これまで2回にわたり、メイヨークリニックがその病床数を半減させた要因について言及してきた。要因は2つ。(1)出来高払いの終焉、(2)技術革新の波──である。

 各国で医療制度は異なるが、技術革新に直面しているのは万国共通である。従って、「米国と日本では事情が違う」といって、米国の経験を無視することはできない。日本のこれからの未来を説明する上で、今回は効率的な医療を推進するために導入された日本独自の制度であるDPC/PDPS(Diagnosis Procedure Combination/Per-Diem Payment System:診療群分類別包括払い、以降DPCと表記)に関しての考察を再度、試みたい。

 1日当たりの定額払い方式のDPCは、定額払い方式として世界の業界標準である一入院当たりの定額払いのDRG/PPS(Diagnosis Related Group/Prospective Payment System、以降DRGと表記)と比べて、入院日数短縮のプレッシャーは小さい。しかし、入院期間に応じて算定点数が逓減され、さらに急性期の指標となる「重症度、医療・看護必要度」の重症度割合の維持に向け、収益増のためには「早期の退院(遅くとも全国平均の入院期間内)を目指し、ベッドの回転率を上げていく」ことが重要であり、在院日数の短縮は進んでいる。医療技術の革新への対応は、米国だけでなく、日本も同様に直面している。日本でも出来高払いの終焉と技術革新の波によって平均在院日数は減少し、入院件数も減少する。

 DPC病院における2002年(平成14年)から2018年(平成30年)までの在院日数の推移をデータで見てみよう(図1)。ブルーの棒グラフが在院日数、データに含まれるオレンジのドットが症例件数である。在院日数は21.2日から11.9日へとほぼ半減している。

図1●DPC対象病院における在院日数の推移 (2002〜2018年度)(出所:グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン、以下同)

 どのような病院がデータに含まれるのか、そして参加病院の疾病構造によって病院全体での平均在院日数は影響を受ける。図1を見ると、2011年ごろには参加病院の数も増え症例は800万例を超えた。それ以降の2011年から2018年の期間でも在院日数は13.6日から11.9日へと減少している。

 データに含まれる病院(母集団)の変化の影響を避けるためにもう一つの見方をしてみよう。2003年(平成15年)のDPC導入と同時に手上げして「試行的適用病院」となった病院は62病院あった。その62病院における2003年と2018年の在院日数の推移を見ても、病院全体の在院日数は16.8日から12.3日へと減少した。62病院中、在院日数が増えたのは2病院のみであった。DRGほどではないが、DPCでも確実に在院日数は低下している。

集患による勝者と敗者の選別

 次に「避けられぬ運命」に関して説明しよう。平均在院日数に入院件数を掛け合わせたものが、その病院が年間に必要とする病床数である。図2で平均在院日数がd0からd1へと、入院件数がq0からq1へと減少すると、必要ベッド数はd0×q0の積からd1×q1の水色で示された面へと減少する。これは特に中小病院にとっては、想像を超えるチャレンジであろう。500床の病院で100床空床になっても(少なくともしばらくは…)機能を維持することは可能かもしれないが、150床の病院で100床空床になってしまったら、その存続は苦しい。

図2●必要病床数の減少

 しかし、必要病床数がd1×q1のままでは病院は空きベッドばかりになってしまう。病院はどのように対応すべきであろうか。在院日数をd1からd0へと引き延ばすことによって空床を避けようとする病院もあるであろう(1入院当たり定額制度のDRGではこのようなオプションはあり得ない。日本のDPCの下では、経営コンサルティングに関わる我々の制止にもかかわらず、実際にそのような選択をする病院を多数見て来た。在院日数の引き延ばしは戦略的対応を遅らせるだけであり、解決策にはならない危険な誘惑にすぎない)。病院の取るべき戦略的王道としては、まずは患者の数を増やす努力(集患)を行うべきであろう。結果として、患者を増やせる病院と、増やすことのできない病院に分かれる。近辺の医療機関との連携を高め、積極的な紹介・逆紹介(近隣の医療機関からの患者紹介と紹介された患者を戻すこと)で患者をq1からq1*へと増やすことができた病院は、病床稼働率を維持することができる(図3)。

図3●集患による病床規模の維持

 ここで重要なのはパイ(地域で入院を必要としている患者数)には限りがあることを認識することである。集患の努力によって患者数を増やすことができた病院の陰には、患者を減らした病院が必ず存在する。在院日数を引き延ばすことで問題解決を先延ばしした病院は時間を無駄にしただけであり、明日には患者が減るであろう。

 技術革新は日々進み、包括的な診療報酬からのプレッシャーも強まる(図4)。平均在院日数はさらにd2へと短縮される中、集患により入院患者数をq2へと増やすことができる「勝ち組」は病床を維持でき、集患ができない急性期病院はスケールダウンか消滅、あるいは急性期を脱した患者を受け入れる後方支援病院への病床転換という選択を迫られる。これが日本の病院とそれらを取り巻く強い流れであり、避けられぬ運命である。

図4●集患による勝者と敗者の選別

 避けられぬ運命とは、同じ土俵で競争する限り、急性期の一般病院は勝者と敗者に選別されるという事実である。厳しい現実は、一つの病院にとっての増患は、近辺の他の病院にとっては患者が減ることを意味している。やがて病院数も激減するであろう。限られたパイを奪い合うゼロサムゲームであり、壮絶な椅子取りゲームである。病院経営者にとっては大変な時代である。

「現在約8000ある病院は、多くても4000あれば済む」

 2020年3月25日に開催された中央社会保険医療協議会・総会では、2018年度のDPC退院患者調査が報告された。直近の過去5年間を見ると、DPC病院では、出来高病院に比べて「平均在院日数の短縮」の度合いが大きいこと、そしてDPC病院では「平均在院日数の短縮」と「病床利用率の向上」が両立できていることが示された。これはDPC病院では「平均在院日数の短縮」に伴い、病床数が空き、それを補うために集患に努めた結果であろう(幾つかの病院はダウンサイジングし病床を減らした結果、病床利用率を維持できたと考えられる)。一般急性期の看板を掲げる病院にとって、もはや出来高に残ることは選択肢ではない。DPCを受け入れ、それを追い風にすべく、体制を「今」整えるしかない。

 日本には病院が津々浦々にある。米国の人口は日本の2.5倍、面積では日本の約25倍である。にもかかわらず、日本にある病院数が8281(2020年1月末時点)であるのに対し、米国の病院数は6146。日本の病院数は、米国よりも圧倒的に多いのだ。日本国の医療法では病床数が20床以上の医療施設を「病院」、20床未満を「診療所」と定義している。10万強ある「診療所」の内、6万5524が20床未満の病床を有する「有床診療所」なので、病床を有する医療施設の数は計1万4833となる(同)。有床診療所を加えると、日本における医療機関の多さはさらに際立つ。

 「一定の距離でどこにでもあるもの」と言えば、ガソリンスタンドが例として考えられる。例えば、私が住んでいる日本よりも面積が広いカリフォルニア州には約9700のガソリンスタンドがあるが、これとほぼ同数か(有床診療所を加えると)それ以上の有床の医療機関があることになる。まさに日本には病院が津々浦々にあるのである。

 2500病院(2020年4月時点)が加盟している日本最大の病院団体である一般社団法人日本病院会の相澤孝夫会長は「病院は人口3万〜5万に1つあれば十分になる。つまり現在約8000ある病院は、多くても4000あれば済む」と言われた。筆者は長年、相澤先生とは懇意にさせていただいているが、病院団体のトップであるにもかかわらずこの厳しい予測は、病院業界の将来を見据えたご発言である。病院産業の再編は避けられない。

過去40年間に米国の病院数は激減

 参考資料として以下に米国における1980年から2015年の間の平均在院日数の推移、病床数、そして病院数のグラフを示す(図5〜7) 。平均在院日数は短縮され、病床数は減り、病院数は激減した。これは出来高払いの終焉と技術革新の波が引き起こした産業構造の大変革である。

図5●米国における平均在院日数の推移(1980年〜2015年)
図6●米国における病床数の推移(1980年〜2015年)
図7●米国における病院数の推移(1980年〜2015年)

 次回は少し話の向きを変える。病院を病院産業として見てみよう。産業は日が昇るように勢いのある成長産業(サンライズ・インダストリー)と日が沈むように勢いを失いつつある衰退産業(サンセット・インダストリー)に大別することができるが、病院産業はサンライズ、サンセット、そのどちらなのであろうか。

(タイトル部のImage:sublime / PIXTA)