系分野でも同様だった。抗がん剤の進歩により抗がん剤治療の入院期間は短縮化され、そして徐々に入院から外来へシフトされた。内視鏡的大腸ポリープ切除術はもちろん、心臓カテーテル検査なども外来化された。

 これがこの30年間の推移である。過去を振り返ってみたら、技術革新により入院期間が短縮したことはごく当たり前のように感じる。しかし、メイヨークリニックはステントやラパロが主流をなす前の80年代から多くの専門家、ノーベル賞受賞者を含む一流の学者を招集し、注意深く耳を傾けた。彼らの意見を参考にしながら、今後の治療方法の進歩と技術革新によって、10年後、20年後には何日程度の入院が必要となるかを、疾病・手術ごとに予想し、シミュレーションしたのである。

メイヨーにもいた巨艦巨砲主義者

 前回お話ししたDRGの導入など医療制度的な変移がどのような影響を及ぼすかに関しては、筆者の恩師の一人でもあるスタンフォード大学の医療経済学者のアラン・エントーベンなどをロチェスターに招集し、同様な考察を行った。米国の医療保険システムの一つである「HMO(Health maintenance organization:健康維持機構)」の先駆けであるカイザーパーマネンテの理論的支柱であり、90年代にカリフォルニアで広まったマネージドケアを提唱したエントーベンは、DRGの後に、更なる医療制度の変移と、それに伴う病院を取り巻く環境の変化を予測し、それもシミュレーションに加えた。

 少し話は外れるが、その歯に衣を着せぬ物言いからエントーベンは当時大統領夫人として医療改革論争で脚光を浴びていたヒラリー・クリントンなどの政治家や官僚から見事なまでに疎んじられ、遠ざけられた。エントーベンが提唱したキャピテーション(前払い定額払い)とマネージドケアはその後、オバマケアの原型にもなったが、その影響は過小評価(あるいは無視)されている。

 筆者は、数年前、(まさにジェダイマスターを囲む弟子たちのように)彼の門弟が彼の下に集まった席で「オバマケアこそエントーベン教授のマネージドケア理論の賜物であり、今こそエントーベン教授は勝利宣言すべきだ」と述べたが、エントーベン教授は門弟たちに対して寂しい笑顔を浮かべただけであった。ベトナム戦争時は国防省でマクナマラ長官のウィズキッズ(whiz kids)と呼ばれ、その後、専門分野を医療へと転換し、新たな医療のフレームワークを提唱し、誰にもおもねらなかったエントーベンこそが真の改革者であり、筆者のロールモデルである。

 話を元に戻そう。そしてメイヨーでは、時として議論しているのか、単に怒鳴り合っているのか分からないような侃々諤々の論争が始まった。ベッドはいくつあれば足りるのか、その維持にはどのくらいのコストがかかるのか──などいくつものシナリオでシミュレーション分析したのである。当時メイヨーには2000床のベッドがあったが、もっとベッドを増やし3000床にすべきという意見もあった。メイヨーでも多くの「ベッドは成功のバロメーターである」という巨艦巨砲主義者がいたのである。

 しかし、疾病・手術ごとに細かく仮説を構築し、データを冷静に分析していくと、技術の進歩と医療制度の変移によって入院日数はどんどん短くなる、また治療の場が入院から外来、そして在宅へとシフトしていくだろうということが議論された。そして複数の具体的なシナリオを作って比較・分析した結果、病床は半分以下で十分、900床くらいがちょうどいいという結果が出た。現病床数を半減! これには皆驚いた。

メイヨーがベッドの代わりに選んだ投資先は?

 そして20年後、結果は彼らの予測通りになった。2006年に診療した患者の数(1980年代の数倍に上る)と患者の疾病構造で分析を行うと、「もし80年代の技術と診療スタイルであったなら、3000床近く(正確には2911床)必要だった」というシミュレーション結果が出た。しかし、実際のこの年の平均病床利用数は889床であった。

 つまりメイヨークリニックは、かつてのやり方のままなら2911床のベッドが必要になるほどの診療を、889床のキャパシティーでこなせるだけの高機能を備えることに成功したのである。これは技術革新だけではなく、DRGの導入、そして繰り返し行ってきた医療行為の標準化(パスの見直し)のチューンナップによってなされたものである。

 この病床数の差(2022床)をそのまま増床していたら、資金にして、何と20億ドル近くかかっていたという計算になる(ちなみにメイヨーほどハイスペックではない日本の一般病院では1病床当たりの設立には約2000万円かかるといわれている。昨今日本でも1病床当たり5000万円前後の建築費の病院もあるので、単純計算で2022床だと日本円で400~1000億円になる)。

 メイヨーは無駄に図体の大きな病院(箱物)を作らずにこれだけの資金をセーブできた。彼らはその資金を何に使ったのだろうか。

 メイヨーの統括院長を務めたDr.コーティスは語った。「必要のない病床を作らずに本当に助かった。我々はその資金を必要のないベッドではなく、医療の質を高めるために投資したのだ。そして医療データを整備し、IT(情報技術)とITインフラにも投資した。これが今日のメイヨークリニックの基盤であり、成功につながった」

 読者の多くが米国のIBMが開発した「Watson(ワトソン)」という人工知能システムのことを聞いたことがあるであろう。これはメイヨークリニックの整理された患者の病歴と治療データを活用し、メイヨークリニックとIBMが共同開発したものである。そこまでやるのか……と思われるかもしれないが、メイヨーはベッドを増やす代わりに、アラブの皇族がジャンボ機でロチェスター空港に着陸できるように短か過ぎた滑走路も拡張した。海外からの患者を呼び寄せるための究極の作戦である。

 適正な病院規模を大きな環境の変化の中で嗅ぎ分け、医療技術とITを積極的に導入し、パスの見直しを積極的に行い、診察の回転力を上げた。加えてそれまで入院で行っていた治療の多くを外来へシフトし、日帰り手術も積極的に導入した。ちなみにメイヨークリニックでは今、8割の手術が日帰りで行われている。これは場当たり的に試行錯誤をしていてそうなったというのではなく、詳細なデータ分析による計画的なビジョンに基づいた戦略的な将来予測の結果である、というところが重要である。

 病院が将来を見据え10年越し、20年越しの戦略で姿を変えていった例は、日本ではあまり見当たらない。日本の病院幹部は病床数にプライドとステータスを感じ、病床数の維持・拡大にこだわってきた。日本での病院建て替えでは、大手の建設会社が建設を請け負う際に受注のオマケ・サービスとして建て替えコンサル(必要病床数や手術室数の推計など)を行っているが、彼らはほぼ例外なく、病床にこだわる病院幹部を喜ばせるために、病床数を増やし、手術室数を増やすことを提案してきた。従って新病院の病床数は現状維持かそれ以上というものが多い。病院側も病床数が増えることをステータスアップと見なし、建設を受注する建設会社にとってもハコモノが大きければそれだけ大きな仕事になる。そこには未来を予測し備えるという先見性はなく、まさに結論ありきの見積もりにすぎず、病院経営にとって価値はない以上に大きな足かせになる。

 この20年間に病院を新築した病院の院長、そして自治体病院を建てた自治体の長は、建て替え時の病床計画がどのような根拠で示されたものなのか、当時の、そして現在の患者数と疾病構造であれば、当時と現在の在院日数を比較し、何床が必要であったのかを計算し、どれほどの予算が削減できたのか、を考えていただきたい。メイヨーの行ったような将来予測ではなく、過去を振り返っての計算であり、簡単な作業である。

(タイトル部のImage:sublime / PIXTA)